八話「討伐、開始?」
討伐作戦、ついに開始?
《新星の精鋭》所属の星三冒険者カーラ・マルクスは、今回の討伐作戦にそこはかとない不安を感じていた。
作戦実行当日の朝、討伐隊のメンバーが続々と集まってきているが、その顔ぶれは実に様々なものであった。ランクは星二から星六、ソロもいれば最大で六人組のパーティもいる。もちろんジョブも統一性はなく、今回は合同作戦のため所属ギルドまでバラバラである。
足並みを揃えての連携が重要である盗賊団の討伐において、この集団を指揮するのは至難の業だということはカーラでも分かる。
そのためのリーダー、この集団で最もランクの高い星六冒険者なのだが……
「キースさん……大丈夫?落ち着いて……」
大きな体に大きな鞄を背負ったキースは青い顔をしてコクコクと頷いた。若干震えている。
そう、肝心のリーダーがこの調子なのである。これでは有象無象の荒くれ者集団を誰がどうまとめるというのか。これでは盗賊団の方がまだまとまりがある。
カーラは同じギルドの者としてそこそこ長い付き合いになるが、キースと目があったことはないし話したこともあまりない。キースの指揮能力に関しては戦況を見極める才能はあるし、魔道具を通して全体把握もできるので問題ないのだが、それ以前のコミュニケーションに難があるのだ。
「だっ……大丈夫……で、す。……あ、あとで……これ、配るの、手伝って……ください」
そう言って淡いピンク色の石が付いた魔導具が入った箱をカーラに押し付けると、キースは大きな箱のようなものを集団の前に置き、自分はそれに隠れるように背を向けた。
『あ……み、皆さん……』
キースがボソボソと何か言うと、箱からキースの声が流れた。これは最近開発されたらしい拡声器というものかしら、と考えつつ、カーラはいつでもキースの手助けができるよう身構えた。
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最近、自分の中でプリンブームが来ている。
目の前にはお取り寄せした有名店「コカトリスの卵」のカスタードプリンが三個。一つは既に抜け殻だ。一つはシーファに、一つはメルちゃんにと思ってたんだけど……メルちゃんいないし……
食べちゃおうかな。流石に食べ過ぎかな。でも、二個くらい良いよね。シーファ呼んで二人で食べよう。先に食べた一個は証拠隠滅しておこう。
「マスター、シーファです」
「お、いいところに」
荷物をどっさりと抱えたシーファが自分の机に腰を下ろす。心なしか表情が固い……ような気がする。
「やはり、少し心配ですね。いくら……キースさんがいるとはいえ……」
「まあまあ、落ち着きなよ。実はプリンがあるんだ。甘いもの食べて一旦休憩しよ」
「ええ……」
こんな時でもシーファのお茶の腕前は変わらない。
彼女をソファの向かい側に座らせ、二人でティータイムへと酒落込んだ。
「美味しいです。ありがとうございます」
「美味しいねぇ」
オレンジ色がかった卵の濃い風味とサラっとしたカラメルの苦味と控えめな甘さが良い。
シーファはちゃんと味わえてるのかしら。こう見えて心配性なところがあるからね。こういうバタバタした変更の多い計画の時とかは意外とソワソワしがちなんだよ。
「ねえ本当に美味しい?」
「え?えぇ……え、美味しくないですか?」
「いや美味しいんだけどさ」
私は二個目でも全然美味しいんだけどね。
のんびりまったりプリンを食べていたところ、私の机に転がっていた通信機が光った。心当たりがあり過ぎて誰からの連絡かは分からないが、まぁとりあえず出てみれば分かる。
「席を外した方が良いですか?」
「いや、いいよ。むしろそのままいて」
私用の通信機以外ならシーファに聞かれて困る連絡なんて来ないし、一緒にいて助言を貰った方が良い連絡の方が多いから。ということで、ペッとボタンを押した。
「もしもーし?」
『ぁ………あ、クリアか?これで聞こえてるのか?』
「お、聞こえてるよ。やっほーシュウくん、どしたん?」
連絡はシュウくんからのようだ。はて、彼にこの通信機の子機なんて渡したっけ?
『やっぱり、クリアも忙しいだろうから迷惑かと思ったんだけど……でも俺作戦の足を引っ張らないか心配で、あの、今時間あるか?』
「あー……うん、いつもは全然忙しいんだけど、今日はとてもたまたま時間が空いてるからなんとか大丈夫だよ」
そうだそうだ、思い出した。シュウくんが行くの渋るから、怖くなったら連絡しなって通信機貸したんだった。まさかこんな早々にかけてくるとは思わなかったけども。
先日キースに会いに行った後、他の追加メンバーを探している際にロビーでたまたまシュウくんに会った。彼も星ーとはいえ、まだ経験が浅いだけで実力としては星二、星三くらいは既にあると思う……うん、多分あると判断し、半ば強制的に参加させたのである。だってそうでもしないと人が足りないんだもん。
「今はどんな状況なの?」
『そろそろ目的地に着くところだ。キースさんが俺達を三部隊に分けて、通信機で指示してる』
「通信機ね……あぁ、そうだ渡されたんだ昨日……」
机に積まれた雑誌を退け、転がっている諸々の魔導具の中からピンク色の石がはめ込まれた通信機を見つけ出す。それを拡声器の上に乗せてボタンをペッと。
『ザ………ザー……は……僕と、一緒に……二番隊は、逆から、突入を……三番隊は、包囲して、ください。……あの、細かい指示は、各隊長に……お、お願いします』
「……まあ、思ったよりはちゃんと指示できてて偉いね……あ、シュウくんは何するの?」
『俺は、三番隊だから包囲して待機だって』
「一番隊は我々のギルドを中心に討伐に慣れた者達をキースさんが率いています。二番隊はその他の冒険者……今回は協会所属と《孤高》所属が多いですね……から、同じく討伐に長けた者達を《孤高》のルグ・アニスタさんが率いています。三番隊は索敵や追跡に優れた冒険者達を中心に、指揮は《新タナル者》のユリエラ・リッヒさんがとっています。キースさんは盗賊の拠点を挟み打ちで一気に叩くおつもりでしょう。今回は相手もこちらも人数が多く大規模なので、こういったシンプルな作戦が適切ですね」
説明と分析をありがとうシーファ。お陰でなぁんとなく状況と作戦が分かったよ。
シーファの手元にある大量の資料は今回の討伐作戦に関連する、例えば現時点で判明している盗賊団についての情報だったり、参加する冒険者達の情報だったり、キースが立てた作戦の詳細だったりである。実はこれ全部協会から私の方に送られてきたものなのだが、シーファにまとめといてね!と丸投げした。
『俺は南方面の街道付近で待機になってる。戦い方的に、遮蔽物が少ないほうがやりやすいからな』
確かに、森の中であの燃える剣を振り回したりなんかしたら大惨事の大迷惑だもんね。
『あと、すぐ近くに〈幸運を呼ぶ星〉もいる。何かあったら、すぐ駆けつけるって』
シーファがほっとしたように小さく息を吐く。シュウくんを今回参加させるのに反対してたからね。だいぶ気がかりだったようだ。
「まあ、そんなに気負うことはないよ。人数が多いとはいえ冒険者達もこうした討伐には慣れたもんだから取り逃がすこともあまりないし、逃げた盗賊が自分の方に来ることなんて滅多にないからね」
ちなみに私はこうした討伐作戦に参加したことはほとんどない。ただでさえ盗賊どもには攫われるときに顔を合わせるのに、自分から会いになんて行きたくない。
この通信機はキースからの通信しか受け取れないが、冒険者達に配られたものは番号によって各々の隊長達からの通信も受け取れるらしい。そのためこちらではあまり詳しい状況は分からないのだが、どうやら準備が整いこれから突入になるようだ。
『これから拠点に、突入します。……あの、安心し
て、ください。今回は……急な、作戦でしたけど……その分、戦力は、十分にしてある、ので……えと……と、突入してください!』
……締まらんなあ。本当に大丈夫か?
次回こそ討伐作戦開始です。
その前に次話は閑話として、プロローグから第一話あたりの裏話を投稿いたします。何故クリアが捕まっていたのか、ギルドメンバーはどう動いていたのかがちょっとだけ判明します。
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