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*閑話肆「牢屋と悪夢と人生論」

討伐終了の翌日、エピローグよりも前の日の話になります。





何かを忘れている気がする。


と、いうより直近の記憶がまとめて消えていた。

ここはどこだろう、とベイドが痛む身体を起こす。


「……牢か」


窓がなく薄暗い石の壁に囲まれた部屋。その一方に取り付けられた鉄の扉には、鉄格子の付いた窓がある。

腕には魔封じと、よく分からない重たい腕輪。


「捕まっちまったのか……」


盗賊団が全員捕まったのか、ベイドだけなのか。それすら分からない。

ベイドが覚えているのは、帝都で芋っぽい少女を捕まえて、遺物『かくれんぼロープ』を使いながら遺跡の下にある拠点へ……


「行った……よな?」


どうも、拠点へと戻ってからの記憶がない。

何か、恐ろしいものに遭遇したような気がするが……あと雷に打たれたような気も…………だが、よく思い出せない。


仲間達も捕まっているのだろうか。ベイドがいるのは狭い独房のようで、窓から外の様子を見ても他の牢屋は見えなかった。


あの拠点が見つかるとは思えないが、ベイドが捕まっているということは拠点自体は見つかったということだろう。

他の仲間も何人か捕まっているかもしれないが、頭領のシュゼットや幹部のビジャン達は逃走の手段を用意していたため逃げ切れているかもしれない。ベイドも一緒に逃げるつもりではあったが……置いて行かれたのか失敗したのか、やはり記憶がないため分からない。


しかしながら、ベイドにはシュゼットがやられて捕まったとは到底思えなかった。


シュゼットの強さは桁違いだ。ベイドはこの盗賊団ができた初期から彼の強さを見てきたため、彼が負ける姿は想像ができなかった。

それに、今では強力な後ろ盾が付き、そこから十分な物資や強い道具、強い仲間まで揃った。ビジャンも確か、始めはその筋から紹介されたのだ。


その後ろ盾がどんな人、または組織で、何のために自分達を支援し、自分達に何を望んでいるのか。

ベイドは知らないし分からなかったが、シュゼットはその後ろ盾とも上手く付き合っていたため、ベイドは彼に従うだけだった。


もしシュゼットまでが捕まっていたとしたら、一体どんな経緯で、どんな奴が……


「はぁ、やめだ。捕まっちまったからにはもうどうにもならねぇ」


恐らくここは帝国騎士団の管轄する牢屋だろう。ベイドはこれから尋問を受け、帝国の法で裁かれる。

帝国内ではまだそこまで犯罪を犯してはいなかったが、他国ではかなり窃盗を繰り返したし、人も殺した。どれほどその罪が計上されるかは分からないが、最悪死刑、たとえ軽くても数年間の強制労働だ。


死にたくはないが、逃げるなんてことはできそうにもない。素直に従い、少しでも刑を軽くしてもらえるようにするだけだ。


「みーつけた」

「あ?」


ガシャン、と年の扉が開いて誰かが入ってくる。

灰色のパーカーを着た、男、だろうか。何故か目の前にいるのに存在が希薄で上手く認識できない。


「誰だ……?」

「あ、お前は別に見られてないし前にも同じの使ったか……まーいいか」


男は軽い足取りでベイドに近づく。

ズキ、と頭が痛む。身体の底から覚えのない恐怖感が湧いてくる。

ズリズリと後ろに下がるが、狭い年の中に逃げ場はない。


唐突に頭に浮かんだのは、小さな赤い宝石が付いた、金色の指輪だった。これは何だ?


「お前はクリアを危険に晒した。少しやりすぎたとしても、ユーリスも許すだろ」

「や……やめろ、何するんだよ……!」


男の手がベイドの頭に伸びる。その手には、古びたアミュレットのようなものが握られている。


「悪夢を見ている間に、おれのことも、クリアのことも、みーんな忘れる。じゃーな」


あ。


ベイドは一つだけ、思い出した。

この男は知らないが、この目だけは、ニヤリと細められた目、その奥にある澄んだ青い瞳のさらに奥、黒く滲んだ深淵は、つい先日に見たことがあったのだ。


頭が意しく拒絶する。

これ以上は思い出すなと。今すぐこいつから逃げろと。


「あ……ああぁぁあ!!」



+++



「さーて」


リオは倒れた男を見下ろす。

クリアの指輪を取り返す時、その時にもこの『悪夢さよならのお守り』を使って記憶を消しつつ眠らせたのだった。

リオの存在を隠蔽するため記憶を消しに来たのだが、この男はそもそも記憶を消去済みだったし姿を見られてすらいなかった気もする。


(まー、クリアにちょっかいかけた分ってことで)


この遺物は記憶消去の際におぞましい悪夢を見せる。

精神に作用するような遺物は危険物として隠密系の遺物と同じく許可がいるが、リオは当然無許可である。そもそも最悪気が狂うレベルの悪夢を見せるこの遺物は十分規制の対象になり得る。申請したところで回収されるだけだ。


リオはするりと牢屋を抜け出すと、もう一人のお目当ての人物を探して歩き出す。


遠くに見張りの騎士が二人。リオに気がつく様子はない。今日のリオは『隠密パーカー』に加えて他の隠密系遺物を複数使い、完全に気配を消している。

リオが自ら姿を見せるか、相当探知や勘に優れた者ではない限り、まずバレることはない。


帝国騎士団もリオにとっては()()()()だ。


一つの扉に目を留め、リオは再びガシャンと扉を開けて中へと入った。

狭い年の端に転がっている、茶髪で細身の男。リオと少しだけ戦い、あの盗賊達の中で唯一リオの姿をまともに見ていたビジャンであった。


リオは彼の腹を蹴る。


「うっ……あー?」

「起きろよ」


ゲシゲシと蹴っているとようやくビジャンが目を覚ます。昨日の軽い攻撃で今の今まで伸びていたとは考えられないが……彼の焦げた髪を見て、クリアが何かしたんだな、とリオは悟った。


「……あ!あー!お前っ……!ここどこだよ!?」

「牢屋だよ、帝都の」


モゾモゾと動いてビジャンが身体を起こす。


「牢屋……牢屋?くそー……あ、シュゼットは!?他の、他の奴はどうなったんだよ」

「全員捕まったよ」


リオがだるそうに答える。

ほんの少し戦っただけではあるが、リオはこの男がどうも嫌いだった。人を信用していなさそうな軽薄な感じが似ている故の同族嫌悪か、単に気が合わないのか、うるさいのが嫌なのか……


早く済ませよう、と遺物を手に握り直す。


「……っ、なあ、お前騎士じゃないだろ?冒険者……かもしれねぇけど、あんなコソコソしてたし、やましいことでもあるんじゃないかー?」

「…………」

「お、俺を逃がしてくれよー……そしたらお前のこと黙ってるよ、お礼もする!頼む、俺が稼がないと……妹が酷い目に遭うんだ……」

「……は?」


くだらない命乞い。こいつを逃がしてもリオに利点は何もない。


表情は真剣であるため言っていることは本当なのかもしれない。だが、こいつの言い分が気に食わない。


「お前が助かりたい言い訳に他人を使うなよ。所詮他人でしかない兄妹のために命なんかかけないし、兄妹を言い訳に命を助けてもらうなんてことはあり得ねーんだよ。自分のための命乞いもできない奴が都合良く「きょうだい」のためとか言うんじゃねぇ」


腹が立つ。


こいつの都合が良い時に「きょうだい」をダシに使おうとするその姿に、反吐が出る。


血の繋がりがあろうと無かろうと、きょうだいの繋がりなんてものは本来他人と同じくらい希薄なものだとリオは思っていた。

きょうだいを大切にするかは自分次第で、その優先順位は自分よりも必ず下にあるものだと。


ビジャンもまた、顔を赤くして叫んだ。


「っ、俺はずっと妹のために生きてる!スリやってた時も、()()()に言われてシュゼットのところで盗賊やってた時も、俺がそうしないと妹を守れなかったんだ、だから」

「自分はやりたくなかったのに仕方なくとでも言いて一の?全部お前のため、お前が決めたことなんだよ」


「誰かのため」など、あり得ないのだ。

たとえ本当に誰かのためを思って行動したのだとしても、最終的な意思決定は自分にあるのだから。結局、自分が何をするかを決められるのは自分しかいない。


だからこそ、リオはビジャンの軽薄そうな繕った顔の裏にある、不服そうに不貞腐れている感情に腹が立つ。


したくないならしなければいい。

自分のためだけに生きればいい。

それが、この世で最も()に生きられる手段なのだから。


こいつはそれができないからという理由を「きょうだい」という観念に押し付けているだけだ。


「まー、おれには関係ないけど」


リオは急に脱力すると、バシ、と強めにビジャンへと遺物を押し付ける。

ビジャンは自目をむくとドサリと床に倒れ伏した。


こいつの事情など知ったこっちゃない。こいつが気に食わないのなら、もう関わらないようにすればいいだけだ。


「あー………もう帰ろ」


腹を立てたら疲れた。


本当はボスであるシュゼットの様子も見ておこうと思っていたリオだったが、やる気がなくなったためそのまま帰ろうと牢屋を出た。


次回、第二章開始です。

第二章もどうぞよろしくお願いします!

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