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三十一話「意欲と仕事」




「クーリーアーちゃん!」

「はーあーい」

「デートしよぉ」

「うーん……」


あんまり外出る気分じゃないかな……メルと一緒に出かけると目立つし……


翌日。

ユーリスは人探しと研修会の準備で忙しそうにしており、私は執務室にこもって寝るかぼーっとするかスイーツを食べている。

無能脱却はどうしたんだって?それはまぁ、追々……少しずつ…………


というか、最近は面倒で家にすら帰ってない。怠惰だ。自覚はしてる。

でもね、ギルドハウスって住めるんだよ。すごいね。


「ギルと遊んであげれば?」

「なんだ!?」

「やだぁ」


うろうろと部屋の中を動き回っていたギルがグリンとこっちを振り返る。相変わらず耳が良いこと。

メルちゃんはけんもほろろにギルを一蹴し、ソファに座る私に横から抱きついてきた。


ぐりぐりぃ、と強めの頬ずりをされる。


「おうちデートでもいいよぉ?」

「うーん……おうちデートって何するの?」

「特訓だー!!」

「一緒にお話したりぃ、映画観たりぃ、あとは……うふふふふふ」

「……やっぱりおうちデートもやめとこうか」


よく分からないことを叫ぶギルはひとまず置いといて、メルの言うおうちデートは楽しそう、というかいつもしてることと同じように聞こえるが……なんか笑顔が怖い。

これは、なんか、本能がやめとけって言ってる。安易に了承したら、深淵に連れて行かれる感じがする。


メルちゃんは普通にしてればかわいくて強いだけの女の子なんだけどねぇ。

私の数少ないお友達であり《新星》立ち上げメンバーでもあるレイリィだって、過度にうちの人達を怖がってるのはメルに一因があるというか。

よくメルがレイリィを半泣きにさせて笑ってたというか……可哀想に。


そういえばレイリィは「眠る爆林」というレベル四の遺跡に行くって言ってたけど、それから連絡がないな。マメで真面目なレイリィは遠くに行く時にいつも、現地についたくらいの時に通信かお手紙かくれるんだけど……


何故か筋トレを始めたギルを横目に、ぎゅむぎゅむと引っ付いて離れないメルをどうにか引き剥がしていると、聴き慣れたノックの音がした。


「どうぞー」

「失礼します」


するりと入ってきたのはシーファだ。

今日も今日とてその手には書類の束が。きっとあれの半分くらいは本来私が見なきゃいけないやつだろうなぁ。


対する私は仕事もせずにメルといちゃいちゃ……してるように見えるよね、これは。実際には襲われてるだけなんだけど。


「……お邪魔でしたか?」

「いや全然。全然気にしないで。どしたの?」


私の力ではびくともしないメルを諦め、シーファに向き直る。

なんとも言えない冷めた目をしたシーファはその表情のまま私に近づいた。


「まずは、こちらを。レイリィ・マグラスさんからです」

「あら、噂をすれば」


シーファが差し出したのは手紙と小包。あとで読んどこ。


「それから、ミーニャ・エスタさんが帰ってきました」

「あー……えー…………うん!」

「……シュウさんに紹介したのち、魔眼について調べていただく予定です。今日、ロビーで待ち合わせていますよ」


あ!あぁ!シュウくんのね!!

そっか、確かにそんな話したわぁ。なんかシュウくんも普通に過ごしてるし、なんなら討伐にだって参加してたからすっかり忘れてた。


シーファの目がさらに冷ややかになった気はするけど、そろりと視線をずらしてやり過ごす。


「いやー、あはは、そっか、やっとシュウくんの魔眼がどんな効果なのか分かるのかぁ!え、今日鑑定するの?私も見にいこっかなー、なんて」

「じゃあメルも行くぅ」

「どうぞ、ぜひ行ってきてください。あわよくば外で時間を潰してきてください」


あ、私達が邪魔なんですね……


パーティの誰か……というか主にギル、メル、アンナがいると、部屋の中が途端にうるさくなるからね。そりゃあ仕事の邪魔だよね……


「えーと、じゃあ、お言葉に甘えて……ほら、メルちゃんおいで。ギルも」

「おう!!」

「あの……あとで必ず仕事手伝う、というか自分の分はできる限り自分でするから……」

「えー、シーファちゃんにやらせとけばいいよぉ」

「いや、最低限は働かないと……」


怠惰な心を律して、自立を目指していかなきゃいけないので。今のところそう思うだけで全く行動には移せてないけど。


シーファは普段絶対に自ら働く宣言などしない私が、最低限とはいえ自分から仕事をすると言ったことに少し驚いているようだった。

すっと目を閉じてため息を吐く。


「……分かりました。マスターの確認が必要なもの、意見を伺いたいものは残しておきますね。できれば、いつもそのようにギルドマスターの仕事に意欲を持っていただけるとありがたいですけど」

「あは……大丈夫、これからはもっとちゃんとギルドマスターするよ……」


ちゃんとしないとやばいと改めて自覚しましたので。

できるかどうかはともかく、もうちょっとやる気は出していこうかな、と。まずは態度から変えないとだよね。


「じゃあ行ってくるね……あ、リオも連れていった方がいい?」

「あー……いえ、寝てる分には特に支障もないので大丈夫です」


いつものことなので忘れそうになるが、今日も今日とてリオはソファで寝ていた。

とりあえず今は、うるさい子達を部屋の外へ連れていくという仕事をするとしますか。




+++




慌ただしく出ていったクリア達を見送り、シーファは書類を置いてデスクに腰掛けた。


「クリアが働く必要なんてねーのにな」

「……起きていたんですか」


ごろんとリオが寝返り、シーファへと顔を向ける。

フードを押し上げニヤリと笑った。


「クリアは銀月冒険者で、ギルドマスターという立場であるだけで価値がある。だろ?」


ギルドマスターはギルドの顔である。

ギルドマスターの知名度や評判、実力の高さはギルド自体のそれに直結すると言っても過言ではない。裏を返せば、ギルドマスターは冒険者としての実力や人気さえあれば、たとえギルドの運営に携わらずとも十分だということだ。

実際に、ギルドマスターが実力派の冒険者として積極的に依頼を受けるため忙しく、ギルドの管理まで手が回らないという理由でシーファのような事務員を雇っているギルドは多い。


クリアは若くして銀月級まで上り詰めた、若手の実力派冒険者として名が知れている。《新星の精鋭(レア・ニュービー)》もまた、クリアを筆頭に若く勢いのある冒険者が多い。

たとえシーファや世間が知るクリアの実績が、本人の認識とはズレたものであり、ユーリスによる多少の誇張も混ざっていたとしても……ギルドはこれまで順調に成長してきたのだから、クリアが気負って働こうとする必要はそれほど高くないのだ。


リオの言わんとすることは、シーファもよく分かっていた。


「えぇ、もちろんです。ですが……マスターは優秀な方なのに、働こうとしないことが勿体ないと思ってしまうんです。もちろん、私の知らないところでは銀月冒険者として色々なことをされているのでしょう。銀月級ですから。ただ、ギルドマスターの仕事だって、私がするよりもマスターがした方が断然効率も結果も良くなるので……」


前回の討伐作戦の時もそうだ、とシーファは振り返る。


人員の選定では、シーファはシュウを作戦に参加させることには反対だった。だが、結局彼はクリアが紹介した〈幸運を呼ぶ星〉との訓練を経て盗賊団幹部に勝つという成果を挙げた。

拠点の特定に至っては、作戦本部がクリアからの連絡を待っていた始末だ。遺跡下の拠点部分は発見と封鎖の必要があったため、その拠点を見つけるために計三回の討伐は必要不可欠だったのかもしれない。だが、クリアが初めから全面的に協力していればもっと作戦自体がスムーズに進んでいただろうと思う。


これらも、もしかしたら銀月冒険者による策略なのかもしれない。シーファや、ギルドメンバーの成長を促すために手助けをしないようにしているのかもしれない。


だとしても、シーファはいつ見ても執務室で寝てるかスイーツを食べるか遊んでいるだけのクリアを見ていると、その持て余された能力が勿体ないと感じてしまうのだった。


「それは言い訳じゃねーか?仕事を任されてるのはお前だろ?」

「……いえ、そもそも私の役割は、事務長兼秘書としてのギルドマスターやギルド運営の補佐です。あくまでも補佐ですからここまで仕事を任せられるのは職務内容から超過しているんですよ。仮にギルドの運営や事務全般を私に任せるということであれば職務内容の見直しと雇用の再契約をしていただきたいですし、そもそもあのサボっている時間を活用すればいいだけなので銀月冒険者として忙しいからという言い訳は通じませんよね?また、仕事を丸投げするのが私達の成長を見込んでのことであればそうとはっきり言っていただきたいです。どちらにせよ、仕事をサボっていいことにはなりません」

「…………」


リオはすっと目を背けた。


サボり仲間として、どこか焦っているように見えるクリアが快適なサボり生活を送れるように、その一番の障害となるであろうシーファを説得してみようとしたのだが……


(ごめんなクリア。おれじゃ力不足だ)


シーファは真面目だった。無理だ。

ど正論で返されたリオは早々に説得を諦めることにした。


「ところで、起きているなら出て行ってもらえますか?」

「…………」


リオはフードを深く被り直すと、黙って寝返りを打ちシーファに背を向けた。


「…………どうしてこう、優秀な人ほど怠惰になるのでしょうね……」


シーファは深いため息を吐くと、目の前の書類に向き直った。


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