そのとき
どれくらい、そうしていただろう。
地面からかすかに振動が伝わってきた。
『あ、エレベーター・ガーディアンから連絡です。トロッコもうすぐ到着するそうですよ。よかったー!』
ウグイスは、今までずっと実況で場を繋いでいてくれたらしい。ぼんやりと視線を移動させると、かぼすとブレイドが荷物をまとめているのが見えた。
「ジョーさん、大丈夫か?」
シールドが手を貸して、立つのを手伝ってくれる。小さく頷いて、穣は足下を見やる。
――帰る準備をしなければ。
帰って、そして。
何を、すればいい。
もう、何をする必要もないのに。
『ミノル、トロッコが来たわ』
ミネルヴァに促され、数歩進む。トロッコの前面についたライトが、近づいてくる。
「やっと帰れる。あー今回しんどかったっす」
「ウナギは明日にするか」
「明日はまず報告に行かないと。時間かかるかもしれないわ」
「もう少し落ち着いてからにしたいな」
『みんなお疲れー!』
『やーはらはらしたわ。戦闘もすごかったし、蛇の腹開きモザイクだったし』
『俺、この配信終わったら、穴子食いに行くんだ……』
『さりげなく逆らうなwwwww』
穣は、イヤホンを切った。モニターもオフにする。
豊浦は助かった。これから、失われた五年を取り戻すだろう。元に戻るのだ。
豊浦を助けるために、この仕事を始めた。他のことは何も考えてこなかった。
だから、もう。
「危ない!」
切羽詰まった声と。
突然揺れた視界。
「う、うわ! まじか!」
「くっそ、しぶといなあいつ!」
倒れたのだと、肩の痛みと頬に当たる土の感触で理解した。
「ジョーさん、起きろ! トロッコに乗るぞ!」
シールドが腕を引っ張っている。痛い。肩が抜けそうだ。
上げた視界いっぱいに、巨大な蛇の頭があった。
麻酔が解けたようだ。
「ここは我々で! 君たちはトロッコで先に退避してくれ!」
「わかりました!」
ブレイドが答え、チーム・クリスタルはウグイスをかばうようにしてトロッコに乗り込んだ。
続かなければ。そう思っているのに、億劫だった。
もう、何もしたくない。
動きたくない。
「早く逃げろ! どうした? 怪我してるのか!」
後ろからの問いには無言で、仕方なく歩いた。
トロッコが近づく。すでに全員乗り込んでいる。
ブレイドの顔が、見えた。恐怖が張り付いている。
「ジョーさん!」
彼の手が指さす方を、反射的に振り向いた。
二股に割れた、リボンのようなものがあった。
ぬめぬめした洞穴。そう思った。
上下にある鋭く尖ったものが牙だと、認識はしていた。
――動けなかった。それでも。
『ミノル!』
突き飛ばされた。
背中に衝撃があった。手に触れた固い感触は、トロッコの壁面だった。
突然、視界が鮮明になる。
牙をむき出しにしたウロボロス。それを取り囲む数名の自衛隊員。
彼らの攻撃は、間に合わなかった。
大きく開いた口を、ウロボロスが勢いよく閉じる。
立ち尽くしていた、銀鈍色の姿を飲み込んで。
「――ミネルヴァ!」
喉から、声が迸っていた。




