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二十七話「新人の研修」




「よう、クリア、ユーリス。やっと来たか」


はい、もう定期的に来すぎて飾られている絵が変わっているとすぐに気がつくほどになってきている冒険者協会シャルティエ支部の支部長室です。

今回の絵もまた、おどろおどろしすぎてガルスさんのセンスを疑っちゃうね。


本当に怖いんだけどこの絵。なんか、赤と黒が乱雑に混ざり合っているような……それが切り裂かれたような……よく分からないけど、こう……気が狂いそうになるというか……頭痛くなってくる感じの…………


「……ほんと、ガルスさんはこんな絵をよく飾ろうと思いますね」

「おい。だが、俺だって好きで飾ってる訳じゃねぇ。ミカエルの奴が押し付けてくるんだよ」

「あぁ、《シャルティエよろず連合》のミカエル・アチェですね。冒険者兼画家の」


へぇー。変な職業の人がいるものだ。

冒険者なんて大体ガサツで大雑把だから、芸術センスとか壊滅的な人が多いんだけど。


いや……この人も、大概なのか……?


っていうか、押し付けられたからってご丁寧に飾ってあげてるガルスさんもなんだかんだ言ってもいい人だよね。


「ほら、早くこっち来い。座れ」

「はーい」

「それで、今日はどんな要件なんですか?」


ガルスさんは私達の前にお茶を置くと、麩菓子を持ってきた。

麩菓子!いいね、おいしいよね。緑茶に合うね。


お茶を飲んで、麩菓子を食べてほっと一息。

あぁ、心休まる。頭の痛みもどっか行ったわ。


「あぁ。実は、クリアに「新人研修会」について相談と協力を頼みたくてな」

「ふふぁ?」

「姉さん、飲み込んでから話して……」


冒険者協会の新人研修会といえば年に一度、今年あるいは去年星付きに上がった星一、星二冒険者を対象に行われるものだ。

シャルティエ支部の場合は先輩冒険者と協会員の先導のもと帝都近郊にある低レベルの遺跡へ行き、冒険者の基礎知識や戦い方などの指導を受ける。


まぁ参加しない人も多く、かく言う私も研修会は参加しないうちに星三まで上がってしまい参加資格が無くなってしまった。


「ごくん……まさか、研修会で指導しろーとでも言うんですか?私、誰かに何かを教えるとか無理なタイプですよ」


麩菓子を飲み込み、お茶で喉を潤してからガルスさんへと疑問を投げかける。


自分の考えを伝わるように言語化する作業がめっぽう苦手なのだ。「あれ」とか「それ」とか多用しちゃう。実践で教えようにも実践できないし。

そもそも、逆に私が教わりたいくらいに弱いし。


「指導担当は通常星三か星四ですよね?姉さんはこう見えても銀月ですから、協力を得たいと言うのであればそれなりの理由を用意していただきたいです」


そうだね。こう見えても、肩書きだけはね。


「いや、指導役の冒険者はもう決まっているんだ。クリアには別のことを頼みたいんだが……まぁ、とりあえず話を聞いてくれ」


そう言うと、ガルスさんは今回の新人研修会についてと、現在浮上している問題について語り出した。


「今回の新人研修会だがな。元々予定していた開催場所はレベル二の「竹林の住まう村」だったんだ。ただ、この前の討伐の時に空けた穴の修復と拠点の調査が終わっていないから冒険者の出入りが規制されてるんで、開催場所を変更せざるを得なくてな」


空けた穴はそこまで大きいものではなく、魔法を使えばすぐではあるのだが、下の拠点の調査があり、そしてその空洞部分も埋め立てるとなると準備も時間もかかってしまう。


「変更先の第一候補は「ツチノコの洞窟」だが……あそこはレベル一の中でも特に簡単な遺跡だから、研修としては物足りないんじゃないかって意見が出てな……はぁ」


遺跡「ツチノコの洞窟」とは帝都から西方にあるレベル一の遺跡である。

丘の下にある洞窟内が遺跡となっており、出て来る魔物はぼってりと胴が太く動きの遅いヘビで、トラップも下半身が埋まらないくらいの低い落とし穴とちょっと痺れるくらいの毒性を持った沼しかない。


攻略難易度レベルは同ランクの冒険者……レベル三であれば星三、レベル八であれば銀月の冒険者がパーティで万全の準備をもって挑んで無事に生還できる程度が目安とされている。

レベル一の遺跡だと一般人が迷い込んでも命の別状はないくらいから、星一の冒険者が挑戦してなんとか帰還できるくらいまでの危険度だ。「ツチノコの洞窟」の場合、一般人が迷い込んだとしてもまず命の危険はない。


「……帝都近郊のもう一つの遺跡は色々と研修には向かないし、帝都からさらに離れた遺跡になると、徒歩で向かうには時間がかかりすぎるし、他の支部の対応地域と被ってくる。じゃあ遺跡に行かずに研修をすれば良いって話になるんだが、それでも駄目だと上がうるさいんだよ」


冒険者は普通自分の活動拠点となっている協会支部で研修を受けることが多いが、規則としてはどこの支部で研修を受けても良いことになっている。

そのため、各冒険者支部、特に大きな都市の支部は内容を充実させ特色を出すようにとのお達しが出ているのだ。


シャルティエ支部は特に冒険者達が集まる重要な支部として、わざわざ帝都に来てでも受けたいと思えるだけの充実した内容にしなければならない。


「と、いうことでだ、クリア。お前には新人研修会について来るか、新人研修会の別案を出すかしてほしいんだよ。報酬は銀月級にしては少なくなるだろうが……」

「いや待ってくださいよ。それ、私である必要性あります??」


百歩譲って新人研修会の準備が大変なことになってるのは分かった。

まだ討伐の後始末でごたついてるのに、二重で忙しいのは本当にお疲れ様ですとしか言いようがない。


でも、今の話がどうして私に繋がるのかさっぱりなんですけど。最近その遺跡に行った訳でもあるまいし。


「まぁ……そこはあれだな。お前がもっと早く連絡をよこしていれば穴も空けずに済んだっていう気持ちもある。あと、お前は高ランクの冒険者の中でも一番相談しやすいんだよ」


え?そんなに非協力的って思っている上に一度も相談の役に立ったことないのに?

……色々大丈夫なのかな、ガルスさん。疲れすぎておかしくなってるの?


「……最近、休めてますか?頭おかしくなってますよ?」

「……疲れてるが正気だ。確かにお前は情報を出し渋る秘密主義かつ俺達を弄ぶ趣味の悪い奴だが……」


ん?誰がなんだって?


「クリアは大抵いつも帝都にいるし、ギルドとの距離も近いから気軽に呼び出せるんだよ。なんだかんだで世話になることも多いしな」


あぁ、なるほどね。常に暇だし近くにいるからとりあえず呼んどこ、みたいにできるってことね。頼りになるかは別として。


ところで、誰が誰を弄んでるって??

なんか、誤解を解かなければ重大なすれ違いを生み出しそうな台詞が聞こえてきた気がするんですけど?


バン!とユーリスが机を叩く。


「姉さんはあなたがお手軽に呼べるような人じゃありませんし、姉さんの趣味が悪いわけないですから!」


そう言うと人を弄ぶ趣味が悪くないって言ってるようにも聞こえちゃうよ、ユーリス。


どうどう、とユーリスを宥め、彼の口に麩菓子を放り込む。これでしばらくは喋れないでしょ。パッサパサだから。

と思ったがユーリスはお茶を一気に呷ると麩菓子を飲み込んでしまった。


「む、ぐっ…………そ、そもそも遺跡の地形に変化を加えるなんて本来禁止されている行為を推し進めたのはガルス支部長でしょう!その責任を転嫁して姉さんに押し付けるとは、どうかと思いますね」

「う……いや、あの時は研修会のことを忘れてたんだ……」


ガルスさんは罰が悪そうに頭を掻いた。


…………それに関しては私も思い当たる節がありすぎて心が痛い。


責任も面倒事も後始末も、全て他の人に押し付けてきた人なんで……

くっ、もう責任を取ってギルドマスターも冒険者も全部引退するしか……


「私、もう、冒険者やめる……」

「ほら!!姉さんも怒ってこんなこと言い出しちゃったじゃないですか」

「いやこいつが冒険者やめる訳ないだろう。定期的に盗賊団を引っ捕えないと気が済まないような奴だぞ?」

「まぁ、姉さんは冒険者辞めたら生きていけないと思うのでもう少し続けていて欲しいんですけど」


全然信じてくれないし辞めさせてくれる気も全くないじゃん。

私に自由はないの?いや、いつも寝て食って金に困らない自由すぎる生活してるか。


しれっと辞められるんならいつでも辞めたいんですけどね。特にギルドマスターと銀月級は。


「とにかく、そんな理由で姉さんを貸し出すわけにはいきませんね。忙しい銀月冒険者をたかが協会の新人研修会に使うなんて……しかもその理由が冒険者協会支部長のミスによる影響だなんて、ありえませんよ」

「……うんうん、そういうことです。そういうことなんで、ガルスさんは協会の皆さんと頑張ってくださいね。今度お菓子でも差し入れしときますから」

「…………おい待て」


ユーリスがきっぱり断ってくれたため、私も便乗して断る。そしてなめらかに席を立って退出しようとしたのに、呼び止められてしまった。


ガルスさんは下を向いていて表情が見えない。


「……お前ら………冒険者規約って、知ってるか?」


……何の話?


次話の投稿は日曜日になります。

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