小さな背に、剣を背負って
「……またかよ、あいつ」
訓練場の片隅。
夜が更けても、ひとり素振りを繰り返す小さな“少年”の姿があった。
周囲の騎士候補生たちが次々と寝静まる中、
その細い腕は、何百回目かも分からないほど剣を振っている。
呼吸は乱れ、腕は震え、足元はふらついている。
それでも──“彼”は、立ち止まらない。
「……バカじゃねぇの、こいつ」
影からこっそり様子をうかがっていたフィオは、呆れたように呟いた。
だが、その声にはどこか、敬意が混じっていた。
エル──本当の名をエリスといい、名門の令嬢である彼女は、
男のふりをして騎士団に入り、誰にもバレずに日々の訓練をこなしていた。
だがその実力は、周囲に比べて決して突出してはいない。
むしろ、力も体格も劣っている。
だからこそ──彼女は、誰よりも努力していた。
フィオは気づいていた。
その姿を、毎晩のように見ていたからこそ、何も言わずに帰れなかった。
「……やめとけよ、そんな頑張っても意味ねーって。
……って言っても、聞かねーんだろうな」
ため息交じりに呟きながら、
フィオはその場に小さな包みを置いた。中には温かいパンとスープ。
「食えよ、バカ。倒れたら意味ねーだろ」
そう言い捨ててその場を去る。
「……ありがと、フィオくん」
気づいてないようで、ちゃんと気づいてるエルの瞳は、少しだけ緩んだ。
小さな背中に剣を背負って、彼女は今日も立っている。
誰よりも努力を重ねて、誰にも負けない“強さ”を手にするために。
そして気づかないうちに──
その姿は、フィオの心を少しずつ動かしていくのだった。