十五話「再度の誘拐」
まあ、攫われてない訳ないですね。
時は遡り、お昼前。
しょっぱいものが食べたくなって酒場で柿ピーを買った後。
窓を開け春一番の風を感じながら雑誌を読んでいたところ、外から「いしやきいもぉ~」と聴こえてきた。
春なのに?とは思ったが、しょっぱいものを食べたからか甘いものが食べたくなり、買いに行こうかと階下へ降りる。
「ニコラちゃーん」
「マスター。どうしました?」
「聞いてよ。今外で焼き芋売ってるみたいでさ、「いしやきいもぉ~」って聴こえてきたの」
「もうそろそろ暖かくなってくる時期なのに、珍しいですね」
「ねー。ちょっと気になったから買ってみようとって。誰か一緒に……あ」
ロビーの方へ目を向けて、今そこに作戦本部が設置されていることを思い出した。
見つかって、外出るって言ったらまた絡まれそうでやだな……でも焼き芋の気分になっちゃったから焼き芋は買いに行きたいし。上のカフェには誰もいなかったしな……
「……すぐ戻ってくるから、買ったらニコラちゃんにもあげるね」
「いいんですか?ありがとうございます!」
音の近さからしてすぐそこだろうし、ほんのちょっと出るだけだから大丈夫でしよ。
正面入口は使えないため裏口から出る。こっちの方かな……あ、まだ聴こえる。
音を頼りに路地を折れつつ追いかけていく。どこにいるんだろう、すぐ近くのはずなんだけど。
「いしやぁ~きいもぉ~」
「ん!そこか!?」
いない!!どこだ!?
音だけ聴こえる焼き芋屋に一向に追いつく気配はなく、追いかけているうちにどんどんギルドから遠ざかり、細い路地へと入っていく。
「いしやぁ~きいもぉ~」
え?本当に、なんでいないの?焼き芋屋の移動ってそんなに速かったっけ。追いつけなかったら誰も買えないじゃん。
「いしやぁ~きいもぉ~」
……ちょっと待って。
もう、そろそろ諦めて帰ろう。これ以上奥に行くのはあまりにも危険だ。焼き芋は非常に惜しいが、流石に食につられてノコノコと危ない場所に立ち入りまんまと攫われるような愚かな真似はしない。
焼き芋……いや、うん、帰ろう。
「いしやぁ~きいもぉ~」
さようなら、いしやきいも。私は君を諦めて帰ります。音に身体がつられるが、どうにか踏ん張って背を向ける。
「いしやぁ~きいもぉ~」
「お嬢さーん」
「んぇ?」
トントンと肩を叩かれ振り返る。
口元に布を押し付けられる。二人がかりで身体を掴まれ、正面に立つ男が近寄ってきた。
「お嬢さん魔力が多いみたいだねー。ちょっと一緒に来てもらっていい?あ、魔封じは付けさせてもらうね?っていうか、きれいな目してるねー」
ニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。左腕に見覚えのある腕輪を付けられ、サクッと手足を縛られる。
「ほら!暗いところだと余計に金色っぽく見える!いや一高く売れそうだな。せっかく帝都に来たのにしょぼい収穫で終わるかと思ってたけど、こいつを売ればお釣りが出るくらいだよ」
「うわ、本当だ。すげえや」
「ビジャン、これいつまで吸わせときゃいい?」
「あ、そろそろいいよ。じゃあお嬢さん、おやすみー」
+++
「たっだいまー」
「遅かったな、ビジャン」
スキップでもしそうな軽い足取りで入ってきたビジャンにシュゼットがちらりと目を向ける。
「いい知らせだよボス!高く売れそうな女の子持ってきたんだー」
「おい、余計なことせず戻ってこいっつっただろ。上手くやったんだろうな?」
「もっちろん。路地裏ふらふらしてる警戒心なさそうな子でまわりに人もいなかったから楽勝だったよ。連れてくる時もちゃーんと『ロープ』の中に入れてたしね!」
「そうか。向こうの方に転がしておけ」
「りょーかい!」
ビジャンの後ろに立っていた男が、洞窟の区切られた小部屋になったような奥の空間に担いでいた少女―――クリアを降ろした。
「んが……」
クリアはまだ眠っている。
男はクリアをじっと見つめると、その手にはめられた指輪に目を留めた。
「高そうな指輪してんな、こいつ」
シンプルなものから細かい装飾のついたもの、宝石のような石がついたものなど、両手で合わせて五個。よく見ると袖に隠れて腕輪もいくつか着けており、服の中にネックレスも着けている。髪を除けると耳には多くのピアスがついている。
「……なんか……服の系統と、違うんだな……女のオシャレはわかんねぇや」
ぱっと見ではこんなにアクセサリーを着けているようには見えず、芋っぽいワンピースが目に付いたためただの庶民の娘だと思っていた。
だが、少し高そうなアクセサリーからして、実はそこそこ金持ちの家の娘なのかもしれない。
「おーいベイド?売り物なんだから傷つけるなよ一?」
「こんなガキに手え出さねぇよ!」
ベイドはさっと指輪一つを抜き取ると自分の懐に隠し、クリアから離れてビジャンとシュゼットの元へと戻った。
「でもほら、顔はちょっと可愛かっただろ?」
「俺はグラマラスな女が好みなんだよ。あいつまだ成人するかしないかぐらいじゃねぇか?」
「いやー、流石に成人はしてるでしょ。十八くらいじゃない?シュゼットはどう思うよー?」
「知らん。それよりお前らも早く移動の準備をしろ」
連れてきた女がそこそこ金になりそうなものを持っていたことを、ベイドは口にしなかった。いずれ気づかれることだし、今言えば自分が盗った指輪も差し出さなければならなくなる。
これは闇市で売って俺の金にするんだ、とベイドは密かに懐の指輪を撫でた。
+++
「んぅ……ふぁあ、あれ?」
どこ、ここ。家の床でもギルドでもない。というか地面土だし、壁も土だし、薄暗いし。……あ。
そうだ、捕まったんだった。焼き芋は買えないし、捕まって攫われるし、やっぱりもう一人で外出るのやめよう。
にしても、本当にどこだろう。すぼまった入り口っぽいところの奥から光が漏れているが、外の光っぽくはない。人の声が聞こえるからそこに私を攫った奴らがいるんだろう。
私がいる空間は私以外なーんにもない。見渡しても土!土壁!土!……人影?
奥の方にぼんやりと人影が見える。壁に背を預けるようにして立っているそれは暗くてよく見えないが、灰色のパーカーを目深に被っているように見える。
え?人?見張りとか?それとも、ゴーストとか?
じぃーっと目を凝らしているとだんだん暗闇に目が慣れてくる。なんか、人影がひらひらと手を振っている。……あ、近づいてきた。
はっきりと見えるようになった人影は私の前にしゃがみ込み、顔をのぞき込んでにやりと笑った。
「やっほー、クリア。来ると思った」
「……あ、リオじゃん」
にやにやと私を見下ろしてくる顔は、〈黄金の隕石〉メンバーのリオ・ベルーダ、その人だった。