グソール車に乗って
「それで、今回の案件でグソール車を貸してもらえたのね」
助手席でミネルヴァが言う。録画中なので、時折首を左右に振り、アングルを変えている。
「一〇〇パーセントグソール燃料で走行できる車なんて、そうそう乗れないわよね。最新式だもの」
「政府も売り出したがっている、次世代の車だからな」
グソール草は従来のバイオ燃料とほぼ同じ方法で、精製が可能だった。発見されたのは二〇二八年、そこから五年あまりで実用化と安定供給までこぎ着けたのだから、当時の関係者がどれほどの情熱と執念を持っていたのかが想像できる。
ダンジョン内の壁や通路にいくらでも生えている草がそんな貴重品だったとは、もちろん最初は誰も思わなかった。研究者の一人が、バイオ燃料の原材料の一つとグソール草の組成が酷似していることに気づいてから、一気に物事が動いた。
「石油と違って輸入しなくていいし、今ではグソール草の大量確保もできるようになったから、本格的に売り出したいのね。外国への外交カードにもなり得るもの」
長い間エネルギー問題に悩まされていたのが、青天の霹靂で解決したのだ。そしてこの発見は、世界の情勢すら左右するほどの切り札となるほどのものだ。
フレイザー社はそうして、政府への強い影響力を手に入れた。それを維持するためには、世間からの支持も必要になる。ガソリンの高騰に悩まされてきた庶民にとって、国内で生産できる分安く購入できる次世代燃料など、歓迎しない理由はない。ただ安全面への不安を訴える声もあるので、フレイザー社は動画配信などを利用してグソール燃料使用の自動車のメリットや安全性を地道にアピールしている。
面接から三日後、正式なオファーが来た。その日のうちに契約と事項の確認を行い、一緒に生配信と探索を行うチームに紹介された。綿密な打ち合わせをして、必要な装備や物資も支給された。車もその一つだったが、これに関してはモニターとしてチャンネル内で宣伝してほしいという条件だ。企業案件は基本的に製品の広告も必須になるので、チャンネル登録者数も採用条件の一つとなる。宣伝効果がどれくらいあるかを見極めるということだ。
「車の紹介もだけど、グソール草とその歴史についても簡単に触れておいた方がいいかしら。有名な話だから必要ない気もするわね」
「まあ、学校で習うけどな。改めて訊かれたら、けっこう記憶が曖昧なもんだ」
グソール草研究とその成果、そして『グソール革命』と呼ばれるエネルギー革命と、地政学上の情勢変化。
簡単に言うと、石油産出国が今までほどの力を持たなくなり、今や世界中がグソール燃料をほしがっている、ということだ。
「そろそろ着きそうね」
ミネルヴァの言葉と、ナビの案内が重なった。減速し、ダンジョンの駐車場入り口で許可証を提示する。
「お、すごい車に乗ってるじゃないか。儲かってんのか?」
「いえ、レンタルです」
バーが上がるのを待って、発進する。動きが信じられないくらいスムーズで、しかも静かだ。排ガス臭のようなものもしない。二酸化炭素排出量も、ガソリン車とは比べものにならないくらい低いらしい。
「グソール車に買い換えたら、税金が優遇されるのよね。それは触れなければならないわね」
ミネルヴァはすでに、動画のまとめをほぼ完成させているようだ。
車を駐車スペースに入れ、荷物を持って出る。装備品はほとんど身につけているので、このままダンジョンに入ればいい。一階の広間で、フレイザーの探索者チームと落ち合うことになっている。
ミネルヴァと並んで歩きながら、ふといつもは気にかけたことのない建物に目をやった。
五階建てくらいの、白いビル。壁面にはロゴマークと、『ダンジョン資源研究所』の文字。
フレイザー社から独立した、ダンジョンアイテムを専門に研究している施設だ。グソール燃料も、ここの前身だった機関が発見・開発し実用化に至った。
「この建物も録画しておかなきゃ」
ミネルヴァは仕事熱心だ。
昔「エコカー減税」というのがあったなと思い出しました。




