ダンジョン誕生十周年記念
1.
『はい! 今日も始まりました! たっくんチャンネルです! 本日2035年6月12日はなんと、日本にダンジョンが出現して十周年ということなんですね。そこで、記念企画ということで、今日は――』
カメラで自撮りしながら喚いている配信者の声を聞き流しながら、平岸穣はもう一度装備品を確かめていた。
防具は問題ない。武器の整備も昨日してある。回復薬も十分背嚢に詰めてきた。しかし、ダンジョンの探索においては完璧ということはないと思っていた方がいい。何があるかわからないのがこの場所だ。
「ありがとうございました。すいません、通るの待ってもらって」
配信者がやってくる。穣はそのひょろりとした青年の装備を眺めた。明らかに手作りとわかる胸当てと、ホームセンターで買ってきたようなヘルメット。武器はどうやら棍棒らしい。
「ダンジョンに入ってどれくらいになる?」
つい、そう尋ねていた。
「俺っすか? まだ一ヶ月っすよ。許可証もFエリアまでしかもらえてないんで、弱いモンスターの倒し方とか、拾ったアイテムの開封とかしかできてないっす」
つまり、初心者だ。ダンジョン内の動画配信をして小銭を稼ぐ、副業系の探索者。
「深入りするなよ。エレベーターにすぐ乗れるくらいの位置にいておけ」
「だいじょぶっすよ。ありがとうございます」
そう答えた青年だが、穣の経験上この手の初心者が大抵無茶をして事故を起こすのだ。数字を稼ぐことに夢中になり、身の安全を守ることが疎かになる。
エレベーター・ガーディアンや企業から武器防具の供給を受けてダンジョン探索をする職業系配信者が近くにいれば、運よく助けてもらえるかもしれないが。
「ミノル、行きましょう。こちらも冒頭の配信は終わったわ」
エレベーター入り口付近から、相棒が声をかけてきた。
緩やかな線を描く鈍色のボディ、人間と同じ姿だが、顔に当たる部分にあるのは無機質な仮面。両目にはカメラとセンサーが内蔵されている。
「あ、あれって探索補助AI!? すっげ! ヒューマノイド型ってめっちゃ高いっていうのに」
「ああ、行くか。ミネルヴァ」
穣もまた配信者だ。企業に属さず、フリーランスでダンジョンに潜る。近年開発されたAI搭載型ダンジョン探索補助ヒューマノイドを購入できるまで5年もかかってしまった。
――だが、無駄な年月ではない。決して。
「ん? ミネルヴァ? ちょ、まさか……!」
後ろから追いかけてくるような足音が聞こえたが、ちょうどそのときエレベーターの扉が開いた。穣に続いて、ミネルヴァも乗り込む。
「ま、待って! あんたまさか、あの有名な――!」
閉まった扉の向こうで、声がフェードアウトしていく。
「ふふ、有名なんですって。よかったわね」
「じゃなきゃ困るだろ。それでこちとら食ってるんだ」
ダンジョンが日本に出現して10年。民間人が立ち入っても大丈夫だということになり、それ以降こういう商売が生まれた。
ダンジョン探索者。優秀な者は企業がスポンサーとなり、必要な物資を供給する代わりにダンジョン内にある貴重な物質やモンスターの生態標本などを採取する。またその模様をインターネットで配信するようになった。企業に所属していないフリーランスも、その後現れた。先ほどの青年のような、面白半分で小遣い稼ぎに配信する者もいる。
ダンジョンの出現直後は、警察や自衛隊が危険を冒して内部を探索し、様々なデータを持ち帰った。命を落とした者もいた。その事実があるから、10年後の今がある。
「ミノルはダンジョンに入るようになって、何年になるのかしら?」
「4年だ」
それだけかかった。危険なモンスターと戦うために護身の手段を身につけなければならなかったし、内部に関する知識も収集する必要があった。もどかしさと焦りは感じたが、無謀なことをするわけにはいかなかった。
可能な限り、探し尽くす必要があるから。
「大丈夫。今日も私があなたを守るから」
生きてダンジョンを探索し続けるために、ミネルヴァも手に入れたのだ。
「ああ。任せた」
エレベーターが止まる。階数表示は、35。
「行くぞ」
「ええ」
彼は、ここまで到達していたのだろうか。
行方不明の知らせを受けて、5年。まだダンジョン探索は民間人には許可されていなかった。
誰より実直で、危険にもひるまなかった。ダンジョンの中に入ることを、むしろ彼は楽しんでいたようだった。
豊浦誠。自衛官だったころの、同期。
せめて何か痕跡だけでも見つけたくて、穣はダンジョン探索者になったのだ。




