二十八話「規約と依頼」
冒険者規約とは。
……何だっけ?
「冒険者と冒険者協会の間で取り決められたルールであり、主に「冒険者」であることを協会が保証するために冒険者が守らなければならない規則が記されているものですね」
「そうだ。その中には「冒険者は一年に数回依頼を引き受け、完了しなければならない」ってのがあってなぁ」
「あ、それはもちろん知ってますよ」
なんせ、毎年依頼達成数ギリッギリを攻めてるので。
冒険者には誰でもなれるとはいえ、冒険者の星は冒険者協会が「この人にはこのランクの依頼を任せられる」と保証していることの証なのだ。
冒険者として相応しくない者は資格を剥奪されるし、怪我や老化でランクが見直されて下がることもある。
そして、そういった冒険者として相応しいか、ランクが適正かを判断するためにも、また冒険者としてちゃんと働いているのかという確認のためにも、冒険者はそのランクに応じた依頼を定期的に受けて完了させなければならない。
まぁ、普通の冒険者なら普通に仕事してるだけでいいからあまり関係のない規則だが、私のようにほぼ働かない者や大怪我なんかで長期的に働けなくなった者にとっては、気をつけておかないと冒険者として活動できなくなるなんてことにもなり得る規則なのだ。
「でも、今年の期限はまだ先ですよね?いくら私が毎年ギリギリとはいえ……」
「ギリギリだからこそ、今のうちに受けておいた方がいいだろう?お前は正式な依頼なしに動くことが多いからな。この間の討伐もお前は非公式の参加だったし……今回は協会から正式にクリアを指名した依頼を出す。「たかが」新人研修会で依頼達成数が稼げるならお前にとってもいい話だと思うが」
「いや、まぁ……」
確かに、毎年受ける依頼には苦心しておりますけれども。
受ける依頼はランクに見合ったものにしろって言われてるから、銀月冒険者ともなるとどれもこれも私なんかじゃできない依頼でしてね。しかも、ランクが上がるとその分毎年受けなきゃいけない依頼数も増えるっていうね。
ユーリスはじっと黙って考え込んでいる。
「でもぉ、それにしたって私は今回の件だと不適任だと思うんですけど。案なんて出せないし……ついて行っても何もしないし…………」
なんか、自分で言っておいて何だけど無能すぎてつらいな。
「特別感を出したいから銀月冒険者の名を借りたいってことですよね?それなら、知名度があって指導も上手くてって人、星五から七くらいにもたくさんいると思いますよ。……無能な銀月呼ぶよりよっぽどいいと思います」
「…………まぁな」
…………。
ねぇ、たとえ事実でも否定してよガルスさん。お世辞を言ってよ。
つらい。もう冒険者辞めよう。
「まぁ、とりあえず時間もあまり無いしまずはお前にと声をかけてみたが……他の冒険者も探すつもりではあったんだ。たとえ銀月級だろうが向き不向きはある。お前はこういうのが向いてるタイプじゃないよな」
私には冒険者自体が向いてないんですよ、ガルスさん。
「お前に受ける気がありそうなら丁度いいと思ったんだが、無理にとは言わない。引き止めて悪かったな。規約分の依頼は他にちゃんと受けてくれよ」
「いや、待ってください。この依頼受けよう、姉さん」
「え?」
突如黙り込んでいたユーリスがこっちを振り向いてそんなことを言った。
「えぇ……受けるの?」
受けないわよ。冒険者辞めるんだもん。
「いや、支部長の言う通り姉さんは毎年依頼達成件数に苦しむんだから、今のうちに受けておいた方がいい。今は〈隕石〉も全員帝都にいるから協力できるし、最悪僕が何とかするから」
えぇー……
まぁ、ユーリスがそう言うなら私のせいで研修会が崩壊するなんてことにはならないか。他力本願なのは情けないけど、ユーリスの言うこと聞いてれば大丈夫ってことはこれまででよく分かってるからね。
「おい。一応クリアへの依頼なんだ、俺の前で堂々とそんなことを言うな」
「依頼はギルドを通してお願いします。一応別案の方も考えてみますが、協会も時間的に厳しいと思いますから基本は姉さんが同行する形で準備を進めておいていただいて結構です」
「無視か」
ユーリスが立ち上がったため、私も立って彼の後に続く。
「では、失礼しますね」
「……まぁ、私もなるべく頑張って役に立とうとは思うので……冒険者辞めない限りは……詳しい相談はユーリスにお願いします」
「お前が主導しないでどうするんだ……あ、おい、さらっと帰るな!」
▷▷▷
「で、どうするのユーリス。私は本当に何もせずについて行くだけでいいのかな?」
「それだけでも十分だと思うよ。まだギルドにも所属してないような新人冒険者であれば高ランクの冒険者と会えること自体が貴重だし、それが冒険者支部が大きい帝都でも五人しかいないほど珍しい「銀月級」となれば尚更だ。会えるだけでも、新人研修会で得られるものとしては十分すぎるくらいだよ」
「会って得るものがあるならね……他の銀月冒険者ならともかく、私なんか会ったところでただの小娘なんだから何にもならないでしょ……」
「有名人に会える、ってだけでも良いんだよ。それに、姉さんは自分で卑下するほど無能力じゃないよ」
支部長室を出て、二人でロビーの方へ向かう。今日はリアーナちゃんが受付にいなかったからなのか、もう道は分かってるだろという意味なのか、案内の職員すらいない。
私はポシェットから黒い仮面を出しながらユーリスと話していた。
ユーリスはいつも私のことを褒めてくれるが、過大評価だ。
肩書きは周りに流されるままボケーっと生きてたらそうなっただけだし、実績のほとんどはまぐれか、ユーリスなど他の人の手助け……というかほぼその人が代わりにやってくれたもの。
そんなことは私の一番の被害者であるユーリスが一番わかっているだろうに……姉だから気を使ってくれているのだろうか。
いづれにせよ、弟頼りの情けない姉だ。
「ユーリスは、さぁ。私が……本当に冒険者辞めるって言ったらどうする?」
「僕も辞めて、僕が姉さんを養うよ」
ほら、こんな事をさらっと言わせてしまうんだから駄目な姉にも程があるよね……
そんな、姉絶対主義的な教育はしてないと思うんだけどなぁ……
「その……どうしてそんなに私の面倒を見てくれるの?普通に嫌じゃないの?こんな姉……」
ユーリスは五歳の時に私に拾われ、家族になった。
というと私が命の恩人のようにも聞こえるが、私はただの第一発見者だ。実際に彼を保護していたのは両親だし、彼の身元確認や家族親戚の捜索などをしてくれたのは金の目を持つ銀月冒険者のノイタスさんだ。彼はユーリスに強い「神力」とそれを扱う才能があることを見抜くとその筋からユーリスの両親を特定してくれた。
神力とは……まぁ、平たく言えば「癒しの力」だ。龍神教会関係者が強い神力を持っていることが多く、「聖女」なる人物がその力を引き上げられるとか何とか。
私は神力がかけらもない上に扱う能力もゼロらしく、その辺の話は自分と関係なさすぎてよく知らない。
そして、私はユーリスの両親や、私達と出会うまではどんな暮らしをしていて、なぜ森で倒れていたのかも知らない。
恐らくノイタスさんが全て調べて、ユーリス本人には伝えているのだろうとは思うが、私はそのあたりの話は深く突っ込んで聞いていない。本人も別に知って欲しそうにはしてないし。
「うーん……まぁ姉さんの面倒を見るのは小さい頃からだし、習慣化してるというか……」
ユーリスが足を止める。
私も釣られて立ち止まった。
「でも、姉さんは大切な家族なんだし、自分が大切にしたい人を守ろうとすることを嫌になんかならないよ」
「……そっかぁ。ありがとうね」
我が弟ながら、なんて良い子なんでしょうね。
でも私が早く自立して安心させないと、こんな素晴らしい弟の人生を私が使い潰してしまいそうだ。
……今更ながら、とんでもない危機感が襲ってきた。どうしよ。
「あ!クリアさぁん!」
「あ、リアーナちゃんだ」
とてて、と駆けてきたのは冒険者協会受付嬢のリアーナちゃんだ。何やら大量の書類の束を抱えている。
「いらしてたんですね!ユーリスさんも一緒に」
「うん。リアーナちゃんこそ、受付にいなかったから今日は休みなのかと思ったよ」
「先日の盗賊団討伐の事後処理に追われてまして……ここ数日受付の方の仕事ができていないんですよ。クリアさんが来るならご案内したかったです……」
しゅん、と肩を下げて落ち込むリアーナちゃん。確かに目の下にクマが見えるし、少し疲れた様子だ。
受付嬢まで事後処理に駆り出されるなんて……冒険者協会はそこまでバタバタしてるのか。大変だなぁ。
「あっ、そういえば、討伐の際にお借りしたお借りした遺物はクリアさんのものだと聞きました。おかげさまで偵察の時は助かりました、ありがとうございます」
「ん?……あぁ、気にしないで。お役に立てたなら何より」
そんなことまで知ってるのか……まるで自分が使ったような言い方だけど、それだけ責任感が強いってことかな。
明るくて、人懐こくて、真面目で責任感もあるなんて、リアーナちゃんもとっても優秀で良い子だよね。ユーリスと同じくらい。
「では失礼しますね。お会いできて良かったです。あの、今度ぜひユーリスさんとの絡みも見させてください!」
「あ、うん、お仕事頑張ってね」
そう言うとリアーナちゃんはあっという間に廊下の奥へと消えていった。
……ユーリスとの絡みって何?




