縋るように
――もうだめだ。逃げられない。足もやられた。誰かがこれを見つけた時のために、階段の場所を書き残す。
――この部屋を出て右手の通路を真っ直ぐ行くと、広い場所に出る。その先に階段があった。
――でもそこには、モンスターが巣を作っている。今まで見たことがないやつだ。かなりの大きさ。そこだけダンジョンの天井が五メートルほどあり、モンスター自体三メートルはあると思われる。
――追われてる。逃げ切れない。父さん母さんありがとう。
『ミノル、運転を代わりましょうか?』
「……いや、駄目だ。ミネルヴァには生活代行者の登録してないだろ」
ボディを有するタイプのAIは、介護や生活補助としてのサポートもできる。しかしそれには届け出が必要で、無許可で人間と同等の行為をしているのが発覚した場合罰則がある。
だがこれ以上運転を続けると危険なのは確かだったので、ミノルは路肩に車を寄せた。車を止め、エンジンを切る。
思っていた以上に、堪えていたらしい。
ようやく、見つけたのに。覚悟はしていたはずだったのに。
「豊浦……っ!」
呻くのと同時に、額に衝撃があった。ハンドルにぶつかったのだと、直後にぼんやり考えた。
文書の最後に、日付と署名があった。
――二〇三〇年 豊浦 誠
五年、経っている。
葬儀にも参列した。
五年経ってしまったのだと、何度も自分に言い聞かせていた。
それでも、期待していたのだ。無意識のうちに。
生存の可能性を。
『……ミノル。チーム・クリスタルに連絡したわ。ブレイドから、今日はもう休んで、明日の午前中に改めて話をしましょうって提案よ』
ミネルヴァはAIだ。
穣を気遣っての行動ではない。彼女がこれまで学習した情報から導き出した、ただの最適解だ。
それでも。
「……ありがとう」
差し出された金属の手を、穣は強く握り返した。
縋るように。




