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幕間 〜炎の姫と氷の王女、嫉妬の花園〜


──塔の外では、夜が深く息をひそめていた。

監獄塔の最上階、仮設の宿泊室。ミリィは、壁際のベッドでぐっすりと眠っていた。


「……寝たか」


ノアはそっと立ち上がり、窓の傍に歩み寄る。

塔から見下ろす王都の灯りは、まるで遠い星のようだった。

あの地のどこかに、まだ彼を嘲笑った“かつての仲間たち”がいると思うと、胸の奥にざらついた感情が滲む。


けれど_今、彼の後ろから忍び寄る小さな気配が、それを塗り替える。


「……ねえ、ノア。少し、外の風にあたってこない?」


ユリエだった。

氷のように冷たい印象を持つ彼女の声が、今夜に限ってほんの少しだけ熱を帯びていた。


「……外、寒いぞ」


「ええ。でも、隣があったかいなら平気」


そう言って、ユリエは当然のようにノアの袖を引いた。



塔の屋上に出た瞬間、風が頬を撫でる。

冷たい風に、ユリエの銀髪が月明かりに舞った。


「ここ……静かだな」


「お前にしては、ずいぶん誘ってくるな」


「……まあ。今日は、ちょっとだけ」


ユリエは、ノアの横顔をじっと見つめていた。

その瞳は、何かを測るように、けれどどこか怯えるようでもあった。


「……ノア、私、あの子のこと嫌いじゃないぞ?」


「あの子って、ミリィのことか?」


「そう。でも……ノアが助けるって言った時、正直、胸が痛くなった」


言葉にした瞬間、ユリエはぎゅっと拳を握った。

氷の姫の感情が、夜の空気を微かに震わせる。


「私、ずっとノアの役に立ちたくて……でも最近、彼女の方が笑顔多くてさ。なんか、ズルい」


「……ズルい?」


「だって私、笑うの下手だから」


ノアは一瞬、何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。


そうして、代わりに手を伸ばす。


「……笑うのが下手でもいい。俺は、ユリエの全部を知ってる。だからこそ隣にいてほしいんだよ」


その言葉は、夜空に真っ直ぐに響いた。


「……ずるいのは、ノアの方だろう」


ユリエの頬が赤く染まる。

そして、ためらうように一歩踏み出し__小さく、彼の唇に口づけを落とした。


それは触れるだけの、ほんの少しのものだった。

けれど、彼女にとっては、全てを込めた一歩だった。



その光景を、ミリィは薄く目を開けながら見ていた。

眠っている“フリ”をしていた彼女の胸に、ざらりとした感情が渦巻く。


(……ユリエちゃん、先に……)


けれどそれを責める気にはなれなかった。

彼女自身も、同じように思っていたから。


(ノアくんのこと……もっと知りたい。もっと近くにいたい)


ミリィは、布団の中で小さく拳を握った。

その手のひらに、微かに青白い胞子の光が灯る。


──ノアの影響。

けれど彼女たちは、もうただの“操作された存在”ではなかった。


彼女たちは、自らの感情で、彼を選びつつあった。


たとえ始まりが“異常”だったとしても、心は……いつしか本物になっていく。




翌朝。

ノアが目覚めると、ベッドの両脇にミリィとユリエがぴったりと寄り添って眠っていた。


「……どういう状況だ、これ」


「……あったかかったんだもん」

「……私の方が先に来たし……」


2人は微妙に眠ったふりをしながら、ノアにすり寄っていた。


(……ここまで懐かれるとはな)


ノアは、小さく息をついて彼女たちの髪に手を伸ばす。


「……俺を選んだこと、後悔させないからな」


その誓いは、誰にも聞こえない、けれど確かな決意だった。




「……2人とも、ずるいじゃないか」


不意に開いた扉。そこに立っていたのは、真紅の髪を揺らした少女_レイナだった。


「ちょ、待っ……レイナ!? 起きてたのか?」


ノアが慌てて布団を直そうとしたそのとき、レイナはすでにベッドに乗り込んできていた。


「ノアが好きって、私だって言った。なのに、ユリエとミリィに先にされてる……って思ったら、我慢できなかったんだ!」


彼女の声には、悔しさと切なさ、そしてわずかな怒りが混じっていた。


「私のほうが先にキスしたかった……! ねぇ、ノア、私も、していい?」


涙すら浮かべそうな、まっすぐな目。


ノアは、躊躇しながらもそっと頷いた。

そして、ほんの一瞬──彼女の唇に触れる。


「……んっ……っ、ありがとう……ノア……」


言葉の最後が震えていたのは、緊張か、喜びか、それとも。


その横で、ユリエがぽつりとこぼす。


「……やっぱり、レイナはズルい」


「何だよユリエ! 私、我慢してたんだから!」


「私だって……っ!」


そのやり取りに、ミリィが両手をばたばたと振る。


「け、喧嘩はやめよー!? わたし、仲良しがいいなって思うんだけど……」


そんなミリィに、レイナとユリエは無言で顔を見合わせてから、ふっと息をついた。


「……そうね。私たち、ノアを好きってことだけは共通してる」


「……じゃあ、三人で共有ってことで」


「き、きょうゆ……!? ノアくんを!?」


(お、おい……)


ノアが何か言う前に、レイナはミリィの手をそっと取った。


「……ミリィ。アンタ、すごく可愛いじゃない。是非とも仲良くなりたいね」


ミリィの頬がぱあっと赤くなる。


「えっ、えっ、う、嬉しい……レイナちゃんも……綺麗で、素敵で、憧れてて……」


「じゃあ、仲直りの……キス、する?」


「ぇええっ!? え……えぇ、うぅ……」


(百合の流れ……なのかこれは!?)


ユリエが少しだけムッとしながらノアの腕に抱きついた。


「……なら私はノアとキスする」


「待って!? ソイツは話が別だろ!? 私も……っ!」


「んんー……ノアくんの唇、足りるかなぁ……」


「誰かの分は、間接キスってことで……」


あふれかえる想い、重なる熱。

それは決して自然ではない形から始まった。

けれど、今ここにある想いだけは、確かに“本物”だった。

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