三十四話「外区と赤竜」
商店と工房が立ち並ぶ北区の大通りを途中寄り道もしながら通り抜け、シュウとゆかいな仲間達は外区へと立ち入った。
きょろ、とさっきまで元気いっぱいだった〈春風〉のリーダーちゃんが不安そうにあたりを見回す。
「ここが外区なんだけど……実は私達、外区もあんまり来たことないの」
「西区と北区以外は、ほとんど行かないんだよな。あと、外区は近寄りがたいっていうか……」
シーフの男の子も腕を組みながらそんなことを口にする。
確かに、冒険者なら西区を中心に買い物や装備の点検でちょっと北区に行くくらいで、行動範囲は狭くても何の支障もない。
それに加えて外区にあまり来ないというのは、やはり治安の問題だろう。
外区は元々、帝都郊外にできたスラムだった。それが治安の改善や管理のために区として帝都の一部になったのだが、その経緯は少し複雑らしく今でも外区は他の区とは異なる部分が多い。治安も他の区と比べると悪い方だと言われている。
どうやら〈春風〉達は外区には詳しくないようだ。ここは私が案内を変わろうかね……
「……じゃあ、ここからの案内は私に任せてよ。外区は確かに怖いところもあるけど、便利なお店とかもいっぱいあるからさ」
「え?マスター、外区はよく行くのですか?てっきりこういったアンダーグラウンドには近寄らないタイプかと」
「あー、まぁその通りなんだけど……」
治安が悪いと、それだけ攫われる確率も上がるってことだからね。ただ、外区に関してはそのリスクを大幅に上回るほどの魅力があるのだ。
それに、外区は治安がとてつもなく悪い訳ではない。
「冒険者にとっては良いお店がいっぱいあるんだよ。それに知り合いが多くてね」
「知り合い……?」
「とりあえず、行きつけのお店を紹介するよ」
今日はあのお店開いてるかなぁ。不定休だからなぁ。ま、開いてなかったら「事務所」の方を紹介すればいっか。
私を先頭にして、細い路地を道に広がらないよう進んでいく。
外区の細く入り組んだ通りは見通しが悪く、人もまばらにしか見かけられない。時折目が合う通行人は、武器を持った冒険者のような男か、オドオドと周囲に目を配りながら小さく体を縮こませている浮浪者がほとんどだ。
建物や道路は不自然なほどきれいだが、それに反して人気がない。
「もう少し向こうの方に行けば、露店とかがたくさん出てて賑やかだよ。こっちはちょっと、静かめなんだけど……一風変わった穴場っぽいお店とか結構あるんだ」
「あの……さ、先程から、いずこからの視線を感じるのですが……」
ミーニャがきゅっと体を縮こませながら小声で話しかけてきた。
私は視線なんて分からないけど、たぶんアレだ。
「あぁ、それはね、大丈夫だと思うよ。でもあんまり離れて歩かないで…………」
「――――ぐえっ!?」
「えっ」
急にドサッと重たい音を立てて、後方からシュウくんが飛んできた。何事?
「シュウくん、大丈夫?どしたの?」
「だ、大丈夫……急にあの、投げ飛ばされて……」
痛そうにお尻をさすっているけど、頭は打っていないみたいだ。
飛んできた後方を見てみれば、そこには仁王立ちのメルと腰が引け気味の見知らぬおじさんが相対している。
「え誰?どしたの、メルちゃん」
「あのねぇ、クリアちゃん。コレがねぇ、その剣盗もうとしてたの。メルが引っ張らなかったらぁ、盗まれてたよぉ?」
「あー、スリかぁ」
スリなんて外区じゃなくてもよくあることだ。流石に大きな武器を盗もうとするのは珍しいけど。
というか、なんでスリだからってシュウくん投げたの?
「ちっ」
「あ、逃げた!」
「追跡ましょうか、マイマスター」
「……いや、たぶんすぐ来るよ」
反射的に杖を取り出し構えたミーニャを制止する。
スリ未遂犯のおじさんは軽い身のこなしで路地を折れて姿を消した。
と、その直後。
「…………っう、ぐ」
道の奥から呻き声と鈍い音が響く。
そして、一人の男性がさっきのおじさんを引きずりながら路地から姿を現した。
「……よお、お嬢。久しぶりじゃないか?」
「あれ、ヒューズさんじゃん。久しぶり」
赤い短髪に右頬の大きな傷が特徴的な彼は、私の外区の、多いとは言ったもののそんなに多くはない知り合いの一人であるヒューズさんであった。
おじさんは気絶している。ヒューズさんは武器らしきものは持ってないから、素手で絞めたのかな。すごいなぁ。
どこから取り出したのか、太く頑丈そうな縄でおじさんはみるみるうちに両手両足を素早く縛り上げられていた。
そして見慣れない人達を多く連れている私に目を向けると、彼はニッと笑って近づいてきた。
「見ない顔だな。後輩か?」
私もヘラリと笑って手を振る。
「そうそう。今外区を案内しようとしてた所なの。とりあえずテトさんのお店行こうかと思って。今日お店開いてる?」
「あぁ、今日はいると思うぜ。それよか、危ない目に合わせて悪かったな」
「未遂なんだし大丈夫だよ」
大きな傷と鋭い目つきで一見怖そうな彼だが、中身はとても面倒見が良く気の良いお兄さんである。
さっきだって、たぶん私達のことを見守りつつおじさんを捕まえてくれたのだろう。
「あ、紹介するね。ヒューズさん、《赤竜》所属の冒険者だよ。外区は騎士団が少ないから、外区では困ったことがあれば《赤竜》を頼ればいいよ」
「ヒューズだ。星六冒険者で《赤竜》の幹部で外区自警団の代表もしてる。よろしくな」
と、ポカンとした表情で私達を見ている後輩達に彼を紹介する。
メルはなんだか気に食わなさそうな顔をしている。……あぁ、褒めてほしいのね。後でね。
「《赤竜》……ヒューズって、あの【竜眼】じゃ……」
ミーニャがわなわなと震えている。
流石にミーニャは《赤竜》も知ってるか。帝都に拠点があるギルドの中ではうちと同じくらいの、そこそこの規模があるギルドだしね。
「あのー、自警団って、なんですか?」
そう質問を投げかけたのは〈春風〉のリーダーちゃんだ。
さっきから分からないことはすぐに質問しているところが偉いね。私は知ったかぶりしちゃうタイプだから、正直尊敬するよ。
「ああ、自警団ってのは、騎士団に協力して治安維持のための見回りとか、問題が起きた時の対処をしている奴らのことだ。外区はちと特殊だからな。自警団は《赤竜》の奴らが多いから、同じ冒険者として気軽に話しかけてくれ」
「見た目怖い人多いけどみんな優しいから大丈夫だよ」
「はは、確かにな」
自警団の人達がいるから、外区の治安は想像よりも全然良い。
《赤竜》は外区にギルドハウスがある関係で、自警団にも所属していたり外区でお店を開いていたりと、外区全体に精通している。なんでも、区として整備される際にも《赤竜》の前身組織が色々と手を回したとかなんとか。
そのあたりは私もよく知らないが、とにかく《赤竜》の人達はとても良い人達である。
「ちょ、ちょっと、マスター……」
ミーニャがぶんぶんと手を振って呼ぶので近づくと、顔をぐいと寄せて囁き声で話しかけられた。
「《赤竜》の方と、お知り合いなんですか?どういうご関係ですか?その、どういったご関係で!?」
「え?いや普通に、お友達?みたいな」
「ど、どういう経緯でお知り合われたのですか」
「お嬢が外区で事件に巻き込まれたり、逆に事件を解決してくれたことが何度かあってな。いくつか借りがあるんだ。やましいことも危険なこともないから、安心してくれ」
「ぎゃ!?」
ヒューズさんに急に後ろから話かけられて飛び上がるミーニャ。
ちょっと困り笑顔のヒューズさん。
「えっと、ミーニャが、何が気になってるのかは分からないけど、ヒューズさんが言ったみたいに私が何度か《赤竜》の人に助けてもらって、それでギルドの人達とも仲良くなったんだ」
まぁ、《赤竜》は普段共同の討伐作戦とかにも参加しないし、冒険者として活動していて出会う機会が他のギルドより少ないから、ミーニャもどんなギルドなのか気になっちゃったんだろう。
ギルドマスターを筆頭に、みんな強くて優しくて良い人なんだよなぁ。結束力も強くて、ギルドとしてはとても理想的だと思う。
そうだ、今度ギルド間の交流会とか企画してみようかな?それか、この後ギルドの事務所にミーニャ達を連れて行って紹介しようか。
「クリアちゃん、流石にぃ、事務所行くのはやめといてあげたらぁ?」
「え?……まあ確かに、急に大人数で押しかけたら迷惑だよね」
「そっちじゃないけどぉ」
事務所の方は提案する前からメルに却下されたが、テトさんのお店には向かうことにした。
「何かあれば《赤竜》に頼ってくれ。あと、ないとは思うが、あまり問題は起こさないよう気をつけてくれよ」
ヒューズさんはスリおじさんを連れて行くからと別れていった。おそらく、外区でよくすれ違う《赤竜》の冒険者らしき人達がまた何かトラブルがあった時には対処してくれるはずだ。
ぐーりぐり、とメルの頭を撫でながらのんびりと小道を歩いていく。
ミーニャは何か言いたげな表情でこちらを見ているが特に何も言わず、シュウくんは延々とお尻をさすりながら歩いていた。
外区に入ってから大人しめになっていた〈春風〉達は、何やらコソコソと話しながら後をついてきている。
「《赤竜》ってさ、確か外区を仕切ってる組織で、目をつけられるとやばいから近づかない方がいいって言われたよな、この前」
「法で裁けないようなことも多く、問題に巻き込まれないためにも距離を置くのが安全、と聞いた」
「冒険者ギルドは表向きでホントはやばい組織とかって噂も聞いたなー」
「……でもさ、さっきのヒューズさんはすごく良い人だったし、何よりマスターがみんな優しい人達だって言ってるんだから大丈夫だよね!きっと全部ただの噂だったんだよ!」




