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ダンジョン配信の理由  作者: 八谷 響
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齟齬

「なるほど。確かに、迂闊に公開しないのが正解でしたね」


 上杉社長は、静かにそう言った。


「申し訳ありません。生配信での配慮が足りませんでした」


「まあ、最後の方の視聴数は若干下がりましたが、深黒なレベルではありませんでしたよ。未知のエリアでは、不測の事態で配信を止めてしまうことも時折ありますからね」


 生配信時に事故が起きて、映像が生々しすぎて打ち切ることは確かにある。企業の配信者や機材に投資できる余裕のあるフリーランスは、そういう場合に即時対応できるAIを使って、映像にモザイク処理をしたり違う画像を差し込んだりできるようにしている場合もあるが、そんな設備のない配信者はそうはいかない。そのときは常に配信される動画を監視している配信サイトの管理者が対応するが、どうしてもタイムラグは生じてしまう。結果、運悪くその瞬間を見てしまった視聴者へのケアや、ひどい場合は賠償という話にもなる。


「あのモールス信号は、こちらでも解読しました。チーム・クリスタルの面々も内容は把握しておりますが、豊浦さんやあなたの事情までは説明していません。ただ、採取されたあの部屋の壁や床の材質、空気中物質、そしてモールス信号の痕跡などは研究所で分析を進めております」


 ダンジョン資源研究所か。


「可能な限り速やかに分析を進め、報告書を回すように連絡してあります。平岸さんにも、その際はお知らせします」


「……ありがとうございます」


 上杉は、それ以上のことは何も言わなかった。契約通りの報酬を後日振り込むというので穣は固持したが、それとこれとは別だと取り合ってもらえなかった。


 後ろめたい気持ちで会議室を出る。その足で、総務部へ向かった。宣伝のために借りていたグソール燃料車を返却するためだ。


 車はここへ乗り付けるとすぐに点検に回されていたので、問題なしという言葉を受け取って書類に必要事項を記入し、キーと一緒に提出する。動画のデータも出してあるが、そちらは内容のチェックが終わり次第改めて連絡するということだった。


 帰りは交通機関を使うので、エントランスにあった自販機で飲み物を買っていると、後ろから声をかけられた。


「ジョーさん?」


 振り向くと、長い髪の背の高い女性がいた。


「……ええと」


「ミラーよ。やっぱりジョーさんね。髪型と体格が似てたからもしかしてと思った」


 ダンジョン内ではお互い素顔を見せていなかった。よくわかったものだと考えていると、彼女はすたすたと近づいてきた。


「社長に例の件報告に来たんでしょ?」


「……ええ」


「会えてよかったわ。私もジョーさんに話したいことがあったの」


 あの失態のことについてだろうか。


 断ることもできず、穣は促されるままミラーについて行った。案内されたのは、天井が広く大きな窓のあるスペースだった。テーブルと椅子がいくつも置かれている。


「カフェテリアよ。社員以外も利用できるわ。何か飲む?」


 テーブルに着き、ミラーは置かれていたタッチパネルを操作し飲み物のページを穣に見せた。ここから注文するようだ。


 コーヒーを二つ頼み、「さて」とミラーは口を開く。


「上杉社長からジョーさんを紹介されたときに聞いていたのは、あなたがダンジョンで何かを探しているってことだけよ。だから探索中になにか手がかりがあれば、無理のない範囲で手を貸してあげてほしいって」


「社長が、そんなことを」


「珍しくないけどね。お人好しなのよ」


 先ほどの上杉とのやりとりを思い出す。一企業主とは思えないほど、よくしてもらったと思う。


「あのモールス信号にあった人名は、お知り合いなのね?」


「……はい」


 どこまで話せばいいのか。それとも、話さない方がいいのだろうか。


 迷っていると、ミラーが続けた。


「詳しい事情はわからないけど、ちょっとおかしいと思ったことがあったから。よければ聞いてくれる?」


「おかしい?」


「ええ」


 ミラーは、素早く周囲を確認した。人気はない。遠いテーブルに、社員らしき人がいて食事をしているくらいだ。


 楕円形の物体が、ゆっくりとこちらに近づいてきた。下部にタイヤが四つついている。配膳ロボットのようだ。穣たちのテーブル脇に停止したので、ミラーが手を伸ばして中の棚からカップを二つ取り出した。


「あの文書には、『足をやられた』とあったわね」


 穣の前に付属のミルクとスティックシュガーを置いて、ミラーは話を再開した。


「ということは、あれを刻んだあと遠くへは逃げられなかったはず。移動の際は、這いずったりけがをした足を引きずって歩いたりしたと考えられるわ」


「ええ」


「でも、おかしいのよ」


 穣は、カップからミラーに視線を移した。


 穣よりいくつか年上だろうか。隙のない化粧と、怜悧な眼差しが印象的だ。


「だって、床には何かを引きずったような痕跡は見られなかったんだもの」


「え?」


 カップを持ち上げようとした手が、止まった。

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