第2章:氷の牢獄で眠る花嫁
「ここが……“灰の雪山”か」
大地を覆い尽くす白灰の雪。空は重く曇り、ひとつとして色がなかった。息を吐けば白く曇り、肌を刺す寒さが骨まで沁みてくる。
俺とミリィは、情報を頼りにこの地に辿り着いた。
__“氷の棺に閉じ込められた少女がいる。彼女は死なずに何百年もそこにいる”
という、辺境に伝わる古い伝説。
だが俺は確信していた。伝説ではない、現実だ。
そして、その「彼女」こそが、
_過去の王宮が「失敗作」として見捨てた少女だということも。
**
氷穴の最奥に、それはあった。
無数の氷柱が並び、空気が張り詰める空間。中央に浮かぶ透明な氷の棺。
その中に、彼女は眠っていた。
白銀の長髪が氷の中でゆらりと揺れている。
凍った睫毛、肌は青白く、まるで人形のようだった。
「……美しい」
ミリィが呟いた。
確かに。息をのむほどだった。氷の冷たさの中に、信じられないほどの気高さがある。
気高く、脆く、しかし強い。そんな印象だった。
《生命反応……あり。脳活動レベル、低下。スキルによる仮死状態を維持中》
よし、生きているな。
いや仮死状態なんだから生きているのは知っていたが、仮死スキルをかけて封印なんて酷いことを…
「菌糸で“接続”できるか試す。ミリィ、離れてろ」
「うん、気をつけて……!」
俺は胞子を展開し、氷に向けてゆっくりと手を伸ばす。
なんとか彼女の元まで胞子を送り、精神の奥深くへ“声”を届ける。
彼女の心に、静かに、優しく。
__誰も、君を見捨てたりしない。
__君の力を、必要とする者がいる。
__君は、独りじゃない。
そして、微かに__
氷が、泣いたように音を立てた。
次の瞬間、パキィンッ、と鋭い音が響く。
棺に無数の亀裂が走り、一気に砕け散った。
氷の中から、銀髪の少女が倒れ込むように地に落ちる。
「ッ__だ、大丈夫か……っ!」
咄嗟に抱き止めたその身体は、驚くほど軽かった。白い肌は冷たく、でも確かに生きていた。
微かに震える唇が、か細く言葉を紡ぐ。
「……私の……名前は……ユリエ・セラフィム……かつて、氷の王女と呼ばれた……存在」
その瞳が、そっと俺を見つめた。
深い銀色の瞳。その奥には、数百年の孤独が刻まれていた。
「お前は……誰だ?どうして……私を、ここから……」
「ノア・シュタイン。俺は……君を必要としてる。だから、ここまで来た」
沈黙が落ちる。
残っていた氷がひとつ、音を立てて砕けた。
そして__
「……ならば、私はあなたの“従属者”となろう。命を繋いでくれたあなたに、この命を預ける。私の氷も、力も、心も…すべてをあなたに」
ユリエの目には、涙が光っていた。
**
◇
ユリエは、【氷結召喚】の固有スキルを持っていた。
氷を媒体に、死した魂を仮初の存在として呼び出し使役する、“死者の軍勢”を操る能力。
かつて王宮に「死者を呼び出すなんていつかは国の脅威になる」と言われ、封印されたまま放置された。
「……あの時、私を“兵器”としか見ていなかった国に拒絶されたのは……誇るべきことだったのだな」
焚き火の前、ユリエは静かに語った。
「でも、今の私は__あなたのために剣を振るいたいと思える。ノア」
その横で、ミリィはにっこり笑った。
「ふふっ、ユリエさんって……すっごく綺麗。でもね、私だって負けませんから!」
「おや、ならば私も“奪い合う”側に回るとしようか。ノアの心を、誰にも譲る気はないよ」
口を挟まず2人の会話を見守っていたが、まるで嘘のような会話だった。
あの地獄の底にいた自分が、こんな日を迎えるなんて_
だけど、これはまだ始まりだ。
**
《現在の仲間:2名》
《精神リンク安定。好感度、限界突破中》
2人は自然と俺に惹かれていると思っているかもしれないが、体内に多少でも胞子を取り込んだ時点で、俺に都合よく動くだけの影響力があるのだ。
罪悪感が無いわけではない。
けどなっちまったもんは仕方ないのだ、そういうモノだもの。
それに都合よく動くといっても“影響力がある”だけだ。
つまり2人には純粋に好意を向けてもらえていたのだ。
その事実が少し嬉しい。
守りたい人がいるというのはやはりいいことだな。
それが何よりの_復讐をする上で、人間性を失わないための力になる。