やらない善よりやる偽善
そう言われても、気分はよくない。
もやもやした気持ちのままでぼんやりしていると、インターフォンが鳴った。
「こんばんはー。ウグイスとドラです」
「あとかぼすっす」
玄関扉を開けたウグイスの後ろから現れた青年に、穣は目を見開いた。
「すみません、買い物してたらかぼす君からメッセージが来て。ジョーさんが心配だから一緒に行こうってことになりました」
「お邪魔していいっすか? 飲み物とアイス買ってきました」
追い返すわけにもいかないので、穣はともかく二人を招き入れた。ドラは床に降りるなりとことこと歩いて行って、ソファーに座っていたミネルヴァの膝に乗った。
「あ、お金はいいですよ。お疲れ様ってことで」
「そういうわけには……」
「打ち上げだってやってないんだから、これくらいおごらせてくださいよ。てか、改めて打ち上げは行きましょうね」
穣がぼうっとしている間に、ウグイスとかぼすはてきぱきとテーブルに買ってきたものを並べ始めた。チキンと、おにぎりと、インスタント味噌汁。そして煮物とサラダ。
「俺ら飯食ったんで、遠慮なく食べてください。こっちでおやつ食べてますんで」
「……ありがとう」
もそもそと食べながら、穣は談笑している二人をなんとなく眺めていた。
ウグイスは二十代前半ほどに見える。かぼすもそれくらいだろうか。ウグイスは先の方だけ青緑色に髪を染め、頭頂部近くで二つにわけて縛っている。化粧も濃いめで、『若者』という印象だ。かぼすも髪を明るい褐色に染めていた。無造作な長さでカットして、耳にはピアスがたくさんついている。ダンジョンに入ってるときは、頭をすっぽり覆う帽子をかぶっていたのでわからなかった。
「あ、そろそろ始まるかな。リーダーの配信」
ウグイスが急に端末を操作した。そして開いた画面を、穣の前にセットする。
『みなさんこんばんは。フレイザー社所属探索チーム、クリスタルのリーダーブレイドです』
ブレイドが、机の前に座って快活に挨拶していた。
「これは?」
「豊浦さんの捜索をするという表明の動画ですよ。他のチームも、参加するところは今後同じような動画を流す予定っす」
ブレイドは要領よく、ダンジョンでのモールス信号発見から一連の流れを説明し、豊浦捜索に協力する旨を述べていた。だが、穣が気になったのは話の内容よりも、彼の背後にある額に入った文言だった。
――やらない善よりやる偽善――
「……この額は?」
「あ、気になります? うちの会社のモットーというか、社長の好きな言葉らしいです。あちこちに飾ってますよ」
『……以上の理由から、我々はダンジョン内で豊浦さんを探そうとチーム全員で決めました。人として当然のことです』
気のせいか、にこやかなブレイドからそこはかとない圧を感じる。
『もしダンジョン探索の傍らであっても、協力してくれる探索者の方がいらっしゃれば、本当に助かります。以上、緊急の動画配信でした』
配信は、十分ほどで終了した。生配信なので、リアルタイムのコメントも見られる。アンチコメントは、ないに等しかった。
「さすがリーダー。用意周到。後ろにあの言葉書いてあってアンチなんか投稿できないよね」
「ミラーさんの考えかもな。こういう無言で圧かけるのあの人っぽい」
「あー、明日ミラーさんに言っとくわ」
「やめてまじでごめんなさい」
二人の掛け合いを見ているうち、肩から力が抜けていくのがわかった。
「……ありがとう。気にかけてくれて」
箸を置き、穣は二人に頭を下げた。
「ブレイドにも礼を言っておいてほしい。チーム・クリスタルには本当に世話になった」
「いやー、私たちも別に、善意だけでやってるわけじゃないんですよ。ジョーさんが心配だったのも嘘じゃないけど」
頭をかくウグイスの横で、かぼすもうんうんと頷いている。
「ここだけの話なんですけど、ジョーさん、ダンジョン配信って楽しいです?」
「ん?」
急に訊かれて、穣は目を瞬いた。そんなこと、考えたこともなかった。




