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二十九話「遺物の鑑定」




「ねぇ、私とユーリスの絡みって何?」

「……あの人、姉さんのファンだからなぁ。何というか……姉さんは知らなくてもいいと思うよ」


そうなの?


リアーナちゃんと別れた私達は協会のロビーまで戻ってきた。

外はザーザー降りの雨だっていうのに、今日も協会には多くの冒険者達が集まっている。雨なんだから今日は休んで家で寝てればいいのにねぇ。


「意外と仕事熱心なんだよね、冒険者って」

「そうだね。良くも悪くも欲に忠実だから、強くなるため、お金を得るための努力を苦に感じない人も多いんだと思うよ」


私はあんまり欲のない人間だからか、努力とか、頑張るとかは苦手だ。

まぁ人に迷惑をかけないようにならなきゃとは思ってるけど……そのために何をすれば良いのかも正直わからない。戦闘も、ギルドの運営も、才能がないことはとっくの昔に自覚しているから努力でマシになるとも思わない。


せめてもうちょっと……何事にもやる気を出せばいいのかな…………


「ねぇユーリス……ん?」


あれ、違う人だった……


視界の右側に銀髪が見えたからそっちを向けば、そこにいたのはユーリスではない知らない女の子だった。

ユーリスほど明るく透き通った銀髪は珍しいからびっくりした。彼女の髪もまた白みを帯びた、光を反射してキラキラと光るきれいな髪だ。


何やら熱心に帝都の地図を眺めている。


「どうしたの、姉さん?」

「あ、いや……」

「おーい!!そこのお嬢サン!」


え、私?

と振り返ってみると、テーブルにいる一人の男性がこっちに向かってブンブンと手を振っていた。


その声に、横にいた銀髪の女の子はビクッと身体を震わせると、走って協会を出ていってしまった。


どうしたんだろ。とりあえず声をかけてきた男性に、私ですか?と指差しジェスチャーしてみる。


「あーいやアンタじゃ……ま、いいや。そこの人!ちょっとコッチおいで!」

「……って呼ばれてるけど、どうしようユーリス」

「えぇ……別に行かなくていいと思うけど……」


何か面倒事の予感を感じたのか嫌がるユーリス。

じゃあ行かなくていいか……と思ったけど、あの人があまりにも大きく手を振ってニコニコだからなんかちょっと悪い気がしてしまう。


あ、よく見たらあそこ《遺物ハンター組合》の出張遺物鑑定所じゃん。ならそこまで怪しい人ってわけじゃないでしょ。


「そこの遺物いっぱい持ってる人!おいでー」

「……めっちゃ呼んでるけど」

「……姉さんの好きにしていいよ」


じゃあ行くか。

私の生命線と言っても過言ではない、遺物に関しての話っぽいしね。


『出張遺物鑑定所』

『遺跡から持ち帰った遺物はこちらで鑑定を!』

『登録は《遺物ハンター組合》へ』


……と、色々書かれた札が立ててあるテーブルに近づくと、淡い茶髪を一本に縛ったお兄さんが笑ってバシバシと机を叩いた。


「そこ座りナ!」

「あ、はい」

「イヤー、アンタ女の子だったんか!そんな遺物の仮面なんぞつけてるからわからんかったよ、ホントはあの銀髪のお嬢サン呼んだんだけどな!変わった遺物持ってたから。でもアンタは遺物大量に持ってるなァ!ちょっとお話しせんか?」

「あ、はい……」


よく喋る人だな。そしてすっごい笑顔。


ここに座ってるってことは遺物の鑑定をするために《遺物ハンター組合》から派遣された遺物ハンターの人だと思うんだけど……

こんな客でもない奴招いて喋ってていいの?


そもそも《遺物ハンター組合》とは、冒険者ギルドの一つでありながら通常のギルドとは大きく異なる組織だ。

冒険者の中でも遺跡に行き、遺物を集めて売ることをメインに活動している人は「遺物ハンター」と呼ばれている。彼らの公平な遺物売買と、無数の種類があり危ないものも多い遺物の登録や管理をするための組織が《遺物ハンター組合》であり、遺物ハンターは全員このギルドに所属することになる。


このギルドに所属して遺物ハンターになると、遺物の売買に関してのサポートを受けられたり、遺物の情報を得られたりする。冒険者が戦闘や雑用依頼もする一方、遺物ハンターはトレジャーハントオンリー!といった感じだ。

そして遺物の鑑定や管理も担っているこのギルドは協会とのつながりも強く、所属する遺物ハンターはその豊富な遺物の知識を生かして《遺物ハンター組合》のギルドハウスや協会の出張鑑定所なんかで遺物の鑑定をしている。


「オーッ、近くで見るとホントに遺物だらけだなァ。今いくつ発動してんの?」

「えーと……発動中なのは少ないですよ。三個くらい?他は任意発動のやつなんで、その時々に」

「イヤイヤ、三個でもよく魔力が持つなァ。魔力量エグいな!あ、それ『迷謎(めいめい)混乱防止指輪』だろ?オレに見せてくれんか?」

「ちょっと待ってください」


指輪を差し出そうとした私を手で制止してユーリスがお兄さんを睨む。


「どうして遺物を見せなければならないんですか?僕達は鑑定を依頼してませんし、あなたに付き合う義理もありません。どうして僕達を呼んだんですか?」

「……あぁ、スマンな。オレ遺物が大好きで、色んな遺物見たくてココで働いてんのさ。丁度ヒマしてたら遺物持ってる人がいたから是非見せてもらいたくてなァ。スマンスマン、警戒させちまったか。ココでやらかせばギルド全体にメイワクかけるから何もせんよ。あ、自己紹介すらしてなかったか!オレはアイカル、星五の遺物ハンターだ」


アイカルと名乗ったお兄さんは笑顔を崩すことなく胸元のバッジを指差した。

そこには星五冒険者であることを示す五つ星と、その隣には『テレパス指輪』を模した《遺物ハンター組合》のギルドマークのバッジが。


冒険者はランクに応じた星、あるいは月のバッジが支給される。私も時折羽織っている真っ黒ローブには銀色に光る三日月のバッジをつけている。


そして、冒険者ギルドにもそのギルドを表すギルドマークとそのマークが入ったバッジがある。

例えばうちのギルドだと、ドーンとひとつ大きな一番星がギルドマークだ。これも私はローブにつけている。実はギルドハウスの入り口部分にもこのマークが描かれていたりする。


これらはその冒険者の身分を示すためのものであり、偽造した場合は即冒険者資格剥奪という重い処分を受ける。

また冒険者として活動する際には必ず身につけなければならない……のだが、しばしばローブが暑くて脱いだりするため私はつけてない時もある。今日もローブ着てないし。


とにかく、アイカルさんは本物の星五冒険者であり《遺物ハンター組合》所属の遺物ハンターだということだ。


「と言っても、これじゃオレにしかメリットがないよな。なんか遺物に関しての質問とかナイか?何でも答えるゼ。オレは遺物の話ができればソレでいいからなァ!」


うん、まぁ、変な人ではあるかもしれないけど。いい人ではありそう。


「じゃあ、はい」

「ドンと来なァ!」


あ、ユーリスが質問するのね。

いまだにアイカルさんを怪しんでいるのか、すごい眉間に皺寄せて睨んでるけど。


「どうして遠くから見ただけで姉さんが遺物を持ってると分かったんですか?いくら遺物ハンターでも流石に不可能では?」


それ遺物の質問じゃなくてアイカルさんの質問では?


「それはなァ、オレが遺物が大好きだからだ!」


いやどういうこと?


「遺物の気配を感じ取れるのサ。遺物ハンター長くやってりゃ身についてくるモンだゼ」

「へぇすごい」

「ソレで未鑑定の遺物持ってそうな冒険者捕まえて鑑定してんだゼ」


流石遺物ハンター、やっぱりすごいね。

遺物は遺跡内でも相当見つかりづらい。だからこそ遺物ハンターなんていう専門職が生まれるくらいなのだ。遺物に対する鋭い嗅覚がなければ務まらないのだろう。


遺物ハンターってかっこいいし夢があるよね。お宝見つけて一攫千金!って感じ。

私には探索能力無さすぎて無理だけど。


「……あ、じゃあ私も。前から気になってたんですけど、遺物の名付けってどうやってるんですか?」

「オレの場合はフィーリングだな。オレがつけたのだと『死んだふリング』とか良い名付けだったと思うゼ!」


お前だったんかい、あの名付け。

うそ、あれふざけてつけたんじゃなかったの?すごい自信満々だけど……


うん、私にはこんなハイセンスな遺物の名付けもできないからやっぱり無理だね、遺物ハンター。


「ちょっとオレからもいいか?その、『迷謎混乱防止指輪』だけ見せてほしいんだヨ。別に外さなくてもイイから」


ユーリスがムッとした顔をすると、私から指輪を取って自分の手にはめた。


「この遺物がどうかしましたか?」


何で私からその遺物取り上げたの?


「ンー……やっぱり、ちょっとヘンなんだよなァ……さっきの子の遺物のせいか?……うーん」


どこからか取り出した白い手袋をはめて、ユーリスの手をとりその手を……じゃなくて指にはまった指輪を眺めるアイカルさん。

ユーリスがすごい嫌そうな顔してるけど、対するアイカルさんは笑顔を引っ込め真剣な表情だ。


「目視だけだと正確なコトは言えないが、すでに何かに反応した跡がある。それも今数時間のウチに、だ」

「っ、姉さんが精神攻撃を仕掛けられたというんですか」


遺物『迷謎混乱防止指輪』は主に精神攻撃を防ぐことができる遺物だ。防ぐ、と言っても精神安定剤のようなもので、極度に精神が乱れた時などにも発動すると気持ちを落ち着かせることができる。

まぁ、日常で精神攻撃なんてされることないんだけど……ただ怪しげな宗教団体の生贄とかに攫われるとまず洗脳されるから、そういう時に役に立つんだよね、この遺物。


でも今、数時間のうちに精神攻撃なんて……受けてないと思うんだけどな?


「私自身は全然そんな感じないけど……」

「そこまで強く反応した感じじゃないからなァ。本人ですら気づかないほど弱い攻撃だった可能性もあるし……単に感情の乱れなんかに反応した可能性もあるが」


……感情の乱れはちょっとだけ心当たりあるんですけども。

雨で気分が落ち込んで、冒険者辞めたいって嘆いてたし。それもいつものことっちゃいつものことだから原因かは分からないけど。


「その、さっきの人の遺物っていうのは何なんですか?姉さんに危害が及ぶようなものなんですか」

「イヤ、オレも遠くから感じただけだからよく分からんけども……どうも規制対象になる遺物にも似た異質さを感じたモンだから、もしかしたらと思ったんだ。確証はないゼ」


さっきの子って、あの銀髪の子だよね。あの子が何かしてた感じも、何かされた感じもなかったけど……ただ地図見てただけだったし。


「おい、鑑定してもらいたいんだが……」


あんまり長いこと話していたからか、やってきた冒険者が後ろから声をかけてきた。


「ッと、珍しく客だ。スマンな、長く呼び止めて。……そういえばアンタら、名前は?」

「いえ……教えていただきありがとうございました。僕は《新星の精鋭(レア・ニュービー)》所属、星六冒険者のユーリス・セブンです。こっちは同じパーティのリーダーで銀月冒険者のクリア・マギナです」

「あぁ!名前は聞いたことあるゼ!何か遺物に関して相談があれば、またいつでも来てくれヨ!!」


アイカルさんは満面の笑みで私達を見送った。


ユーリスは、難しい顔をしながら私の指に指輪をはめた。


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