第3章:監獄塔の紅蓮姫
その少女は、炎に愛され、そして炎に裏切られた。
かつて「焔の巫女」「紅蓮の剣姫」と讃えられた戦士、レイナ・アークフレイム。
__王都に属する騎士団の副団長でありながら、“魔王の愛妾”と謗られ、冤罪のまま地下監獄に閉じ込められた存在。
ノアは今、その監獄塔を目指していた。
「ここが……“終焉の灯”か」
監獄塔【終焉の灯】は、王都から隔絶された断崖に建てられた禁忌の遺構。
かつて火の精霊王が封じられたという噂があり、今は国家にとって「不都合な者」を葬るための場所だ。
ミリィとユリエ、二人の少女を連れて、ノアは監獄の正面に立った。
「燃えるような剣士……って、どんな人なんだろう。ノアさん、また“口説き落とす”気ですか?」
「嫉妬、してる?」
「……してませんっ!でも……ノアさんのこと、大好きなので」
隣でユリエがくすりと笑った。
「なら、私はもっとあからさまに嫉妬するわ。“紅蓮姫”などという派手な称号、私の“氷の王女”に比べれば、少々うるさすぎるわね」
ミリィがむっとした顔をする。
「それはそれでかっこいいと思いますっ!」
「ふふ。けれど心はノアのもの。ならば、どんな火だろうと、私は凍らせてみせる」
ノアは、少女たちのやり取りに小さく笑いながら、監獄への足を進める。
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監獄塔の内部は、常に熱気と蒸気が充満していた。
かつての火の神殿の跡地に築かれたせいで、建物そのものが“生きている”ようだった。
地下深く。
そこに、彼女はいた。
鉄格子の奥、燃えるような赤髪が、揺れていた。
「……新手の拷問係か? それとも、物好きな死刑執行人か」
うっすら笑いながら、紅蓮の少女__レイナ・アークフレイムは、ノアを見つめた。
細身ながらしなやかで引き締まった身体。戦士であることが一目でわかる。
肌は小麦色、目は金色に燃えていた。
「違う。俺は……お前をここから救いに来た」
「……は?」
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数分後_
レイナは監獄から解放され、外の空気を吸いながら呆然と立ち尽くしていた。
ノアのスキル【菌糸操作】によって、塔に繁殖した微生物たちを制御し、腐食させ、鍵も扉も全てを侵食。
外部の魔力障壁さえ分解され、塔の結界は崩壊した。
「まさか……あの牢が“開く”なんて……こんなこと……」
「信じられないなら、信じなくてもいい。ただ__お前は、ここで死ぬべき人間じゃない」
「…………」
レイナはしばらく黙っていた。
その瞳に、感情が少しずつ戻っていく。
「……あの時、誰も私を信じなかった。“魔王に抱かれた裏切り者”と罵られ、味方も、仲間も、家族も全部……」
「なら、もう一度信じろ。俺が、お前の味方になる」
レイナは、ゆっくりと歩み寄る。
「……そんな顔、するんだな。面白い男だ。……いいだろう。あんたの剣になってやるよ、ノア」
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夜。
焚き火の傍に集まる三人の少女。
レイナは、ユリエと向かい合い、妙な空気を作っていた。
「アンタが氷の王女? 冷たそうな顔しやがって、案外胸は……」
「……それ以上言うと、貴女の唇を凍らせるわよ」
「へぇ、上等。私も昔は女の子によく絡まれてたもんでね。……あんたみたいなタイプ、嫌いじゃない」
「ふふ、ならそのまま凍って死になさい」
「おいおい、マジかよ!?」
ミリィが間に入り、慌てて宥めた。
「け、喧嘩はだめですよ〜! ノアさんに嫌われちゃいます!」
「……はっ、ノアに……嫌われるのは、やだな」
ぽつりと呟いたレイナに、ユリエが目を丸くした。
「……ふ、ふん。なら良いわ。私は“ノアの心”を譲らない。それだけ」
その様子を、ノアはどこか嬉しそうに見守っていた。
《現在の仲間:3名》
《精神リンク安定:紅蓮の剣姫、好感度急上昇中》
…3人目。
彼女たちは、ただ従っているだけではない。
確かに心を通わせ、想いを持って、隣にいる。
多少は能力の干渉だとしても、きっとそう。
…そう思わないと罪悪感でどうにかなりそうだ。
それは“あの勇者”には決して手に入らなかったもの。
**
次なる舞台は_ついに、王都。
ノアたちは、裏切りと支配の象徴“王都メルゼン”を破壊するため、ゆっくりと歩を進めていた。