そんなこと
「先ほど説明したとおり、豊浦さんがダンジョンのタイムループの影響で生存している可能性があるのならば、救出するのが当然ではないでしょうか。モールス信号のあった部屋を起点に捜索すれば、手がかりは見つかるのでは」
「あの辺りは、自衛隊が探索しています。当然あの部屋も探しました。だが、あんなものがあったという報告はない」
「それについても、説明させていただきます」
突然ミラーが席を立ったので、穣は驚いた。
「チーム・クリスタル所属のミラーこと、各務美琴と申します。ダンジョン資源研究所で、タイムループをテーマに研究しております」
続く言葉にはさらに驚愕した。道理で先日の説明が詳細だったわけだ。
「ダンジョンの時間は、一定のタイミングで決まった時点に戻ります。三十五階におけるそのタイミングがいつなのかはまだ解明されておりませんが、つまり時が巻き戻った時点であの部屋に入った場合、モールス信号は消えてしまっているということになります」
「自衛隊の探索時が、モールス信号がない状態と重なったと?」
「可能性は十分にあります。そして同様の理屈で、チーム・クリスタルが入ったタイミングが偶然モールス信号出現状態のときと重なったので、発見に至ったと考えることができます」
しばらく沈黙が落ちた。
「モールス信号があった部屋を起点として周辺を二十四時間体制で監視し続ければ、必ず豊浦さんを見つけることができるはずです。そして彼を保護できれば、確実に三十六階への階段の位置も知ることができます。現段階では、彼が唯一階段の場所知る人物ですから」
「その監視は、誰がやるんですか?」
「フレイザーの探索者は動けますよ」
経済政策室長の言葉に、上杉が答えた。
「もちろん、一日中ダンジョンに入っているわけではない。二時間の探索しか許可されていませんしね。だから、チームごとに二時間交替で監視に当たります。つまり十二チーム体制です」
「そうなると、当然自衛隊も出動せざるを得ません。民間人を先頭に立たせるわけにはいきません」
防衛政策局長が言った。
「問題は、根拠の乏しさです」
杉田が渋面を作った。
「タイムループ説は、あくまで仮説に過ぎない。そんなことのために人員と時間と政府予算を割かなければならない。危機管理監、それで政府や国民を納得させられるのでしょうか」
「正直、難しいでしょう」
館野が、おっとりと答える。
「ダンジョン資源の重要性は、誰もが理解している。しかし、近年三十六階を敢えて探すに及ばないという意見も出てきていましてね。グソール草の管理栽培供給はすでに安定している。危険を冒して自衛隊を動かし、貴重な予算を消費するよりも今あるものをどんどん国内外へ販売する方が優先ではないか、とね」
「財務省としても賛成いたします。豊浦二曹の生存も、あやふやな情報だ。そんなことのために、動くべきではありません。国民も税金の無駄遣いと騒ぐでしょう」
穣は、自分の膝を睨みつけた。
組織は個人のためには動かない。わかりきったことだ。
しかし。
『そんなこと』なのか。
豊浦の命は。
「……杉田主計官」
上杉の声を聞いた瞬間、なぜか穣は背筋に寒気を感じた。




