十九話「最後の討伐」
ついに最終決戦。第一章もラストスパートです。
「あ、あとは、魔道士の方……よろしく、お願いします!」
ゴゴゴ……と大きな地鳴りがする。
遺跡内部、盗賊の拠点である地下空間の真上。何度かの掘削により大きなクレーターとなった地面が振動しながら流動している。土系魔法の心得がある魔道士達が地面に手をつき、魔法で地面を動かしながら穴を空けようとしていた。
遺跡内の環境を変えることは冒険者協会が許可を出していた。主にガルスの強い押しによって。
穴が空いても、遺跡の範囲が広がるわけではない。
遺跡内外の区別は魔力の力場の効果範囲による。イメージとしては、「遺跡」とは大きな範囲魔法がかけられている範囲内だという考えが近い。遺物や魔物、その他特殊な素材などを生み出しているのはその魔法の効果である。
ただし、魔物に限っては「生み出されている」というよりも実体のある幻影が映し出されていると言った方が近く、魔物が遺跡の外にできることはできない。
つまり、穴を空けてもまた埋めれば元通りということである。
本来であれば遺跡の地形や環境に大きな変化を加えることは御法度なのだが、ガルスは今回そんな暴論で本部を説得したのだった。
「見えました、通れます!」
「順次……突入して、ください!魔道士は……直径三メートルくらいまで、穴を広げたら、降りて来て、ください」
広がりつつある穴から、冒険者達が地下へとなだれ込む。
先行したユリエラ・リッヒが即座に探索魔法を発動し、洞産内の形状、敵の数、強さ、配置を事細かに確認していく。竹の根と魔導人形らしきものが反応を邪魔するが、拠点の中心へと入った今、それらはユリエラの高度な探索魔法を妨げることはできなかった。
「この場所から見て東方向に部屋が二つ、北と南に一つずつあります!出入り口は北に外へ向かう通路が一本、この場所の南側に遺跡内へと繋がる通路が一本です。盗賊達は……っ」
「「うぉおお!!」」
待ち伏せていた盗賊達が降りてくる冒険者へと次々に襲いかかる。
ユリエラへと剣を振りかぶった盗賊を、彼女の横にいた剣士の冒険者が弾く。
「っ、盗賊達はほとんどがこの部屋にいます。他は北に五、南に三です!」
『〈深紅の焔〉は北に……メイナと、バルダンは南に……他はその場で、盗賊を迎え撃って、ください!』
キースは背負った大きなリュックからそのリュックよりも大きな盾を取り出すと、自分も穴に飛び込んだ。後ろから魔道士達も降りてくる。
下は既に混戦状態であった。
降り立った中央の地下空間はかなりの広さがあり、所々に置かれたランプでぼんやりと明かりを取っていたようだ。今は穴から差し込む陽光が全体を明るく見通し良くしている。この中央以外の空間はかなり狭い小部屋があるだけだ。
地下茎は地表と地下の間に張り巡っているが、その根はこの空間のさらに下まで伸びている。洞窟の壁や地面にも所々太い根が飛び出している。
キースはちらりと球体コンパスに目を向けた。指しているのは平行に南方向。クリアは恐らく、南側で反応があった三人のうちのどれかだ。
「だらぁ!」
「っ!」
斬り掛かってきた盗賊の剣を盾で防ぐ。
盗賊達が真下で待ち伏せていたため、冒険者達は囲まれるようにして盗賊を迎え撃たざるを得なくなっている。
「キースさん!」
「だ、大丈夫……」
駆けつけた他の冒険者が盗賊をキースから引き離す。
〈深紅の焔〉やメイナ、バルダンはここを抜けて他の部屋へ向かえただろうか、と考えたキースは盗賊を冒険者に任せ、手元の魔道具を確認する。
この魔道具は自身を中心に探知した魔力反応が画面上に映し出されることで距離と方角を確認でき、事前に登録した冒険者達の魔力反応は異なる色で表示される。それを見る限り、彼らは上手く移動できたようだ。
人数的には盗賊の方が若干多い。戦力はこの魔道具では分からない。
『中央北側にボスらしき人物を確認、かなりの強さで見立ては星五です。周囲にいる幹部らしき人物二名の見立ては星三から四、応援をお願いします!』
「〈幸運を呼ぶ星〉とルグさんは、ユリエラさんの指示に従って、ボスと幹部の捕獲に、動いてください。僕も、行きます」
探索魔法を組み込んだ魔道具を発動し、ボスらの位置と強さを確認する。確かに探索魔法による反応を見ただけでも、かなりの強さであることが見受けられる。
〈幸運を呼ぶ星〉のパーティランクは星四、ルグ・アニスタのランクは星五である。
特に最初の討伐で二番隊の隊長でもあったルグはベテランで戦闘経験も豊富だ。戦力的にはこちらが優位に思えるが、相手は相当頭が切れるであろう人物であるため、キースも自ら向かうことにした。
「ニーナ、コリン、ここは、お願いします……」
「任せろ、キースさん」
片手に持った盾で盗賊を押し戻し、剣で斬り伏せたニーナは振り返ってキースに応え、その隣にいたコリンは頷いた。
キースは冒険者と盗賊の合間を縫い、時折大きな盾で防御しながら移動していく。
個々の強さ的にはどちらも同じくらいだが、全体的に見ると冒険者が推しているようだ。こちらはパーティ単位、もしくは同ギルドのソロ冒険者同士数人で動いている一方、盗賊は数人まとまっていても個々バラバラに襲いかかってくる。連携は冒険者の方が上、となれば人数の利があったとしてもそれをカバーできるだけの戦力の差が生まれてくる。
「……!」
盗賊達が避けるように、そこだけ周囲に広いスペースが空いている。その中央にはキースにも負けずとも劣らない大男が大剣を持って仁王立ちしている。
ルグが彼に向き合い、〈幸運を呼ぶ星〉とシュウが幹部らしき二人と戦闘中だった。
ルグと睨み合っていた男は彼から視線を外しキースを見つけると、ニヤリと笑ってみせた。
「お前が冒険者のボスだな。俺はシュゼット、俺がこいつらの頭領だ。死ぬまでの短い期間覚えておくといい」
「……」
シュゼットと名乗ったボスは話している間も隙を見せず大剣を握りしめていた。恐らく戦闘経験もかなりある。実力は星五のなかでもかなり上になるだろう。
ルグもまた、剣を構えつつシュゼットから目を離さず観察している。
「ルグさんに、合わせます」
「助かる」
キースはルグに近づくと小声でそう声をかけた。
いくら戦闘もできる【魔闘技師】とはいえ、矢面に立ち正面から戦うのは流石に得意ではない。〈隕石〉でパーティとして戦う時も、彼の役割は防御やサポートだ。直接攻撃することは少ない。
ルグは片手剣と小さな盾を両手に持ち、近接戦闘を得意とする。ソロで星五まで上り詰めた実力の持ち主であり、このような討伐にも積極的に参加してきたため盗賊との戦闘にも慣れている。
基本的にはルグに合わせて動くのが良いだろう。
三者は動かずに睨み合う。
だん、とシュゼットが一歩踏み出した。
ルグも合わせて接近する。大剣は振るのが遅く隙が大きいため、シュゼットが剣を振り被る前に一撃入れようと、懐に……
「ぐっ」
大剣を盾で受け止め、ルグが大きく後ろに下がる。
シュゼットはその並外れた筋力に任せて両手で大剣を振るい、その速さはルグの予測を上回った。
速く重たい一撃。大剣の隙をカバーできるだけの筋力によるスピード。手ごわい相手だ。
キースがシュゼットに向かって何かを投げつける。
シュゼットは余裕を持って避けたが、それは空中で方向を変えるとシュゼットの右肩に貼り付いた。
「何を……っがぁあ!!」
シュゼットの右肩に強烈な電撃が走る。
そこヘルグが肉薄し右脇腹へ向けて剣を振るう。
が、シュゼットは左手一本で大剣を持つとその剣を弾いた。
「なめるな!!」
そのまま大剣をルグへ叩きつける。ルグは盾でそれを受け流しつつ、背後へ回って足を斬りつけた。だが、浅い。
「ちっ」
振り返りざまに大剣を振ってくるシュゼットから距離を取る。
シュゼットは右肩に貼り付いた小さな魔道具を引き剥がすが、右手は連れてしばらく使えそうにない。
「姑息な手を……」
キースが投げたのは自動追尾式の小型電流発生装置だ。小さいながらも発生する電流はかなり強力で、魔力強化で身体の抵抗力が上がっているシュゼットにも大きなダメージを与えている。
だがシュゼットの筋力は凄まじく、片手が使えなくなっても十分な速さで大剣を思うがままに扱っている。
一時的に距離を取り睨み合いに戻った三者だったが、隣の戦闘は今にも決着がつくところであった。
次話は閑話の投稿になります。




