三十七話「騎士団本部」
「案の定だね」
「流石にそんなことないだろうと思ったのに……」
翌日。
私達はどこへ向かっているのかといえば、中央区にある騎士団本部である。
「最近はマシになってきたと思ってたのに……」
「ギルも今回は、何か理由があるのかもしれないよ」
「あるかねぇ……」
はい、ギルさんがやらかしましたよ、またしても。
今朝、騎士団本部から「ギルベルト・ゼンを預かっているから引き取りに来い」と連絡があったのだ。
最早いつものパターンである。どうせギルが誰か襲ったか喧嘩でもしたんだろう。本人は競争だとか決闘だとか言ってるけど。
それで行ったら私達がお叱りを受けるんだから。
あーあ、昨日中央区に来たばっかりなのに。
騎士団本部は石造りの少し古風な建物だ。この石は全て硬度が高く魔法抵抗も強い「魔鉱石」を加工したものらしい。
とはいえ、中は至って普通のお役所といった感じだ。もちろんいるのは剣を持っていたり鎧を着ていたりする騎士の方々がほとんどだが、物々しい雰囲気とかはない。普段は。
受付にいる、多分騎士ではないと思われるお姉さんに用事を告げ、奥の部屋へと案内される。
この辺はなんだか冒険者協会に似ているが、騎士は冒険者と一緒にされるとすごく怒るので黙っておく。
「あぁ、マギナさん。わざわざご足労いただきましてありがとうございます」
「いえ……もういつものことですから……」
通されたのは小さな応接室だ。取り調べ室ではなさそうでよかった。
何度かこうしてお世話になっている騎士のお兄さんに促され、お兄さんと机を挟んで向かい合うようにユーリスと共に並んで座った。
こほん、とお兄さんが一つ咳払いをする。
「先に申し上げておきますと、ゼンさんは現在地下の待機室にいます。今回は厳重注意だけですし、本人も落ち着いているようでしたので。今、部下が迎えに行ってます」
「あぁ、それは良かったです……」
じゃあこの建物にいるのか。あんまり暴れた時なんかは外区にある拘置所に放り込まれてたこともあるから、今回はそこまでじゃなかったってことかな。
厳重注意なら罰金もなさそう。
「それで、早速本題に入るんですけれども。今回ゼンさんが拘束されたのはですね、公共物に対する器物損壊のためです」
「……というと?」
「騎士団本部を出てすぐあたりに新しくできた石像、分かります?あのタカの。あれを壊しました」
「え!?」
なんか布掛けてあるなと思ったらギルが壊したからだったの!?
すごい重要そうなやつじゃん、もしかして賠償金とか払わないといけないやつじゃない?
ユーリスが眉を顰めつつお兄さんに質問した。
「それは、どういった経緯で壊れたんですか?ギルが誰かと揉めて、それに巻き込まれて壊れたとかはありませんか?」
「いえ、ゼンさんが突然ぶん殴って破壊したと目撃証言があります」
「なぜ!?」
何、気に入らないことでもあったの!?
タカ嫌いだったとか?いや、むしろカッコいいって興奮してた気がするな……
人に襲いかかることはごく稀にあっても、物を破壊することはないと思ってたんだけど…………
「え、賠償金とか、なりますかね。私が言うのもなんですけど、そんなことして厳重注意だけでいいんですか」
「本来なら余裕でアウトなんですけど。今回は賠償金も請求しません。というのも、ゼンさんが像をぶん殴ったことの正当性が認められまして」
石像を殴っていい正当な理由なんてあるんですか。
突然ぶん殴って破壊したのに?
「壊れた石像を調べたところ、側面に最近書き込まれたらしき魔法式があったんです。ゼンさんは一応、その魔法式が使用されて何かしらの事件が起こることを未然に防いだということで」
「魔法式?」
「ええ。ゼンさん本人も、「なんか嫌な感じがして壊していいと思った」と供述していました」
あの子の野生の勘はすごいからねぇ……
魔法式というと、微弱な魔力を込めて書かれた文字列や陣のことで、魔法の発動を補助するような役割ができるんだったっけ?
落書きでほいほい書けるほど、魔法式は簡単に書けるものじゃない。
「どんな魔法式だったのですか?」
「対魔法班に解析してもらったところ、転移魔法の補助式だったようです。式を書き込んだ場所の近くに転移してくる際に、魔法の発動や場所の指定をしやすくするものだとか。とはいえ、転移魔法は魔力消費がえげつない上に、あの魔法式だと精々一人か二人程度しか転移できないようなものだったらしいですけどね」
「転移魔法……」
ユーリスが何やら考え込んでいる。
転移魔法かぁ。アンナなら使えるんだけど、あの子方向音痴すぎて行きたい場所と全く違うところに飛ぶから使用禁止にしてるんだよね。
こんな感じの魔法式を使おうにも、理論が分からないから式書けないし。……あんなにすごい魔法バンバン使えるのに魔法式一つも書けないって、確かにアンナって変わってるわね。
「騎士団は、その魔法式についてどのような見解をお持ちで?ギルが発見しなくとも、いづれ誰かが気づいていたのでは?」
「それは、そうでしょうね。ただ事件の火種はなるべく早く察知し消し去ることが重要ですから、騎士団としても今回に関してはゼンさんに感謝しています。また、我々の見解については現状不明点が多すぎてなんとも、といった感じですね。式を書き込んだのが誰なのか、いつ書かれたのか、何の目的で……そのあたりも未だ調査中です」
まあ昨日判明したんだからそりゃ分かんないよね。転移魔法ってところも不思議だし。
とにかく、最初はギルが破壊行為をしたって聞いてびっくりしたけど、そこまでギルが悪い訳じゃなさそうかな。
「……理由があったにせよ、器物損壊には間違いありませんし、それを罪に問わず賠償金まで免除するというのはかなり寛大な処置ですね。こちらとしてはありがたいことですが」
「まあ、あの像をいたく気に入っていた第四騎士団長はお怒りでしたけど、他の人からのあの像の評判はいまいちだったんで。案外気にしてない人が多いので、大丈夫ですよ。特例ですけどね」
えっ……あの石像、不人気だったの?私かっこよくて好きだったのに。
あと騎士団長なんて偉い人が怒ってるのにそんな適当に流しちゃっていいの?
「クリアーー!!」
ばーんと壊れそうな勢いで扉を開けてギルが入ってきた。
君、さては反省してないな?
「クリア、俺人は襲ってないぞ!嫌なやつあったから壊したんだ!」
「ああ、うん」
にっこにこのドヤ顔でそんなことを宣っている。
「ギル、物を壊すことも犯罪だから。何かあったら、とにかくまず僕や姉さんに連絡すること。いいね?」
「おう!」
相変わらず返事だけはいいんだけどね。
本当に分かってるならこうして何度も騎士団本部に来ることにはなってないから。
そもそも毎回私達が呼び出されるのだって、ギルに言っても無駄だと認識されているからであって。
「マギナさん、毎度同じことを言って申し訳ないんですけど、どうかゼンさんの監視と監督をお願いします。もちろん今回のような不審物や、不審者が相手のこともあるのでその点は帝都騎士団としましても感謝しているんですけど、犯罪行為には変わりありませんので」
「はい、もちろんです……毎度毎度ご迷惑おかけします…………」
本当に、いつかまじで犯罪者として捕まるんじゃないかしらね。
捕まると冒険者資格剥奪されるから、罪を償ってからまた星無し冒険者から始めないといけなくなる。そもそも冒険者登録できない場合もあるらしい。
もしそうなったら、責任をとって私も冒険者を引退するしかないね。
「あの、」
と、横からユーリスが騎士のお兄さんに声をかけた。
「魔法式の件、調査結果を僕達に共有してもらうことはできませんか。一応ギルも関係者ということになりますよね?」
「そうですね……僕個人では判断致しかねますから、上に確認したのち後日連絡します」
「何か気になることでもあったの?」
「ちょっとね」
とまあ、こんな感じでギルは無事釈放となり、私達はギルが何もしないよう両側から押さえ込みつつギルドハウスへと帰った。
騎士団本部を出たところで、布がかけられた旧石像の前で座り込んで肩を震わせている騎士がいたけど、あれが噂の騎士団長ではないことを祈りつつそっとその場を後にしたのだった。
〈騎士団本部のおニューの石像〉
帝都騎士団本部のシンボルとなる石像を作成することになり、本部すぐ横の広場に新しく設置された石像。
騎士に対しデザイン案の募集がされ、第四騎士団長の案であるタカが翼を広げたデザインが採用された。しかしそもそも帝都騎士団のモチーフがフクロウであり、石像の位置が広場のど真ん中で邪魔だという理由から、第四騎士団長以外の騎士達からの評判はあまり良くない。
ギルに破壊された後、わずかに残った石から元の十分の一サイズでフクロウの石像が作られたらしい。




