*閑話伍「呪いの絵画の製作者」
すみません閑話です!!!
時系列としては前話(ギルお迎え)の翌日くらいです。
「支部長。《シャルティエよろず連合》のミカエル・アチェ様がいらしております」
「あいつが?……通せ」
クリアに新人研修会の話を持ち掛けてから、三日後。
冒険者協会シャルティエ支部の支部長であるガルス・ヤオランは、激務に追われ休みのない日々を過ごしていた。
先日の討伐作戦の後処理と研修会の諸準備、それに日々問題行動を起こす冒険者達に関する報告とその尻拭いへの対応、圧をかけてくる本部とのやりとり……
もちろん、このように大きな行事が重なり忙しくなることはままあるのだが、今回はとりわけ仕事が多くガルスは疲れ切っていた。最近は疲れからか気分が落ち込むことも多い。
「わー。なんか元気ないですか?支部長」
「そうだな。何の用かは知らんが、手短に話してくれるとありがたいな」
「だいじょぶ、だいじょぶ。絵の回収に来ただけなんでー」
ひょっこりと扉から顔を覗かせた、特徴的な淡い緑色の髪をした少年は、ささっと壁にかかった絵に近づくとガタガタと取り外し始めた。
「新しい絵を持ってきた訳じゃないのか」
「そうですよー。新作は楽しみでしょうけど、ちょっと先になりますねー」
「全く楽しみにはしてないがな」
彼はこうしてひょっこり現れては勝手に絵を飾ったり取り替えたりして帰っていく。
最早いつものことであるため、然程気にするようなことではない。ただ、取り替えではなく回収だけというのは珍しい。絵を手元に置きたくなったのだろうか。
「どうして、回収に来たんだ?」
「ちょっとねー、ちょっと呪いというか、悪い効果がついちゃったみたいでぇ。たまについちゃうんですよねー」
「そうか…………呪いだと?」
ばっとミカエルの方を振り返る。
彼は大きな絵を脇に抱えて部屋を出ようとしていた。
ガルスと目が合い、しまったという顔をしている。
「おい、どういうことだ。ちゃんと説明しろ」
「わ、わざとじゃないですよ?ボク自身が制御できるものじゃないんですよぅ」
ミカエルをソファに座らせ、ガルスも向かい側に移動して座る。絵は壁際に裏返しにして置かせた。
彼もまずいことをした自覚はあるらしく、おどおどとガルスの様子を窺っている。
ガルスは身を乗り出してミカエルを問い詰める姿勢になった。
「なぜ呪いのかかった絵を俺に寄越した?呪いの効果はなんだ」
「渡した後に気づいたんです!そういえば変な感じあったなーって。効果はボクにもよくわかんないですけど、多分ちょっとネガティブになる程度ですよ、冒険者なら」
「そんな絵を安易に押し付けるな……はぁ、お前のことだから悪意はないんだろうが、普通呪いをかける行為は犯罪だからな」
「わかってますよぅ」
ガルスはぐっと身を倒して背もたれにもたれかかる。最近どうも気分が落ち込み気味だとは思っていたが、疲れのせいだけではなくこの絵のせいもあるかもしれない。
実を言うと、彼の呪い騒ぎは以前別の絵でも起きていた。
その絵を見た者は軽い鬱症状になり、何をするにもやる気が湧かず眠るだけになるとかならないとか、そんな噂が流れたのだ。実際に鑑定してみると微弱な呪いの効果が付与されており、それが精神的な攻撃を鑑賞者に与えていたというのがことの真相であった。
呪いとは、本来然るべき道具を用意し、然るべき順序に従い、術者の壮絶な怨念を込めることによって成立する。
絵を描いたら呪いがついちゃいました、なんて普通は考えられないことである。
呪い騒ぎの時も、今回はたまたま、珍しくそんなことが起こってしまったのだろうということでミカエル本人にもお咎めなしとなった訳だが、またしても似たようなことが起きるとは想定外だった。
「いくら絵柄がおどろおどろしいとはいえ、呪いがつくとはな……待て、たまにつくって言ったか?」
「呪いがついちゃったら処分してますよ!?だいたいは。それに、ホントにちょーっと気分が悪くなるかな程度の呪いですから!」
「大体?」
「……ボク、外区に住んでるじゃないですかー?ボクの絵を買い取ってくれるお店があるんですよね……」
「……お前、それ犯罪行為だからな?」
呪いの効果があるものの製造、売買、所持は帝国では禁止されている。
呪いとは相手に対して精神的な攻撃を仕掛けるためのものであり、強い呪いであれば相手を呪い殺すことも可能であるため、呪い自体が禁忌とされているのだ。
ミカエルも、そしてその取引相手も処罰の対象にはなる。が、確かに本人の言う通り呪いの効果が弱すぎるため、たとえ騎士団に引き渡したとしても厳重注意と数日間の拘束程度になるだろう。
「今回は……騎士団への報告はするが、冒険者として協会から処罰することはない。ただし、次からはどんなに弱かろうが呪いのついたもんは騎士団に提出しろ。それが嫌なら協会でもいい。とにかく、絶対に売るなよ」
「はーい……」
反省しているんだか、していないんだか、半端な返事をしてミカエルが立ち上がる。
「そうだ、一応神官とかに診てもらった方がいいかもですー。支部長は魔力抵抗も高いから大丈夫でしょうが、いちおう」
「そうだな、そうするよ……おい、その絵は置いていけ」
「てへ?」
ガルスは大きなため息を一つ吐くと、そろそろちゃんと休憩しようと決めたのだった。
+++
「ップシ」
「どうした、テト。風邪か?」
「うーん?誰かに悪口でも言われてるんですかねェ」
「悪口の自覚があるなら普段の行動を見直せよ……」
「ナハハ。なら、普段からお世話になっているお礼として、ヒューズに絵でも差し上げましょうか?」
「絵ぇ?俺が美術なんか興味あるように見えるか?」
「無いでしょうね。ですが、希少で人気の高い絵画ですよ?美術的な価値はさほどありませんがね」
「どうせお前のことだからやばい遺物とかだろ?」
「遺物ではありませんよ。見ていると陰鬱で沈んだ気分になれる絵です。贈り物に人気なんですよねェ」
「そんなん呪いの絵画じゃねぇか……」




