剣が折れても
「おい、次──エル・ノアと、ゼム・ハルド!」
訓練試合。
選ばれたのは、あの口悪くてちょっと危ないと噂のゼム。
相手になった“少年”エル──お嬢様エリスは、顔色を変えずに前へ進む。
(やるしかない……!)
剣を構える彼女の姿は小さく、細く。
だが、その瞳は燃えるような意志に満ちていた。
開始の合図と共に、容赦のないゼムの剣が襲いかかる。
エルは必死に防ぐが、力の差は歴然だった。
打ち込まれる、打ち込まれる──そして、
「っぐ……!」
剣が折れた。
その瞬間、会場がざわめく。
剣が砕け、膝をつくエル。
唇を噛み、立ち上がろうとする。
「もういいだろ、これ以上やったら──」
「まだです……!」
痛みに耐え、立ち上がるその姿に、ゼムが動揺する。
「何がしたいんだよ、てめぇ……」
「私は……私だって、誰かを守れる騎士になりたい……!」
どんなに小さくても。
力がなくても。
身分がバレたら終わりでも──
それでも彼女は、剣を取り、立ち上がる。
だが──足元が崩れ、倒れる直前。
その身体を、誰かが支えた。
「ったく、アホか……!」
フィオだった。
「こんなになってまで剣握るとか……バカの極みだろ……!」
彼女を抱えながら、叫ぶフィオの声が震える。
「でも、負けなかったよ……フィオくん……」
「うるせぇ! もう喋んな! 泣くぞ、俺が……!」
血と泥にまみれた“少年”の姿に、周囲が静まり返る。
夜。
同室のフィオとベッドの中で静かに息を整えるエル。
窓の外、満天の星がちらちらと瞬いている。
「……起きてんだろ」
話しかけてきたのは、フィオ。
「……なあ、お前……どうしてそんなに頑張るんだよ?」
静かすぎる夜に、言葉が深く落ちる。
エルは少し目を伏せて、震える唇で、ぽつり。
「……誰かを……守りたくて……」
「……は?」
「昔、目の前で……お母様が──」
声が震える。
「守れなかった。怖くて、動けなくて……だから……二度と、誰も……!」
拳を握るその手は、まだかすかに震えている。
「……そうかよ」
しばらく黙っていたフィオが、少しだけ、歩み寄る。
「お前、ほんっと……バカだよな」
その言葉は、優しかった。
「でも……そういうとこ、ちょっとだけ……嫌いじゃねぇよ」
ふいに目を逸らしながら言うと、スタスタと出ていく。
エルの目から、一筋、涙が流れた。