暁、仮面を纏いて
──それは、名もなき一人の“少年”が騎士団の門を叩いた日だった。
王都の名門、アルヴィナ家。
その令嬢、エリス・アルヴィナは、幼き日に目の前で母を殺された記憶を胸に、
いつか“力”を手に入れると誓った。
「私は、守れる人間になる。あの時の私とは、もう違う」
しかし、貴族令嬢が騎士団に入るなど許されるはずもなく、
ましてや王子の婚約者として、常に周囲の目に晒されていた。
だから彼女は、すべてを捨てた。
名を偽り、髪を切り、男の名で──「エル」──として騎士団へと潜り込んだのだ。
騎士団の新兵訓練所に現れた“彼”に、
同期の少年、そして同室のフィオ・レーヴェンは鼻で笑った。
「チビで細っこくて、声も妙に高ぇ。おまけに剣の握りも甘い。
……なんだよ、お前、マジで何しに来たんだよ?」
けれど、エリス──いや、“エル”の目には恐れも迷いもなかった。
「力が欲しい。ただ、それだけです」
そして、その場にいた剣士は、その瞳に見覚えがあった。
──あの時、守れなかった少女の、決意の色だった。
王子レオンハルトは、当然知らない。
婚約者が姿を消したことに苛立ち、同時に胸の奥に不安を感じていた。
この物語は、
身分も性も偽って、それでも守りたいもののために生きる少女の、
誇りをかけた“暁”の物語。
仮面の下に秘めた、誓いと覚悟。
そして、心を揺さぶる再会と絆が、彼女を待ち受けている──。
ーーーーーー
それは遠い昔のお話。
「……お父様、私、剣を学びたいのです」
白亜の書斎に響いたのは、少女の澄んだ声。
けれど、椅子に座る壮年の男――エリスの父は、ページをめくる手すら止めなかった。
「剣など、男の道楽だ。お前のなすべきことは、礼儀作法と舞と、相応しい相手に嫁ぐ準備だろう」
「……でも、私は――!」
「二度と言うな。夢想を口にするな。お前は血筋を誇れ。それで充分だ」
それ以上、エリスは何も言えなかった。
言葉を重ねれば重ねるほど、父の瞳に映るのは“娘”ではなく“家の宝石”になる気がした。
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それから、夜明け前。
屋敷の裏庭で、誰にも見つからぬように拾い上げた木剣を握って、素振りを始めた。
手のひらはすぐに豆だらけ。
けれど、風を切る音と、汗を伝う感覚に、彼女は確かに生きている心地がした。
「……いつか、私の手で誰かを守りたい。誰かの盾になりたい。たとえそれが、貴族の娘で許されない夢でも」
そう、彼女は心の中で誓った。