三十六話「書類に署名」
「あぁ……お嬢達はもう行っちまったか」
「ええ」
クリア達が去ったすぐ後、テトの店にはヒューズが訪れていた。
彼は慣れた様子で店の奥まで入ると、カウンターに肘をついて寄りかかる。
「おいテト、お前の子飼いがお嬢の連れの遺物に手を出そうとしてたぞ」
「おや、それはお嬢に申し訳ないことをしましたねェ。ですが、私には子飼いはおろか従業員もいませんよ?」
ヒューズはハッと鼻で笑うと、カウンターに出したままになっている遺物を片手でいじり始めた。
「よく言うぜ。……まぁ、組長の耳に入る前に落とし前つけとけよ。俺からは特に何も言わん」
「それはどうも。恐らく『遺物を持ってくれば買い取る』と申し上げたうちの誰かでしょうね。本日中に処理しておきます」
「お前が冒険者登録をすれば済む話だけどな」
「私は非力ですから、自分で遺物を調達するなんて不可能ですよ」
よくもまあ、ここまでスラスラと嘘がつけるものだとヒューズは感心した。
今日捕まえたのはテトが唆した外区の浮浪者か貧乏人だろう。テトはそうやって遺物を集めさせては安く買い叩いている。ただし、非合法な手段に踏み切れば即自警団に捕まるため、テトの店のものが全て盗品という訳ではない。
また、テトは組織内でも上位に食い込むほどには戦闘能力がある。小柄で細い体格から舐められがちだが、恐らく星四以上の実力はあると思われる。
「……ってか、何だこれ。武器か?」
「防御系の遺物ですよ。あまりに売れないんで、良かったらヒューズに差し上げますけど」
「防御系ぃ?お前がタダで渡そうとするなんて絶対やばいやつだろ。……うわなんだこれ気持ち悪い!!」
警戒しつつも好奇心に負けたヒューズが指輪を嵌めた途端、彼の皮膚はぐっと分厚く、そして灰色に変化した。
少しざらざらとした見た目をしている。
「ナハハ。皮膚が硬くなる遺物ですよ」
「ひい、なんかかゆいぞ!これ大丈夫なやつか!?」
「規制対象ではないですよ。指輪を外せば元に戻ります。……あぁ、そういえば」
テトはふと、とある遺物のことを思い出した。
短剣型で、規制対象の遺物。遺物自体は金色ではないものの、性能的にある意味「金色」と関係していると言ってもいい。
現在どこにあるのかは不明、現存するのかすら不明な遺物だが、帝国内では表でも裏でも見かけたことはなかったように思う。
「『金眼になれる遺物』……効果も副作用も強すぎるが故に、規制された遺物でしたっけ」
「なあ、外してもまだかゆいんだが。こんなもん誰も買う訳ねぇだろ」
「ヒューズ、今日ガロウくんはいますかね?」
「あ?組長か?事務所の方にいたぞ」
テトはささっとカウンターにあった遺物を仕舞い込むと、するりとカウンターの外へ出てきた。
「なんだ、事務所行くのか?」
「ええ。あの遺物のことを指してるのであれば、かなりの騒ぎになりそうですからねェ」
わざわざテトに話を聞きに来たということは、おそらく外区周辺にも影響が出るような出来事が起きかねないということなのだろう。
規制遺物だと判明しているのであれば、テトに聞くよりも《遺物ハンター組合》で遺物を検索した方がよほど早い。遺物に詳しい人物であればキースだっている。
訊ねる目的の他に、クリアなりの遠回しな忠告の意図もあったであろうことは、これまでの経験からしても明らかである。
「ひとまず、ガロウくんに相談しつつ……お嬢に言われた通り、遺物の情報を集めましょうか」
+++
「うーん」
お散歩から帰ってきて、私は今執務室の机の上に置かれた小さな粒を前に唸っていた。
傍にはレイリィから受け取った手紙と開封された小包が。
「……小石……いや、種とか?木の実という可能性も…………」
そう、おそらく私がお土産をねだったから送ってくれたのであろうこの物体が、何なのか全くわからないのである。
なにこれ?
お手紙の方に何か書いてあるかな、と思い手紙を読んでみたのだが、お手紙は社交辞令から始まり旅の様子、現在の進捗と続き、こちらの様子を尋ねる内容に移り、またご連絡いたしますと締められていた。
お土産については「貴女のお望み通りのものだと良いのですが」としか書いてない。
お望みも何も、これが何か分からなければ判断のしようがないんですけど。
「それなぁに、クリアちゃん」
「レイリィから届いたものなんだけど……なんだと思う?」
「えぇ、「眠る爆林」のでしょぉ?どうせ爆発でもするんじゃなぁい?」
ですよね。
爆発物だなんて、なんて危険なものを送りつけてくるんだ。
私が欲しいのは現地のお菓子とか面白いおもちゃとかなんだけど、毎回こういうのお土産でくれるんだよなぁ。こっちが要求した手前いらないとは言えないんだけど、次からはどんなのが欲しいってはっきり言っておこうかな。
「ねぇ、リオはこれ何か分かる?」
「んー?……ヒミツ」
なんで?
「そういえばマスター、ギルベルトさんはどこに?」
「あぁ、どっか行っちゃって」
「えっ……何か問題でも起こしていないと良いのですが……」
「どうせ訓練場とかにいるでしょ」
爆発物らしき小粒を包み直しつつ、シーファにそう返事をする。
これどうしようかな。どのタイミングでどう爆発するか分からないし、しまっておこうかな。
いや、護身用に持っててもいいかもしれない。
書類の整理をしていたシーファはその中の数枚を手に取ると、気を切り替えるように頭を振り、私の方へと近づいてきた。
「マスター、こちらご確認お願いします。私も一緒に、確認しますから」
「あー、ありがと。メルちゃん、ちょっと向こう行って」
「えぇー」
メルを引き剥がし、書類を受け取る。
パラパラとめくってみた。
…………うん、分からん。
「まず、こちらは今月の出入費に関する報告書ですね。達成した案件と担当者、報酬と諸経費について、こちらは維持費と仲介料、人件費、備品や情報の購入費などについてです。一通り確認しましたが大丈夫そうでしたので、マスターも一応お目通しの上確認をお願いします」
「あー……なるほどね」
まぁ数字なんて見ても何も分からないんだけど、ギルドマスターとしてお金の流れをある程度認識しておくことは大事だよね。
はいはい…………こんな感じね、うん。
「こう見ると、みんなよく働いてるのね。達成件数とか」
「そうですね。ランクの低い若手冒険者ほど精力的に活動し、依頼達成件数も多い傾向にありますが、その分報酬は低めです。ただ《新星》は若手でもランクの高い実力者が多いので、星二から四程度の若手冒険者が収入の大部分を占めています」
「そうなのねぇ」
書類下部にちょちょっと署名すると、さっとシーファが書類を回収する。
「こちらは先日の討伐作戦に関する契約書です。最終的な報酬額、参加人数、個人に対する追加報酬や貢献度、あとは作戦の概要や伝達事項ですね。こちらも、私が確認済みですが……何か質問があれば私に、なければ署名をお願いします」
「はいはい」
特に気になるところは……ないね。
半分くらいは、分かってるようでいて分かってない部分もあると思うけど。
「あれ?私にも報酬出るの?」
「扱いとしては不参加ですが、流石に無視できないほどの貢献度だったので特別手当という形で報酬が支払われるようです。依頼達成数には換算されませんが」
「あらそうなの……」
さらさらっと署名すれば、シーファがパッと回収してくれる。
「これは……あぁ、これはギルベルトさんに関するギルドメンバーからの報告書と嘆願書です」
「嘆願書?」
「どうやら、先日ギルベルトさんが訓練場にてその場にいたギルドメンバーを巻き込んで強制的に訓練をさせたそうで……度を越した訓練によりその後数日間の冒険者活動に支障が出たとのことです。そのため、ギルドマスターおよびギルド幹部、または〈黄金の隕石〉に、ギルベルトさんの監視・管理を徹底するようにとの嘆願書ですね」
「あー……」
そういえばこの前、ギルドメンバーとたくさん競争した!とか言ってご機嫌だった時あったなぁ。
「……ちょっと待って、ギルに対する不満を私に伝えられてもって感じなんだけど」
「ですが、ギルベルトさんを制御できるのは確かにマスターや幹部、〈隕石〉の方々だけですからね」
「問題児なのに強いって余計迷惑だね……」
まぁでも、確かにギルの保護者代理として(?)彼の監督責任は私達にある。
そこは私達がなんとかしよう。
……とりあえずユーリスに相談しとけばいいかな?
「分かった、まぁ、前向きに検討するってことで」
「はい。それから、こちらは…………」
▷▷▷
「……結局、シーファが確認済みの書類にちょっと署名するだけだったような……」
「これが普通だとは思わないで下さい。いつもこの署名さえ面倒がるので、必要最低限の書類をお渡ししただけですよ。やる気を出していただけたなら、これまで事務方で代行していた仕事もお任せしますが」
「それはあの、ちょっとずつでお願いします」
このギルドが経営破綻しちゃうので。
「それにしても、どうして急に意欲的になられて何かあったんですか?」
「まぁ……やっぱりいつも、シーファやユーリスに頼りすぎだったなと思って。あと、ある程度独り立ちできるようにならないと弟の人生をダメにするな、と……」
「はあ、すでに手遅れ……いえなんでもないです」
やっぱり、今日の書類の内容もほぼ理解できてなかったし、ちゃんと仕事ができるようになるまでの道のりは長いな……
ギルドマスターの仕事覚えるよりも、私でもできるような仕事を探した方が早いのでは?
「シーファは、私が冒険者辞めるって言ったらどうする?」
「え!?今マスターが引退してしまえば、このギルドは衰退しますよ?マスターの穴を埋められるだけの能力は、今のメンバーや事務員にはありません!」
いやそれはないでしょ。私いつも何もしてないし。
シーファには「どうぞご勝手に」的な反応をされるかとも思ってたから、ちょっと驚いた。
「メルちゃんは?」
「え?……クリアちゃんはぁ、メルとずぅっと一緒でしょぉ?」
「……そうだね。うん、もちろん」
つまり、どういうことなんですかね。
「そもそも、セブンさんが反対するでしょうに。マスターが冒険者を辞めるなんて全く想像できませんし、周囲の反対もかなりあるのでは?」
「でも、ユーリスはそうなったら自分も辞めるって言ってたよ」
「え……!?セブンさんまで引退したら、ギルドは再起不能になりますが!?」
「……まぁ、あくまで仮定の話だから」
確かにユーリスが辞めるのはまずいなぁ……
引退は当分無理か。
「……本当に仮定の話ですよね?マスターは時折そんなお話をされますが、冗談なんですよね?せめて、引退するにしても引き継ぎを全て完了してからにしてくださいね??」
「うん、そうだね。もちろんだよ、うん……」




