放っておくのも目覚めの悪いだけ
次の日。
身体の節々が痛い中、エルはゆっくりと目を開けた。
知らない天井──いや、見覚えはある。騎士団の療養室。
(……あれ? なんでここに……)
記憶を辿る。
訓練中に意識が遠のいて、最後に見たのは──あの、金の瞳。
慌てて身を起こすと、扉の前で誰かが腕を組んで立っていた。
「やっと起きたか、バカ」
「……フィオ?」
ぽかんとするエルに、フィオはちょっとだけ顔を背けて口元を歪めた。
「まったく……あんな無茶な訓練して、ぶっ倒れるとか、ほんと……バカだよな」
「……あの、昨日……私、どうしてここに?」
「…………」
少しの沈黙。
そして、フィオは目をそらしたまま、ふいに低く返す。
「……べつに、放っとくのも寝覚め悪ぃだけだ」
「え……?」
「他意はねぇよ。ただ……目の前で倒れてんのに、見捨てられるほど冷てぇ性格してねぇだけ」
ぶっきらぼうに言って、壁にもたれるフィオ。
でもその耳の先がほんのり赤いこと、エルはちゃんと見ていた。
「……ありがとう、フィオくん」
「……礼なんかいらねぇって」
視線も合わせないくせに、誰よりも気にしてくれてる。
そんな不器用な優しさが、胸にじんわり染みていく。
「でも……嬉しかった」
そう呟くと、フィオは一瞬だけ黙り込んで──
「……お前さ、もうちょい自分の体、大事にしろよ。死んだら意味ねぇだろ」
優しさをツンで包んだ言葉を、そっと背中に落としていく。
⸻
騎士団の訓練場は、朝から鋭い掛け声と鉄のぶつかる音で満ちていた。
砂塵を巻き上げて走る若き騎士たちの中、フィオとエルもその列に混ざっている。
「……次、フィオ=アルベルト。属性は?」
「風属性です、カイン隊長!」
鋭い眼差しを向けられながら、フィオは肩越しに剣を背負い、構えを取る。
カイン隊長は頷くと、少しだけ口元を緩めた。
「ならば、制御訓練だ。風圧で標的を押し返してみろ。ただの突風じゃ意味がないぞ、“狙って吹かせ”」
「了解です!」
フィオは深く息を吸い、瞳に集中を宿した。手のひらを前に突き出すと、空気が巻き起こる。
シュウゥと風がうねり、次の瞬間、標的の木人がぐらりと揺れ、足元からずるりと倒れた。
「……命中。だが、威力がまだ甘いな。戦場では立ち上がった敵に殺されるぞ」
「はい、精進します」
横で見ていたエルが「フィオ、すごい」と笑った。
小柄な体を揺らしながら、次は自分の番だと立ち上がる。
「エル=ローゼン……属性は?」
「あの、よく属性が分からなくて、光はうっすらと出るんです」
「……?」
嘘をついてしまった。
癒しの魔法と言えばすぐに気づかれてしまう
「実は……うまく出ない時が多くて。でも、出たときは、少しだけ温かい光が――」
そう言って両手を合わせると、ほのかな光がエルの手のひらに灯った。
それは揺らめくように、すぐにかき消えてしまった――
「……お前の魔法……自信を持て。魔法は鍛えていけば、いずれ味方を守る”要”になれる」
カイン隊長はそう言い残し、次の訓練に目を移す。
フィオは隣で苦笑いしながら、エルの頭をポンと叩いた。
「……よかったな。隊長に褒められた」
「フィオくんの風も、すごかった。強くて、真っすぐで」
「……だろ? お前もちゃんと強くなるよ。俺が保証する」
ふと、騎士団の高台から吹いた本物の風が、二人の間を通り抜けていく。
その風の中に、未来の戦いと、支え合う絆の気配が確かにあった。