二話「事情の説明」
「マスター、先日の盗賊の拠点にお一人で乗り込み我々をこき使った件ですが」
「え、いやちょっと……誤解だからね?攫われただけだって……救助要請出したでしょ。って話この間もしたよね」
「救助要請なんて出さずともあの程度の盗賊は普通に壊滅させられるでしょうに」
「……あのさぁ、君達は私をなんだと思ってるのよ?」
「我がギルドのギルドマスターにして帝都にも四人しかいない銀月級冒険者ですよね?」
はあぁーっと溜息をつくと、目の前でピシッと美しい姿勢で直立している彼女が訝しげな視線を向けてくる。
件の事件から数日が経ち、私は都の一角に建てられた《新星の精鋭》のギルドハウス最上階の一室、ギルドマスターの執務室にてゴシップ誌を読んでいた。
シックに仕上げたこの書斎で新聞を読むのは我ながら中々にカッコイイのでは。ふふふ。
ギルドにいる時は服装もいつものラフなエプロンワンピではなく、冒険者らしい動きやすい格好をしている。黒革に金色の装飾やアクセサリーを合わせたお気に入りの格好なので、たとえ元が人畜無害そうな女だったとしても、この空間はシゴデキなギルドマスターのお洒落な仕事場のようになっているのではないだろうか。見た目だけはね。
そしてそんな中微動だにしない彼女はシーファさんだ。このギルドをギルドマスター達と共に実質的に仕切ってくれている、事務長兼ギルドマスターの秘書である。何しろギルドマスターが全く働かないポンコツなので、彼女がいなければこのギルドは運営していけないだろう。真のシゴデキは彼女だ。
読みかけのゴシップ誌を放り出し革張りの大きな椅子の背もたれにだらりと身体を預けると、シーファに視線を返す。
「確かに肩書きだけならそうなるけど……実際はただの小娘だよ。ただなんとなくランクだけ上がっていっちゃっただけ」
これは本当だ。
私には実力も才能も無い。この間の少年の方がよっほど強かったし。
周りに流されるままパーティリーダーだのギルドマスターだのをやらされてはや数年。空虚な実績だけが積み上がりいつの間にか銀月冒険者なんて大層なことになってしまった。だって帝都にこれより上の金月冒険者って一人しかいないんだよ?つまり肩書き的には私が帝都で五本の指に入る実力派冒険者になってるんだよ?え、帝都壊滅するよ?
シーファが何いってんだこいつ、みたいな顔してるけど、マジだよ。嘘じゃないよ。
抗議なら冒険者協会へとお願いします。
「まあ、そういうことでこの話終わり。で、協会になんか言われたの?」
「……はい。詳しい事情が聞きたいからシャルティエ支部に来るようにと数日前から言ってるだろう、と」
「何も話すこと無いけどなあ」
「どこがどうなればそうなるんですか。早く行ってきて下さい」
「シーファじゃ駄目なの?」
「行ってもないのに何を話すんですか……」
駄目か。
やだなあ。外出たくないなあ。ゴシップ読みかけだしなあ。でもしょうがないかあ。
▷▷▷
冒険者協会。
世界各地に支部を持つこの巨大組織は帝都シャルテイエにももちろん居を構えている。
協会ではギルドに所属していない冒険者はここで依頼を受ける事ができ、その他にも冒険者に役立つ様々な施設が充実している。
ギルドが似たような役割を担うため普通はギルドに入ると疎遠になりがちな協会だが、私はしょっちゅうお邪魔していた。
別にお邪魔したい訳ではないんだけど。
「……マツ?」
「ん?うん、まあ中に入ろう」
一人で協会に来るのもなんか嫌だったので、すらっと長い背丈と刀身が特徴的な外国人剣士リウくんに護衛としてついてきてもらった。さっきホールにいたメンバーの中で一番ランクが高かったからだ。
「あ一面倒だなぁ」
「ヤメルデス?」
「いや行くよ?だってガルスさん怖いし。でも話すことなんて何もないし」
「……ガンバルデスネ」
そもそも冒険者はどんな仕事をしているのかといえば、「なんでもやる」というのが一番近い表現になる。
大まかに分ければ、一般人や商会、自治体、冒険者協会といった依頼人から出される様々な依頼をこなして報酬を得ること、遺跡を探索し手に入れた遺物や希少物を売ること、各地に生息する「魔獣」と呼ばれる動物が魔力によって進化した生物を狩って素材を売ること、これらが冒険者の主な収入源となる。
依頼に関しては実に多種多様で、特定の魔獣や盗賊の討伐依頼、護衛の依頼といった戦闘面の能力が求められるものもあれば、魔道具やポーションの納品といった専門的な技術が求められるものや、失せ物探し、店番、話し相手、絵のモデルなど、依頼人の要望にさえそえれば誰でもいいものまである。
つまり冒険者が必ずしも強い必要はないのだが、戦闘力がまるでない冒険者というのは流石に少数派だ。
透き通ったガラス戸を開けてツワモノ者達の巣窟とは思えない整然とした室内に入ると、いくつかの冒険者らしき人達の視線が飛んでくる。
あ、今日仮面付け忘れてるな。
冒険者として自宅やギルドの外に出る時、プライベート時に絡まれるのを防ぐため黒い仮面を付けているのだ。他にもなるべくギルドマスターとしての威厳を出すため、なめられないためなど色々考慮して顔を隠している。別に顔を売って有名になんかなりたくないし。
彼らは依頼届出カウンターに向かわないくせに冒険者には到底見えない弱そうな風貌の私に不思議そうな顔をするも、後ろのリウ君を見るやいなや顔を引き攣らせていた。
リウ君は異国感漂う黒髪黒目と高い身長、浅黒い肌に加え、その背に背負った細長い形のちょっと変わった大剣で普通の冒険者より目立つ。実力の方も星五と高い。
そのため、剣士の間ではリャン国のリウとしてそこそこ名が売れているらしい。
ここにたむろっていた冒険者達は星ーか二程度。高くても三かな。あからさまに顔が引きつった人はリウ君のことを知っていたか、知らない人でも冒険者であれば相手の強さをなんとなく測るくらいは出来るので格上だと分かっているのだろう。雑魚以下な私がいても迂闊に声をかけてくる者はいない。
ちなみに私は強さなんて測れない。冒険者は皆総じて格上、私にとっては化け物だ。
「リアーナちゃーん」
「あっ!クリアさんこんにちは!支部長ですね。行きましょう!」
にっこりスマイルの受付嬢リアーナちゃんはここに来るたび応対してもらっている為流れ作業のようにカウンターを別の子に任せ表に出てくる。
まだ何も言ってないんだけどなあ。違う用事だったらどうするの。まあ呼び出し以外でここに来る事なんて無いけどさ……
くるりと振り返りリウ君を見やる。
「行ってくるから、リウ君は依頼でも見て待っててね」
「……キタイニコタエル、デス」
うん、待機もできなかったらそれは子ども以下じゃないかなリウ君。
緊張した面持ちの彼を尻目にリアーナちゃんの後についていく。支部長であるガルスさんは大体支部長室にいるので今日もそこに向かうのだろう。
「ふふふ、今回はどんな事をしたんですか?帝都の安全性が高いのはクリアさんのおかげでもありますからね」
「え?そんなことないよ」
「謙遜は美徳ですが度が過ぎると逆効果ですよ?」
「いやだから謙遜じゃないって」
機嫌良さ気にたおやかな黒髪が揺れる。
彼女は私が毎回事件を解決していると思っているらしい。
一般人の彼女は力量を測れないので肩書きだけは立派な私が見た目通り弱いとは分からないのだろうか。
冒険者は小さな女の子がムキムキマッチョより余程強かったりと見た目と実力がかけ離れている事がままある。
それは内包する魔力によってや、遺跡の強い魔力の力場に当てられることで身体が強化される「魔力強化」によってらしいのだが、私は魔力こそ多いものの魔法は使えないし身体も強くない、遺跡探索にもほぼ行っていないので強くない、というわけだ。
「あ、着きましたね。それじゃあ頑張ってくださいね!」
事情聴取に頑張るも何もなくない?と言い返そうとしたが口を開いた時にはもうリアーナちゃんの背は随分と遠ざかっていた。
いつか誰かが彼女は猫のようだと言っていた事があったが、確かにな、と思った。
「……はぁ」
目の前の扉に入りたくない気持ちを叱咤し出来る限り小さな音でノックする。
「……入れ」
ああ、ノックに気づかずそのまま帰れれば良かったのに。
バタン!
「なんで気づくんですか、耳が良いですね羨ましい!」
「入って早々なんだお前は!ノックくらい誰でも気づくわ!」
部屋の中央に立つ男がギロリとこちらに目を向ける。
赤く鋭い眼光は前線を引退したとは思えないほどの迫力があり、筋骨隆々な身体と相まって正直怖い。
帰りたい。けど帰るとギルドハウスまで追って来られるので帰れない。私のテリトリーであるギルドマスターの部屋にまで来られては心休まる場所が無くなるので御免被りたい。
「早く座れクリア。色々聞かせてもらうぞ」
「……話すことなんて何も無いんですってば」
すごすごと彼、冒険者協会帝都シャルティエ支部長ガルス・ヤオランの前に座る。
……ここの硬めのソファはあまり好きじゃない。私は低反発の座ると体が沈むソファが好きなのに。
二つのソファに挟まれたテーブルの上には美味しそうなマドレーヌが置いてあった。この形は確か今話題の人気洋菓子店のものだ。
辺りには芳醇なバターの香りが漂っている。
この部屋にはいつもこうしてお菓子が置いてあるガルスさんはこう見えて甘党なのだ。
一つ手に取って口に運ぶ。
うん、美味しい。食べてみたかったんだよね、これ。
「まだ何も話してないのに菓子だけ頬張るな」
「だって……美味しいじゃないですか」
「言い訳になってねぇ」
そう言いつつお茶を用意してくれるガルスさんは何がしたいんだろうか。
彼は私の正面のソファにドカリと座ると口を開いた。
「さて、今回の盗賊の拠点の件だが、あそこの他にもまだ親玉の組織とその拠点がある事が判明した……どうせこれもお前はもう知ってるんだろうが。クリア、何故あの拠点の場所が分かった?」
「……え?」
少し枯れた低い声に対して呆け顔を返す私にガルスさんの眉間に皺が寄る。
「……今回も、言わねぇつもりか?」
ビリビリと空気が震える低い唸り声。血のように赤い瞳に殺気が宿り、鍛え抜かれた傷だらけの身体が膨張する。
たらり、と冷や汗が背を伝った。
ガルス・ヤオランは元星六の凄腕冒険者である。
当時はその瞳の色彩と浴びる血から【赤血】の二つ名と共に遺跡を駆け回り魔物や魔獣を屠っていた。
年齢と左腕の怪我を理由に引退したものの今でもその実力は衰えておらず、実践経験も含めてそこらの冒険者などとは比べものにならないほど強い。
怖い。
私がかろうじて失神しないのは彼とはもうかれこれ七年以上の長い付き合いである程度慣れているからだ。これまでの呼び出しでも何度かこうして殺気を向けられたことがある。
ただし、恐怖がなくなることはない。
「……あは」
とりあえず笑ってごまかしてみる。
今までの経験から言って私が知らない、と言ったところで彼のご機嫌は余計に悪くなる気がした。というか言っている意味が分からないので何も言いようがない。
場所なんて誘拐された人が分かってる訳ないじゃん。親玉の組織?へえ、そんなのあったんだ。
あともって何、もって。こんな怖い人に隠し事したことなんて無いと思いますよ、多分。
「てめぇ……」
ブチッと音が鳴った気がした。
若干広がってきた浅黒い額にビキビキと青筋が浮かぶ。
あれ……怒ってらっしゃる?笑うという選択肢は間違いだった?
なんかブチギレ寸前そうなガルスさんを見て慌てて言葉を紡ぐ。
「ま、まあまあ。ほら、あれですよ……運?」
「………」
あっ駄目だこれ。
オロオロと目が泳ぐ。
怖い顔を見ていられそうにないので目線を逸らせると、壁に掛かった絵画が目に入った。
あの絵画趣味悪……いや、今この状況でそんなことをポロッと言ってしまえば私は殺されてしまうので、ちゃんとガルスさんを宥めにかかろう。
「か、代わりに討伐の時にうちの子達貸しますから。ね?」
「……チッ、もう、いい」
深い溜息と共に濃い殺気がえ失せる。
私はそれを確認すると、まだ生温いお茶を一口飲んだ。
……苦っ
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「依頼は後日出す。もう少し調査してからになるから暫く先にはなるが、寄越すメンバー考えとけよ」
何故か渋い表情の少女に話しかける。
渋い顔をしたいのはこちらの方だ。一体何を考えているんだか、我々を振り回して遊んでるのか。毎回毎回、彼女のみているものを読み解こうとするもののやはり分からない。
あの金色の瞳は、一体何処まで見通しているのだろうか。
今回の盗賊の居城、あれは冒険者協会の方ではまだ調査を始めたばかりの段階であった。
ここ最近帝都近郊にて数人が盗賊に盗まれたと言って盗品届を出していると報告が挙がったのがほんの数日前。場所はおろか、その存在でさえはっきりと調べがついていなかった。
冒険者協会だって怠けている訳では無い。
今や世界中に広がる巨大な組織である冒険者協会の情報収集能力はそれなりのものであると自負しているし、ましてや多くの冒険者が集まるここシャルテイエの支部は協会でも屈指の人材が集まっている。
情報収集担当の者達だって、こと帝都の事ならば王家の暗部にも劣らない程に詳しいであろう。
そうだ。この女が異常なだけなのだ。
「はいシーファに言っておいてください、私も忙しいんでね……」
どことなく上の空な彼女は、こうして見ていると本当にただの少女のようにしか見えない。
まあだからこそ恐ろしいんだが。
冒険者の強さと見た目は比例しない。しかし、ある程度武芸に富んだ者であれば相手の強さを測るくらい造作も無い。
……だが彼女の場合、完全にその力が隠蔽されている。唯一魔力だけは、膨大にあるようにも全く無いようにも感じるが。
そそくさとクリアが支部長室から退場した。ガルスは押し付けられた面倒事に頭を痛めつつ、あの小娘が素直になる日はいつ来るのかと嘆息した。