フラグは折るもの
『はい、本日も配信始まりました。チーム・クリスタルです。よろしくお願いします』
ウグイスの導入が入る。
『今日は、いよいよ本番です。最近ちょっと趣向を変えて、ウロボロスとの模擬戦の様子をしばらく配信していましたが、あと十五分後に、予測ではこの通路にウロボロスが出現することになっています』
いつもの明るい口調と違い、声に緊張がにじんでいる。
この一週間、穣とチーム・クリスタルはVRや戦闘用シミュレーションマシーンを使って、ウロボロスとの戦闘に備えた訓練を重ねてきた。各自、作戦で何を担当するかは身体に浸透しているはずだ。
「ジョーさん、緊張してます?」
隣でモンスターの肉を床に設置していたブレイドが、話しかけてきた。
「大丈夫、とは言い切れませんけど……落ち着いてやりましょう」
「ええ」
さすがチームリーダーだけあって、ブレイドの胆力はたいしたものだ。
「ジョーさん」
「はい」
「俺、この戦いが終わったらうな重の特上を食べに行く予定です」
なぜか、死亡フラグのようなことを言い出した。
「……急にどうしました?」
「やー、ウロボロスとの模擬戦やってたら、食べたくなっちゃって」
作戦では、ウロボロスの頭部と尾を壁に縫いつけ、動きを封じてから腹部を切り裂くことになっているが。
いや、確かにウナギの捌き方に似てはいるが。
「あ、いいっすね。俺も食べたいっす。肝吸いつきで」
「……私も」
「ちょっと、何の話?」
かぼすとシールド、ミラーもそばにやってきた。
「このミッションが終わったら、うな重食べに行こうって話だよ」
「いいわね。打ち上げにはちょっと高級だけど」
「異議なし」
『そこー! みなさーん! 私抜きでおいしそうな話しないでくださーい! 私も行きますよー!』
聞こえていたのか、ウグイスも配信音声で参加してきた。
『死亡フラグっぽく打ち上げの話してて草』
『ウナギいいよなー。腹減ってきた』
コメントも温まりつつある。
「ま、そういうことなんで、楽しみにしつつやってきましょう」
ブレイドなりの、視聴者配慮だったのかもしれない。
「そうですね」
穣は、新しく装備品に加えた剣を確かめた。
いつもは素手で戦っていたが、今回のために使いこなせるよう鍛錬した。フレイザー社製品の、最新モデルだ。切れ味の具合を確かめてほしいとついでに頼まれている。
『よし、そろそろみなさん配置についてください。ドラ、ミネルヴァちゃん、お願いします』
『わかったにゃ』
『了解です』
ドラとミネルヴァは量子コンピューターと接続し、周辺の解析を行っている。ウロボロスの気配を二人が察知したら、それが合図だ。
場の空気が、ぴんと張り詰めた。
イヤホンを切る。ざわついていたコメントが、聞こえなくなる。
沈黙の音が、膨れ上がる。
『――来ました』
ミネルヴァの声が、静かに響いた。




