ウロボロス
田中を含めた鑑定業者が緊急招集され、ダンジョンで取れたモンスターの肉がどれくらい持ち込まれたかを訊いたという。安定供給ができないアイテムなので市場に流通しているわけではないのだが、ダンジョン資材研究所以外でも実験や研究に使われているので、需要はそれなりにある。その中からできればヒュドラの肉を分けてもらえないだろうかと、経産省も間に挟んで打診されたらしい。
「ヒュドラってめったに持ち込まれないからね。けっこう下の方に出るやつでしょ?」
「ああ、近年だと三十階から下によく出現する。ランクBからDくらいの実力がないと、遭遇したら危険だな。戦うにしても、単独では無謀だ」
鑑定屋田中にて、穣は田中から事の次第を聞いていた。
「どうしてもヒュドラじゃないと駄目なの?」
「……当時の状況からして、ヒュドラが一番あのステルス・スネークが食いつく可能性が高い、というだけだな」
「うん、それならボブゴブリンとかでもいいんじゃない? とは一応意見しておいたよ。とにかく俺たちに、モンスター肉が持ち込まれたら防衛省の方に回してくれってことになった」
『モンスター肉買い取りキャンペーン』と銘打って、すべての鑑定業者が買取額を増やすそうだ。増額分は同率なので、どの店に持ち込んでも損をすることはない。増額した金額を上乗せし、防衛省が買い取る形になる。
「税金の無駄遣いとか言われそうだけど、ミサイル買うよりましじゃない? てか人の命かかってる話に無駄もなにもね」
それに俺らから徴収した税金が還元されることでもあるし、と田中は笑う。
「なんかこの仕事しててさ、言っちゃなんだけどこんなわくわくしたことないよ」
その言葉が妙にしんみりした調子を帯びていたので、穣は田中の顔を見直した。
「俺の仕事が役に立ってるんだなぁって、今すっごく実感してるよ。ほら、鑑定屋って持ち込まれる物を換金したり鑑定したりするばっかりじゃん。だからなんか、んー、なんて言ったらいいのか」
田中は天井を睨んだが、適切な表現が見つからなかったらしく、すぐにもとの体勢に戻った。
「そういうわけだからさ、ジョーさんのこと全力でサポートするよ。動画もチェックし続けるし」
「ああ、ありがとう」
何を言いたかったのか明確にはされなかったが、気持ちはなんとなく伝わった。
「あ、そうそう、ちょっと話それるけどさ、ステルス・スネークって名前ダサくない?」
「そうか?」
特に気にしていなかった。田中はカウンターから身を乗り出す。
「もっとこう、ボスっぽい名前の方が動画的にかっこいいと思うんだよね。それで考えたんだけどさ」
田中はもったいぶって、指をゆらゆらと振る。
「巨大な蛇で、時間をループさせるんでしょ。だからそれっぽいイメージのあるモンスターといえば……」
田中は手元の携帯端末を操作し、「じゃーん」と言いながら画面を見せてきた。
「これ、どうだろう!」
穣は、画面をのぞき込んだ。
巨大な蛇が二匹、互いの尾に噛みついている。喰い喰われ続ける、円環の蛇。
「ウロボロスか」




