一話「脱出と救助」
「お前、何者なんだ?」
「それ聞いちゃう?」
いや聞くだろ。
何者かを問われ、少女は半笑いで首をかしげた。
ごく普通の質問をしてなぜそんな反応なのか?見た目は普通の女の子なのに。
シュウは彼女に手首の縄を外してもらい、それから自分で足首の縄を解いていた。
当の少女はシュウがキツく結ばれた縄に苦戦している間、キョロキョロと部屋を見回してみたり、エプロンの大きなポケットや自分の右耳をいじったりと暇そうにしている。
手伝ってくれと言うのはどうにも頼りすぎな気がしたし、そもそもシュウには彼女がどうやって縄を外したのかが分からなかった。
見た目は本当にどこにでもいそうなごく普通の女の子なのに。
「私はクリアだよ。よろしくね少年」
「……シュウだ。星一の冒険者だ」
「あ、冒険者なんだ。よろしくね、シュウくん」
全く、捕えられている者同士とは思えないようなゆるい挨拶であった。
「そういえば、クリアはこれ、付けられてなかったのか?」
ようやく手足が解放され四肢をぶらぶらと動かしていたシュウは、未だに残る違和感の元である腕輪をクリアに見せた。
身体がだるいのは薬眠らされ縛られていたからだろうが、身体が重たいのはこの腕輪で「魔力を封じられている」からだ。
この世界の万物が有しており、自然に満ち溢れている「魔力」という力は生命力とも密接に関係している。魔力を使いすぎて魔力切れを起こせばまともに動けなくなるし、このように封じられてしまえば全くとまでは言わずとも思うように身体が動かせなくなる。
「あぁ、「魔封じの腕輪」ね。私はまあ、これでね……おいで、取ってあげるよ」
訝しみつつも手を差し出すと、クリアは小さな機械のようなものを取り出し腕輪の鍵穴に当てた。しばらくするとカチンと小さな音を立て、腕輪はシュウの元を離れた。
「……なんだそれ?」
「うーん、ひみつ。それより、これからどうしようか?」
へらりと笑ってあからさまに話題を変えられたが、身体の調子はだいぶ良くなったため余計なことを深く追求するのはやめようと思ったシュウであった。
これからどうするか。脱出を試みるとなると、クリアが戦えるのかは分からないものの、さすがに丸腰で逃げられるほど上手くはいかないだろう。
「俺の武器を探しに行かせてくれ。あれは、俺が持っている唯一の「遺物」でもあるんだ」
遺物。冒険者の主な仕事の一つである遺跡、迷宮の探索において見つかる不思議な力を持った道具類の総称である。その種類は無限にあるとされその性能もピンキリではあるが、総じて数が少ないために遺物というだけで珍しく価値のあるものである。
戦闘に役立つ遺物も多いことから冒険者が所持している事もあるが、低ランクの冒険者、しかも完全なルーキーである星一冒険者が持っているのは少々特殊だ。
クリアもそのことに驚いたような顔をすると、コクリと頷いた。
「そうしよう。私のものもいくつか盗られてるし、まずは倉庫とかを探そう」
幸い二人がいた部屋の近くには誰もいないようだった。クリアはまた何か小さな機械を取り出すと、それを見ながらスタスタと歩いていく。シュウが限りなく声をひそめてクリアへ声をかけた。
「な、なあ……それ何なんだ?倉庫の場所分かってるのか?というか、誰かに見つかりそうじゃないか……?」
「大丈夫、大丈夫。……多分ね。これはちょっとした便利道具だよ。あ、なんか今あんまり人いなさそう。シュウくん、もしいても一人くらいなら倒せそう?」
「え、うーん、まあ……」
武器がないとはいえ、先程やられたのも複数人相手だったからであり、タイマンなら勝てるであろうという自信はあった。
あまりにもクリアが警戒する様子なく歩いていくため、シュウも拍子抜けしたのか若干緊張がほぐれてきていた。
「あ、ほら、ここだよ」
「え、なんで分かったんだ……?」
クリアの言う通り付近の人気は全くなく、クリアがここだと示した部屋にも見張りはいなかった。
扉は他の部屋と変わらない簡素な木の扉だったが、開けてみると中は先程いた部屋と違って物に溢れていた。様々な武器や魔道具、金目のもの、恐らく奪ったものを適当に放置しているのだろう、それらが奥から詰め込まれていった感じだった。
「あ、俺の剣!」
乱雑に積まれた荷物の上に赤い刀身の剣が転がされている。鞘はその横に落ちていた。手に取りくまなく確認してみたが、傷もなければ何かをされた様子もなく、シュウは丁重に鞘にしまうと剣を腰にかけた。
クリアはというと、あたりの箱やら袋やらを開けながら部屋を片っ端から物色していた。時折手に取ったものをしげしげと眺めると、エプロンの胸元についた大きなポケットにしまいこんでいる。
「……自分の盗られたもの探してるんだよな?」
「いいこと教えてあげるよシュウくん。実はね、冒険者が盗賊を捕らえたり討伐したとき、そいつらが持ってた盗品のうち持ち主がわからないものはその冒険者がもらえるんだよ」
「でも、それって協会が盗品届とかを確認した後だよな?」
「まあでも、相当貴重なものとか特殊なものじゃない限り持ち主の特定なんてできないからね。ほらこういう服とか、日用的な魔道具とかは先にもらっちゃってもバレないんだよ」
「いいのかそれは……?」
いずれにせよグレーか黒だろうな、と感じたシュウであった。
▷▷▷
上機嫌でいつまでも物色を続けるクリアを扉の前で待っていたシュウは、扉の外で響きながら徐々に大きくなる足音を聴いた。
すぐにクリアに駆け寄ると彼女を引っ張って部屋の奥まで行き、腰の高さほどある大きな木箱が積まれている裏へと隠れた。呆けてされるがままだったクリアも、ガタンと扉が立てた音で状況をある程度は把握したようだった。
「おい、どうすんだよ。やっぱそのまま逃げたほうがよかったんじゃねぇか?」
「バカ言え、逃げたって金が無けりゃ何もできずに死ぬだけだ!って、なんかこの辺の物減ってないか?」
入ってきた盗賊は二人のようだ。彼らは声を潜めながらも、焦っているのかガチャガチャと音を立てて物を漁っている。どうやらシュウ達の逃亡がバレたわけではなさそうだった。
「あいつら、例の盗賊狩りギルドの奴らだ。あの赤い髪の女は見たことがある。どっから俺達のことを嗅ぎつけたのかは知らねぇが……欲張らずにある程度持ったらすぐ逃げるぞ早く!」
「盗賊狩りのギルド」?ということは、冒険者がここの盗賊を討伐しに来たのだろうか。だとすればここでじっとしていても助かる可能性は高い。
シュウはそう考えてクリアへと目を向けた。
クリアは盗賊達の話に耳を傾けながら口を尖らせて感情の読めない顔をしていたが、不意にシュウと目を合わせると盗賊二人を指差した。
「シュウくん、あいつら倒せる?」
「……は?いや、わざわざ戦わなくても」
「その遺物、炎系の剣じゃない?ちょっと見てみた……えー、君ならできるよ。入り口付近の物とか燃えやすそうなのはいただ……避けといたから存分に戦えるよ」
「でも、」
奇襲された先程と違って今度はこちらが奇襲をかける側で、多少有利ではある。だが相手は二人だ。タイマンの自信はあるがニ対ーとなると不安が残る。
「ほら行くぞ!」
「待て、今何か聞こえなかったか?」
「行って!」
部屋から出ようとした盗賊二人が外へと意識を向けた瞬間、シュウは半分ヤケクソ気味に素早く彼らへと肉薄した。駆けながら剣を抜き、そこへ魔力を込めていく。
「ふんっ」
力強く剣を振るう。剣筋は盗賊達の目と鼻の先をよぎった。しかし刀身からボワリと膨れ上がった赤い炎が肌を撫でる。
「ぎゃあっっつ、てめえ、」
炎に怯みながらも、盗賊達は剣を抜き応戦の体勢に入る。シュウは剣を振り抜いた勢いそのままに、身体をひねって切りかかる。なんとか剣で弾いた盗賊だったが、再び膨れ上がったが襲いかかる。
「ぐあああっ、何だこれ、あっつ」
シュウの剣を弾いた方の盗賊は衣服に炎が燃え移り、剣を投げ捨て転げ回っている。そんな相方の姿に怯えたように後ずさったもう一人の盗賊へ、横へと回り込んだシュウが剣を突き出す。反応が遅れた盗賊は肩口を切り裂かれ、さらに炎の追い打ちを受けて地面に倒れた。
「シュウくん!」
「あ、ちょっと待ってくれ」
刀身に纏われていた炎を鎮め、鞘に収める。
小走り気味に近づいてきたクリアは自分達が先程縛られていた縄を差し出し、シュウは盗賊二人の手足を縛った。
「あっつ、まだあついなこの辺」
「ああ、この炎はだいぶ温度が高いらしくて」「ふうん。よく君の服が燃えないね」
「特注したんだ。高かった……」
盗賊達は気絶している。それを確認するとクリアはポケットから青い液体を取り出し盗賊に振りかけた。どうやら止血薬のようだ。シュウは気が抜けたのか大きく息を吐きながらその傍らへしゃがみ込んだ。
「とりあえずなんとかなったけど、これからどうするんだ?」
「このままここにいよう。大丈夫、もうすぐだよ」
何故大丈夫なのか、何がもうすぐなのかは分からなかったが、クリアがそう言うならもう大丈夫なのだろうと思える程には、シュウはクリアを信頼し始めていた。ふと、ずっと浮かんでいた疑問が口をつく。
「なあ、クリアも冒険者なんだよな?」
捕らえられているにもかかわらず終始落ち着いた様子で、日常生活では使わなさそうな奇っ怪な道具を持ち、盗品に関する冒険者の規則を知っている。しかも目の前で戦闘が起こっていても平然としていた。
「あー、まあね。でも全然強くはないからさ」
「星はいくつなんだ?あ、ギルドには……」
ガタン!と強めに扉が開かれた。立っていたのは燃えるような赤い髪をした女性だ。彼女はぐるりと部屋の中を見回し盗賊とシュウ、そしてクリアに目を留めると、はぁとため息をつき耳に手を当てた。
「行方不明者発見、無事です。〈深紅の焔〉は保護にあたります。ほかはそのまま討伐を続けてください」
どうやら通信機か何かを使って指示を出したようだった。その後パーティメンバーらしき二人に盗賊の見張りを任せ、赤髪の女性はシュウに手を差し出し立ち上がらせた。
「カーラさんちょっと遅かったんじゃない?」「よく言うわね、急に呼び出しておいて。あなた、大丈夫だった?今冒険者達が盗賊を討伐しているから、もう大丈夫よ」
「冒険者なんだって。あいつらもシュウくんが倒したのよ」
カーラと呼ばれた赤髪の女性はクリアに呆れた表情を見せ、シュウへと微笑みかけた。こちらもパーテイメンバーだと思われる治癒師の冒険者がシュウの容体を見ると、軽い体力回復とリラックスの術をかけた。
助かったのか。
遅ればせながらその実感が湧いてきたシュウは、半ば放心状態で冒険者に先導されながら建物の外へと出た。
十数人ほどの冒険者達が立っており、縛られた盗賊が地面へ転がされている。どうやら盗賊はまだまだ運び出されているようだった。
「じゃあ帝都に来たばかりで申し訳ないけど、このあと冒険者協会へ立ち寄って事情聴取を受けてね。北東の方に向かえば街道があるから帝都まで二十分程度で着くと思うけれど、誰か一緒に向かわせましょうか?」
「いや、大丈夫、です。あの、本当に……ありがとうございました」
「お礼ならそこの盗品漁ってる人に言ってね。私達はまあ、巻き込まれた側というか……」
振り向くと運び出されてくる盗品をせっせと漁るクリアがいた。
「クリア、冒険者の人達はクリアが呼んだんだよな?」
「え?うん」
振り向かないどころか手すら止めずにクリアが答える。
「……ありがとう。助けを呼んでくれたのも、最初に縄をほどいてくれたのも」
「あー、いいのいいの、気にしないで」
「今度改めてお礼がしたいんだ。……どこに行けば連絡が取れるか、教えてほしい」
ようやくクリアが振り返る。
「まあそこまで言うなら……帝都にある《新星の精鋭》っていう冒険者ギルドのギルドハウスに来てくれればいいよ。美味しいお菓子でも持ってきてね」
「あぁ、わかった。《新星の精鋭》だな……え、《新星の精鋭》?」
***
つんつんと肩を突かれる。
「そろそろ協会の人が来るわよ、マスター。……盗品漁りもほどほどにしたらどう?」
「いやまあ、でも宝探しみたいで楽しいのよ……」
「じゃあせめてギルドメンバーをこき使うのはやめて頂戴よ。毎回毎回、わざわざ私達を呼ばなくたってこの程度の盗賊は朝飯前でしょ?」
「そんな訳ないでしょ……それに私だって好きこのんで誘拐されてるわけじゃないんだってば」
私の耳飾りには小型の通信機がついている。攫われたときにはそれでギルドに連絡を入れ、ギルドメンバーに助けにきてもらっているのだ。
ほんと嫌になっちゃうよ。しょっちゅう攫われて縛られて、助けを呼んだら文句言われるなんて。いくら「ギルドマスター」だからって肩書きなかったらただの弱い普通の女の子だよ?こんな扱い、せめて満足できるだけの盗ひ……報酬もらっとかなきゃやってらんないって。
「まあとにかく、帰ったらシーファさんにちゃんと説用することね。一番迷惑かかってるの彼女なんだから」
「う、そこは本当に申し訳ないですしいつも感謝してます……もちろんカーラにも」
そうこうしていると盗品の整理が終わり、盗賊の討伐も一区切りついたようだった。冒険者協会の職員がやってきて、詳しい話はまた後日聞かせてもらうと言われて帰路につく。
……やっぱりもうちょっと頂戴しておけばよかったかな。盗品。