フィオの過去
フィオはまだ12歳。
スラムの片隅で、病弱な妹と二人暮らし。
両親はとうに亡くなり、スラムの人間たちも冷たく、食べるものすら満足にない日々。
妹はいつも笑っていた。「だいじょうぶだよ、フィオがいれば平気だもん」って。
その笑顔に、フィオは毎日必死だった。泥水をすすってでも、妹にだけはパンを食べさせた。
でも、ある冬の日。
妹が急な高熱で倒れた。
フィオは泣きながら街中を駆け回り、「誰か助けてくれ!」と叫んだ。
だが、人々は目を背ける。「どうせ助からない」「無駄だ」
薬屋の前で土下座をしても、「代金がないなら出て行け」と追い払われた。
妹は、フィオが戻ったときにまだ微かに息があった。
けれど、その手は冷たく、目を開けることはなかった。
「ごめん…まもれなかった…」
あの日、世界は音をなくした。
しばらくフィオは空っぽだった。
でも数日後、街で見かけた騎士団の行進。
人々が拍手を送り、子どもたちが「かっこいい!」と声を上げていた。
フィオは、凍ったような瞳で呟いた。
「守れる力があれば、妹は死ななかった」
そこからフィオは、変わった。
盗みも、暴力も拒んで、ひたすら剣を独学で学んだ。
ぼろぼろの木剣、血まみれの手、ボロ布みたいな体。
誰もが笑った。「お前に騎士なんか無理だ」
でもフィオは言った。
「笑ってくれて、ありがとう。お前らみたいな奴は、いつか俺が守る奴らに近づかせない」
そして数年後、騎士団の試験を受けに来た少年は、
血のように赤い目でまっすぐ面接官を見た。
「俺は、守れなかった過去がある。
でも、これからは絶対に誰も死なせたくない。
…それが俺の全部だ」