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三話「有名な人物」


ご機嫌斜めな支部長から逃げ、お留守番のリウくんを迎えに行く。


全く、ガルスさんはいつ会ってもイライラしているような気がする。いつか頭の血管が切れちゃいそうでこっちがハラハラするよ。

きっとカルシウムが足りていないんだ。今度牛乳たっぷりのミルクプリンをユーリスに作ってもらってガルスさんにあげようっと。

彼は料理上手だから、食べたい物を言えばすぐに美味しく作ってくれる。他のパーティメンバーはほぼ全員料理が出来ない人なので、彼の料理スキルは日に日に右肩上がりで上達し続けている。


確か、〈黄金の隕石(うちのメンバー)〉はそろそろ帰ってくるんだったろうか。彼らは今攻略難易度レベルの高い遺跡へと探索に行っているのだが、彼らの実力であれば油断しなければ問題なく帰還出来るレベルであるし、心配はさほどしていない。

遺跡の名前は……何だったかな。

レベル5の遺跡だという事は覚えているけれど、どうも話半分で聞き流していたから詳しい事が分からない。彼らも彼らで言うだけ言って満足したら私の意見もさして聞かずに行ってしまうのだから、それも悪いとは思うけど。

帰ったらシーファに訊いておこう。


ロビーまで戻ってきてキョロキョロとリウくんを探すと、カウンターに並ぶ列に頭一つ突き出た黒い髪が見つかった。ちょっと遠巻きにされているのは多分見間違いではない。

こそっと壁際に寄ってリウくんを待つ。壁に背中をつけるとひんやりとした感触が服の上から背中に伝わり、心地良い。


清潔感のある白い壁とダークブラウンの床、明るい照明に大きな窓とガラス戸の入り口。冒険者協会の建物は常に綺麗に保たれている。

昔は下町の酒場のような、粗雑、ボロい、汚い、さらには臭い、そんな場所だったそうだ。都市の支部はまだ多少きれいだったようだが、冒険者協会といえば荒々しい建物、みたいな認識だったのだとか。冒険者も今より荒くれ者で品の無い者が多かったらしい。

しかし数代前の冒険者協会会長が大規模な改革を行い、協会の建物は今のような、その辺の建物よりよっぽど清潔で綺麗な場所へと生まれ変わった。

会長が改革へと踏み切った大きな理由は、依頼人のさらなる獲得と冒険者の質を向上させる為だったという。依頼をしに冒険者協会へ訪れる人はその大半が荒事とは無関係の一般人である。見るからに異質な雰囲気を放つ建物、中に入れば鋭い眼光でこちらを睨むガラの悪そうな奴ら……

確かにこれでは依頼しようという気も失せるものだ。


今の冒険者協会は内装は綺麗で対応する受付も丁寧で優しい。依頼人は改革後からどんと増えた。冒険者達も、冒険者協会の建物自体が落ち着いた品のある場所になったことで段々と振る舞いが暴力的ではなくなってきたそうだ。

その結果依頼人と揉める事案も多少は少なくなり、冒険者の評判が上がり、依頼人も、そして冒険者の志願者も増えるという結果となった。

冒険者ブームというものは「黄金の時代」初期からあったものだが、それがさらに過熱したのは冒険者協会会長の改革が大きな理由の一つであると言われている。


「あ、クリアさんお疲れ様です!」


ボーっとしていた私に気づいてリアーナちゃんがひらひらと手を振る。

ぴらぴらと振り返しながらリウくんまだかなーと様子を伺うと、ちょうどこちらに歩いて来ているところであった。



▷▷▷



ちなみに、我がギルドハウスが大金を投げうって施設を充実させ、広く綺麗なロビーを作ったのも冒険者協会を意識してだったりする。

特にこの床と受付のカウンターに使われている磨き抜かれた白乳色の石、これは傷付きにくく割れにくい特殊な石で、石自体が非常に高い上に加工しにくいため施工費用もかさんで大変だったが、高いだけあって見た目もとても綺麗なので私のお気に入りなのだ。

以前ギルド内でちょっとした騒動が起きた時ギルドメンバーの一人が床を割った事があったが、修理費用が恐ろしい事になったため室内での戦闘は厳禁となった。修理費自腹の場合もある。


今日もピッカピカの床は鏡のようで、隣を歩くリウくんのニコニコ笑顔も下からのぞき見える。


「リウくん、何でそんなにニコニコしてるのかい?」

「イイクエスト、ウレシイデス」

「まー、そりゃよかったねぇ」


どうやら先程私を待っている間に受けた依頼がお気に召しているようだ。

どんな依頼受けたんだろう?でもなんだか聞くのはちょっと怖い。彼は戦闘狂な訳ではないはずだが少し変わっている所はある為、たまに理解出来ない時がある。


まあ極論を言ってしまえば冒険者は全員理解不能な生き物だ。

もはや人間じゃない強さをしているし、仕事とはいえ自分から進んで命の危機すらある危険なところへ飛び込んでいくというのは平和第一な私からしてみれば頭がおかしいとしか言いようがない。

幼い頃みんなで夢を語り合っていた時は、私も伝説の冒険者のようなすごい冒険者になりたいなんて思っていたが、夢は夢のまま、もうとっくの昔に蝋燭(ろうそく)の頼りない火の如く掻き消えてしまった。

現実は厳しいものだ。


「あ、おかえりなさいマスター」


ピッカピカのカウンターから顔を覗かせたのはギルドの受付をしてくれている、にぱっと笑った時のえくぼがかわいいニコラちゃんだ。

先程協会に連れて行く一番ランクが高い人を教えてくれたのも彼女である。

「そうそう、マスターがお出掛けなさっている間にマスターを訪ねてきた方がいらっしゃいましたよ。先日仰っていたシュウ・ケーネスさんです。今、応接室でお待ちになってもらってます」

「……あー、わかった。うん、すぐ行くよ」


まだ隣にいたリウくんに向き直る。……あっ


彼、背が高いから見上げると首が痛いんだよね。今首グキッて言ったよ……


「じゃあねリウくん、お供ありがとう」

「サヨウナラ」


さて、二階の応接室へと向かう事にしよう。


ところで、シュウって誰だっけ?



***



シュウは、とても、緊張していた。

まさか帝都に来てたったの数日で有名人に会えるとは思わなかったのだ。


捕らえられていた所を共に救出された黒髪の少女―クリアと名乗っていた―にどこへ行けば会えるかと本人に聞いた時は一瞬聞き間違えたかと思った。

彼女の口から聞こえたのはかの有名なギルド《新星の精鋭(レア・ニュービー)》の名だったのだ。


帝国国内の冒険者であれば知らない者はいないであろうそのギルド。

名前の通り比較的若い冒険者を中心に構成されたそのギルドは、設立から僅か五年程であるにもかかわらずそれほどの知名度を誇っていた。

もちろんシュウも帝都に来る前から知っていたし、ずっと憧れていた。シュウが帝都に来ると決めた理由の一つも、帝都で実力を伸ばし《新星の精鋭(レア・ニュービー)》のような有名ギルドに入りたいという憧れだった。


緊張しない訳がない。

事情聴取から解放され帝都に宿をとった後、数日間ずっと悩んだ末に彼らの本拠地であるギルドハウスに向かった。

勇気を出して壮大なハウスに足を踏み入れ、親しみやすい笑顔を浮かべた受付の人に「クリア」という少女について聞こうと口を開く。


「あ…あの」

「はい、こんにちは!こちらは《新星の精鋭(レア・ニュービー)》ギルドハウスの総合受付です。本日はどのような御用でしょうか?」

「このギルドに、会いたい人がいて……本人に聞いたらここに来れば会えるって言ってたんだが、ええと、名前は……」

「ああ、シュウ・ケーネスさんですね。マスターがお会いなさると仰っていました。現在マスターは外出中ですので、応接室の方でお待ち頂いてもよろしいですか?」

「え、あ、はい……え?マスター!?」


萎縮してモゾモゾと小声だった声から、大きなホールに響く程の大声に変わってしまった。それほどに衝撃的な言葉が受付の少女からさらりと飛び出した。


このクランのマスターといえば、こちらも有名な【金星】ではないか。

冒険者の激戦区である帝都でも僅か4名しか存在しない、冒険者の中でもトップクラスの強さを誇る銀月級冒険者の一人。そして、このギルドの創設メンバーでありたったの数年で帝都にその名を轟かせた新鋭パーティ〈黄金の隕石〉のリーダー。

まさに今を時めく超有名、かつ桁違いの実力を持つ最強に王手をかけた人物だ。


そう、田舎から出て、帝都に来て数日という駆け出しの中の駆け出し冒険者が会えるような人物ではない。


あれよあれよという間に受付の人に連れられ、シュウはこれまた小綺麗な応接室に押し込まれてしまった。

暑くもないのに汗が吹き出て額を伝う。受付の人が入れてくれたもうすっかり冷めてしまっている紅茶を口に含むが、味は分からない。


ああ、胃が痛い。


ギュッと胃近くの服を強く握り締め、シュウは静かに嘆息した。

と、その時。


コンコン


控えめなノック音にシュウの肩が大きく跳ねる。


「は、はい!」


慌てて服を正し、跳ねた髪を撫でつけ、背筋を伸ばす。ドアに駆け寄り、震える手でノブを引っ張ると、そこに立っていたのは。


「あ、シュウって君か」

「え、クリア……?」


右手で首裏をさすりながら、へらりと笑っている黒髪の少女だった。

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