要請
茶番なんですよ、と上杉は言っていた。
ああいう会議が開かれる際、すでに事前に意見の擦り合わせはされている。集まって話し合うのは、最終確認のようなものなのだと。
『ミノル、準備はできたわ』
「ああ」
穣はカメラの前に座った。写らない位置に原稿は用意してあるが、なるべくそちらは見ずカメラから視線を外さないようにとウグイスからアドバイスを受けた。
カメラの後ろにいるミネルヴァが、手振りで合図を送った。深呼吸して、穣は口を開く。
「いつもご視聴いただき、ありがとうございます。本日は、皆様にお願いしたいことがあります」
会議が終わった直後、上杉と二人で話をした。そこで穣は、上杉が事前に内閣府危機管理監と話し合いをしていたことを聞かされた。
管理監としても、人としての情からは豊浦の救出に向かうのは吝かではない。しかし、他の省庁や議員から反対が上がる可能性があったのだという。会議参加者の中では、財務省が異を唱えてくるだろうということは予測していたらしい。
だから、その通りに杉田が反論してきたときに、打ち合わせ通りに上杉は動いた。そして、彼らの思惑通りにことは決定したというわけだ。
「先日、ダンジョン三十五階の探索において、フレイザー社の探索チーム、クリスタルと行動を共にしていた際、モールス信号が発見されたことは恐らく今ご覧の視聴者の皆さんもご存じかと思います」
マスコミを通じて、昨日までには公式発表がなされていた。SNSなどで反応を探ったところ、豊浦を助けるべきという意見がある一方で、杉田のように全面的に賛成できないという声もあった。五年も前の話であり、豊浦の生存がわからない以上、危険を伴う捜索に自衛隊を投入するのはどうか、ということだ。
フレイザー社は、すべての探索者を動員して協力してくれると申し出てくれた。エレベーターを管理する月座と交渉し、エレベーター・ガーディアンの勤務も一時的に交代制で二十四時間動いてくれるよう掛け合うと。
しかし、それだけでは足りない。
「あのモールス信号を壁に残したのは、豊浦誠二等陸曹。五年前に私と共にダンジョン探索任務に当たっていた、同期です」
穣は簡単に、当時の事情を説明した。ゆっくりと、聞き取りやすい話し方で。何度も書き直し、添削してもらった原稿通りに、整然とわかりやすく。
「私が配信者としてダンジョンを探索していたのは、豊浦を探すためでした」
いつもの生配信と違い、コメントの読み上げが聞こえない。話に集中するためにしたことだが、視聴者たちがどう思っているのか気になる。
何を言われるだろう。
「ダンジョンの時間がループしていて、当時あそこに連れ去られた豊浦を発見し救出できる可能性があるなら、できることはすべてやりたい。ループ説自体曖昧なものとは言われています。しかし実際にモールス信号はあり、尚且つ事前に探索していた自衛隊が同じ部屋で発見できなかったという食い違いがある。だから、短い期間でもいいので、豊浦の捜索に注力したい」
――本題は、ここからだ。
「自衛隊やフレイザー社の探索者も、力を貸してくれるということになりましたが、人員が不足しています。豊浦は、何か未知のモンスターに襲われたかもしれません。広いダンジョン内で、我々だけでは目が行き届かないと思われます」
アドバイスしてくれたのは、上杉とチーム・クリスタルだ。
協力者は多いほどいい、と。
「これを見ている方の中には、ダンジョン探索者で三十五階まで降りられる資格を持った方もいらっしゃるのではないかと思い、この動画を配信することにしました。捜索の間、ダンジョンには二十四時間入れるようになっています。その中の、探索者に許可されている二時間の配信を使ってはいただけないでしょうか」
フリーランスでも、穣のように高いランクの探索者はかなりいる。その彼らの生配信も、探索情報収集のため協力してもらえないか呼びかけてみてはどうか。
そう提案したのは、ブレイドだった。
「危険は伴いますが、豊浦を保護できれば三十六階への階段のありかがわかるかもしれないというメリットもあります。本来の配信のついででもかまいません。どうか、ご協力いただけないでしょうか。……お願いします」
深々と、穣は頭を下げた。しばらく、そのままで動かなかった。
『……ミノル、配信終了したわ』
ミネルヴァの声で、ようやく穣はゆるゆると身体を起こした。




