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ダンジョン配信の理由  作者: 八谷 響
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ダンジョン内コンプライアンス

『ん? どした?』


『モンスターか?』


 音声のボリュームを下げる。感覚を、前方へと研ぎ澄ませる。


 複数、いる。敵意は感じないが。


『ミノル、ライトをつける?』


「いや、まだだ」


 モンスターだった場合は、それが刺激となって襲ってくる可能性がある。人だった場合は――。


「――! ――だろ!」


「――! ――っ!」


 話し声がする。やはり人間だったか。


 穣とミネルヴァは、足音を忍ばせてゆっくり進んでいった。


 ダンジョン内には、ある程度の光源は設置されている。薄暗いが、声のする方に近づいていくとぼんやりと人影が見えるようになった。


「はい! アイテムゲットぉ! 鑑定結果が楽しみだねー!」


 これは明らかに実況。それとは別に、言い争っているようなやりとりが聞こえる。


「お前ほんっと頭悪いな! いいから行けよ!」


「だ、だってあれ、ボブゴブリンですよ。まだ私じゃ……」


 少し幅が広くなった通路の真ん中に、男女が三人。一人はカメラを装着して、壁面の苔のようなものを採取しながらしゃべっていた。あと二人は、二十代くらいの体格のいい男と、背の低い女。むしろ少女という方が的確だろうか。彼らのさらに先には、ボブゴブリンが一匹いて、喉の奥で威嚇音を発しながら様子を伺っていた。


 でっぷり肥満した緑色の体躯。ダンジョンに設置された明かりでも、醜い顔つきと凶暴な眼光は見て取れる。手にしているのは棍棒。どす黒いのは元々そういう色なのか、あるいは別な理由なのか。少女がおびえるのも無理はない。戦闘の心得がない探索者には脅威でしかないし、ある程度戦いの術を知っていても状況によっては苦戦する。何しろ、丈夫なのだ。殴ってもなかなか倒れないので、持久力が試される。


「あ? お前がやられたところでどうってことねぇよ。むしろ数字稼げんだろ。うちの視聴者そういうグロいの大好きだし」


 マイクが音声を拾っていないと思って、好き放題言っている。穣はミネルヴァを振り返り、うなずいた。


『はーい、エレベーター・ガーディアンさん、聞こえますかー?』


 二秒後、穣は三人の脇を一気にすり抜けていた。


「な、なんだ!」


 驚きの声よりも、穣がボブゴブリンに接近し、拳を叩き込む方が速かった。


「ゲブゥ!」


 肉にめり込む感触。同時に、【力】を発動させる。


 鈍い破裂。次いで、びちゃびちゃと湿った音が飛び散る。


「……は?」


「え?」


 穣がボブゴブリンを爆散させたのだと、一瞬遅れて理解したようだ。後方から間の抜けた声が聞こえてきた。


「な、なんだよお前!」


 振り返った穣に、先ほど少女を怒鳴りつけていた男が詰め寄ってきた。


「あのモンスターはあいつに倒させる予定だったんだよ! 生配信の邪魔すんなよ!」


 つばを飛ばされて、穣は顔をしかめた。まともに食らわないよう方向をコントロールしたとはいえ、ボブゴブリンの血やら肉片やらがかかってしまったのだ。この上汚れるのはごめんだった。


「お前らは、企業所属か?」


「ちげーよ、フリーだから数字稼がなきゃなんねぇんだよ! どうすんだよ大損じゃねぇか!」


『はい、そこまでよ』


 男の後ろから、ミネルヴァがその肩をつかんだ。

「うわ! なんだ!」


『彼らよ。お願いします』


「な、やめろ! うわっ!」


 ミネルヴァの後ろでは、採取をしていたもう一人の男がエレベーター・ガーディアンに腕を取られていた。次いで、別なガーディアンが穣のそばにいた男を捕まえる。


「通報ありがとうございます。ダンジョン内コンプライアンス違反で事情を聞かせていただきます」


 ダンジョンでの生配信は、緊急時に救援を求めるための手段だ。しかし、フリーランスの配信者も深い階層へ入ったりできるようになってからは、明らかに危険な行為をする者も増えてしまった。


 登録者数に応じて、動画には広告が入れられる。広告を見た視聴者が多い、または広告から商品購入などを行い広告主の利益に直結すれば、それが配信者の収入となる。登録者数と視聴数を稼ぐために、過激な内容の配信をするのだ。


 それが問題となり、ダンジョン探索のルールとガイドライン、禁止事項が政府によって通達された。違反すれば法律に準じた罰則がある。


 また探索者には探索中に明らかな違反行為を発見した場合、直ちにエレベーター・ガーディアンに通報する義務もある。穣はミネルヴァに通報してもらい、その間にボブゴブリンを討伐した。通報に気づいた彼らが逃げる可能性もあったので、注意をミネルヴァから逸らすためだ。


「あ、あの」


 エレベーター・ガーディアンに促されて立ち去ろうとしていた少女が、ためらいがちに口を開いた。


「ありがとうございました……」


『いいのよ。義務を果たしたまで』


 ミネルヴァが流暢に応じるのを見て、目を丸くしている。ヒューマノイド型探索補助AIを見るのは初めてなのだろう。


「気をつけて帰れ」


「は、はい」


 ぺこりと頭を下げ、少女は走って行った。


『ふぅ、ちょっとアクシデントがあったけど、まだまだ探索は続くよ!』


 ミネルヴァが言うと、それまで沈黙していたコメントが一気に賑やかになった。


『違反者通報、俺初めて見たわ』


『すげーな、ボブゴブリン爆散。エグかったからかミネルヴァたんがモザイクかけてたけど』


『やっぱかっけぇよな。ジョーさんは』


 ちゃりんちゃりんという音も聞こえる。スーパーチャット、いわゆる投げ銭だ。ありがたい。


『スパチャ感謝! さ、仕切り直してどんどん行きましょー!』


 武器の状態を確認し、穣は再び歩き出した。


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