六話「問題と問題」
レイリィとのお茶会の翌日。討伐作戦も明後日と迫る中、執務室で椅子にのけぞってうたた寝していると我らが万能秘書、【快刀乱麻】と名高いシーファが部屋にやってきた。まあ私が勝手に心の中で呼んでるだけなんだけど。
「マスター……」
「……やあシーファ。ご機嫌はいかが?私はちょうどこのギルドの将来について考えていたところで心は希望に満ちあふれているよ!こうやって天を仰ぐと考えがまとまってくるのだ!!」
「苦しい誤魔化しはしないでもよろしいです。それよりマスター、悪い話と悪い話、どちらからお聞きになりたいですか?」
流石シーファ受け流しが冷たい。それと二択が二択になってないよ。
「えーっと、じゃあ、悪い話から?」
「はい。冒険者協会からのご連絡です。盗賊団討伐の件ですが、偵察の結果予想以上に大規模かつ強力な盗賊団であることが判明した為、討代隊の人数を増やしたいとのことです。協会側でも追加依頼を出すようですが、ギルドからも数人追加してほしいそうです」
「うわ……まじかー」
「まじです」
折角働いて人員の選抜をしたというのに。そもそも、うちもそこまで大きなギルドじゃないからそんなに人いないよ。みんな忙しそうだしさぁ。
もっかいシーファに人員の絞り込みしてもらわないと。
「で、悪い話は?」
「セブンさんから今朝連絡がありました。マスターには繋がらなかったそうで」
「たぶん寝てたなあ」
「帰ってくる途中に寄った町でトラブルがあり、帝都に帰ってくるのが遅れるそうです。具体的には二週間ほどになる予定だとおっしゃっていました」
「……まじか」
「まじです」
最悪じゃん……
セブン……つまり弟達〈黄金の隕石〉の到着が遅れるということは、ギリギリ帰ってくるだろうと討伐隊に選んだメルが討伐に参加できないということ。つまり、最高戦力がいなくなり、討伐隊の戦力がガタ落ちするということである。
これはたぶん、想像以上にやばい。
何せ、冒険者協会がやばいと言っているのだ。念には念を、若干過剰戦力になるくらいの戦力を確保しておかなければ、安全は保証できない。
冒険者という職業はその仕事柄当然、一般の人よりも危険にさらされている機会は多い。
魔獣や盗賊団と戦うことはもちろん、冒険者の本分である遺跡探索には多大な危険が伴う。遺跡の中にいる魔物は強いし、凶悪なトラップもある。少しでも気を抜けば、それが命取りとなるのだ。冒険者達だってそれを重々承知した上で、冒険者をやっている。それは当然のことではあるが、それでも私は周りに怪我人や死人が出るのは気分が悪い。
私自身が危ない目に合うのは嫌だ。それと同じくらい、パーティメンバーや、ギルドメンバーが危ない目にあうのは嫌なのだ。
当たり前な感情に思えて、冒険者達はそのへんの感覚が鈍っている奴が多い。
「どどどうしようシーファ、メルちゃん絶対間に合わないじゃん。うちのギルドに行けそうな強い子まだいたっけ!?というか、追加って何人追加するの?」
「予定では、五名ほど……できれば星四以上を一人は選出するのが好ましいですが、皆さん帝都には居らず……一人、リウさんがいるにはいるのですが……」
「ですが?」
「有給です」
「有給……」
有給???
冒険者に有給制度なんてあったっけ???
「マスターがギルドの福利厚生はしっかりするようにとおっしゃったんですよ。他のギルドで有給があるところはほとんど聞いたことがありません。ちなみに先程駄目元で連絡してみましたが全く繋がりませんでした」
「過去の自分が憎い……」
というより全く覚えてない……
いや冒険者に有給なんて絶対いらないでしょ。なくそうよそんなの。
シーファは執務室に置かれている自分の作業机の隣に、来てからずっと足元に置いていた大きな箱を置いた。それから何かしらの資料と通信機を取り出すと、それを素早く見ながら誰かに連絡を取り始めた。
多分、他の事務員の人達と協会の方の担当者だろう。通信機に取り付けられている通石には様々な色があり、あれは確かシーファの内部連絡用と協会連絡用だったはずだ。
「星三、星二冒険者の中でも実力の高い者達を選出しましょう。それと……マスター、何か、お考えがあってのことだとは思うのですが……状況が状況ですので……」
シーファは作業の手を止め、私に視線を向けた。
覚悟と、迷いと……あとはちょっと悔しそう?
仕事が万能なクールビューティー、シーファ・フレリィヤがここまで悔しそうにするのは珍しい。
彼女は基本仕事はいつも完璧にこなし、このギルドの経営だって最悪彼女の腕一本だけでもつつがなくやっていける程だ。私は「ギルドマスター」でなければ出来ないこと以外はほぼしていない「お飾り」のようなものである。
そんな彼女が、まるで私に手助けを乞い、自らの無力を悔いるような表情をしている。ように見える。
何度か言いよどみ、やはり悔しそうに眉を寄せながら、シーファはついにこう、私に言った。
「マスター、ギルドハウスにいるキースさんの、討伐隊参加をお願いできませんか」