ノイズの蛇
自衛隊、有志の探索者たち、そしてフレイザー社をはじめとする企業系の探索者。
穣が思っていた以上に、協力者は集まった。ダンジョン三十五階のあのエリアを探索できるのはCランク以上だが、自衛隊の協力が大きかった。二十四時間分の動画はすぐに配信され、アーカイブされたものもくまなく複数人でチェックする作業が行われた。
「頭痛い~~~~~~」
フレイザー社のカフェテリアで、ウグイスがテーブルに突っ伏している。その隣には、かぼすが同じ体勢で伸びていた。
「さすがに、朝からずっと動画見てたら疲れるわよね。二人は今日は定時で上がった方がいいわ」
ミラーがコーヒーを飲みながら言う。彼女も少し疲れ気味のようだ。
「うう~~~でもぜんぜん進んでない~~」
「なんのために大勢で作業してると思ってるの? ね、ジョーさん」
「ええ」
穣ももちろん、動画チェックに参加している。目が痛すぎて、何度目薬をさしたかわからない。
「やー、けっこう疲れるもんっすね。動画視聴好きだから余裕かと思ってたっす」
「画面全体を注意して見なきゃならないからね。でもこれで、一〇メートル以内では午前零時から一時間前後の時間帯にタイムループの影響はないって結論は出たわ」
穣たちが今までチェックしていたのは、モールス信号のあった部屋を中心として半径一〇メートルを目安に探索を行った動画だ。配信時間二時間分が今日の目標だったが、思ったより手間がかかった。少しでもおかしいと思ったら動画を止め、分析し、AIにも調べさせて異常なしと判断したら再生する。その繰り返しだった。
「長期戦は覚悟した方がいいわ」
「ええ、わかっています」
それでも、前に進んでいる実感はある。今までと違って。
「まあ防衛省も動いてるし、うちのAIも――」
かぼすが言いかけたとき、カフェテリアに体格のいい女性が入ってきた。キョロキョロと辺りを見回し、穣たちに目をとめるとずんずんと近づいてくる。
「シールド、どうしたの?」
「……ブレイドが呼んでる。ちょっと気になることがあると」
「なんかわかったんすか?」
かぼすが起き上がり、ウグイスもゆっくりと椅子から立つ。
「ウグイス、具合が悪いなら待ってた方がいいんじゃない?」
「だって気になるから。ジョーさんも行きましょう」
「ああ」
全員で、動画を確認していた小会議室に戻る。ブレイドがモニターから視線を外して、手招きした。
「最初は画面のノイズかと思ったんだ。だがどうも気になって」
『防衛省からも、同じノイズについての情報が複数あったにゃ』
ドラの目が点滅していた。ネットワーク接続中らしい。モニターの中でポインタが勝手に動いているのは、ドラが操作しているのだろう。
「防衛省、及びフレイザー社のAIを総動員して、すべての動画のノイズを解析した。途中までだけど、送られてきたデータがこれだ」
ブレイドは精悍な顔を緊張に引き締めて、モニターに視線を戻す。ドラが呼び出した映像が再生を始めていた。
見慣れたダンジョンの内部だった。時折人のような姿が点滅したり画角が変化するのは、たくさんの動画を一つに編集したせいか。
「なに……これ」
ミラーが、かすれた声でつぶやいた。
最初は、本当にノイズに見えた。しかし、別々な映像が切り貼りされたはずの動画の中で、それはあまりに不自然な映り込みだった。
「なんでこれ、一繋ぎになってるように見えるんすか?」
ノイズは、移動していた。長い影がずるずると蠢き、途切れない。まるでそれは。
「……蛇みたいだ」
シールドのたとえは、的を射ていた。




