十三話「遺物の性能」
ギルドの運営費は主に依頼の仲介料から徴収されている。
ギルドは冒険者協会のように一般人からの依頼を受けるほか、今回の討伐作戦のように協会側から依頼を受けたり、引き受ける冒険者を指名した個別の依頼も受けたりすることがある。それらの報酬からギルドの仲介料が引かれ、それが運営費としてギルドハウスの管理費やシーファ達事務員さんのお給金に使われる。
そしてギルドマスターをはじめとした幹部の冒険者達にも、運営費の一部が給料、というよりギルド管理に対する報奨金のようなかたちで支払われる。当然ギルドマスターともなればかなりの報奨金が支払われる……のだが、こんなに何もしていないのにお金をもらうのは心が痛むため金額はシーファと同じくらいまで下げてもらっている。
……いや、やっぱりこんなに仕事量に差があるのに同じ金額貰ってるっておかしいよね?もうちょっと金額下げてもらおう……
またそれに加えて、うちのパーティは依頼達成や素材売却による報酬はパーティの活動費を抜いて均等に七等分だ。これに関してもついて行ってすらいない依頼の報酬を私も受け取るのはおかしい、と良心に基づいて指摘したものの、全員金銭的に寛大なのか私に甘いだけなのか結局等分で支払われている。
つまり、こんなに何もせず過ごしているのにどこからお金湧いてんの?と言われればギルドマスターの報奨金とパーティ活動の報酬なのだ。
働いてないのにお金が入ってくるって最高だと思うじゃん?意外と、自分でもないと思っていた良心が痛んでつらいものがあるのよ……
とはいえ、私のお金の使い道は意外と少ない。
スイーツにはお金を惜しみなく使うが、それ以外は雑誌などの娯楽に少々、服やアクセサリーなどに少々、家賃などの支払いに定額……それくらいだ。
私が自衛のために大量に身に着け、所持している遺物は「遺物」というだけでかなり値が張るものばかりだが、「装備」という位置付けでお金はパーティの活動費から支払われるため、私の貯金はノーダメージだ。そこかしこにある魔道具も全てキースの手作りであるため無料。
つまり金銭的に優遇されまくっているのだ。金銭感覚おかしくなりそう。
「とりあえず使えそうな隠密系の遺物かき集めてみたけど……この中から必要そうなの持ってって」
「ありがとう、クリアちゃん」
……こんなに遺物を持っているが、別に盗んだり借金したりはしていないから安心してほしい。
保管庫から持ってきた遺物は十個前後。あとエプロンワンピのポケットから数個。隠密系といっても「魔力を隠すもの」「姿を隠すもの」「気配を隠すもの」など、その形から性能まで様々である。
隠密系は私がよく使う遺物だ。狙われれば、攻撃されればもう一瞬で死んでしまうため、いかに隠れるかが重要なのだ。ということでそこそこの数、かなりの種類が揃っている。
「魔力を、隠せるものがいいかな……四、五個は、借りたいんだけど……」
「それなら『隠密ローブ』と……『世界の片隅ごっこ帽』とか……あ、『死んだふリング』とかどう?」
「『死んだふリング』は、動けなくなっちゃうから、使えない、かな……」
遺物は一目見ただけではどんな能力を持ち、どんな特徴を持つ遺物なのか分からないことが多い。ある程度の系統があるとはいえ、詳細は発動してみないと分からない。それを調べるのは「遺物ハンター」達の仕事だが、キースが開発した魔道具でも簡単な性能調査ができる。
キースは魔道技師として、遺物にもかなり精通している。私が持っている遺物の性能は全てキースが調査済みで、彼の研究に活かされているのだ。
「じゃあ、この五個、借りるね……ありがとう」
「いやまあ、元はと言えばパーティの活動費で買ったものだからパーティみんなのものだよ」
むしろ積極的に使っていただきたい。
「そういえばさ、盗賊達がどうやってこっちの動きに気付いたのかは分かったんだけど、奴らはどうやって逃げてるの?」
「それは、たぶん……これみたいな、遺物だと思う」
キースが机に広げられた遺物を指さす。ああ、確かに。魔道具や探索魔法による追跡を逃れるために、遺物を使って隠れる。向こうも全く同じことをしてるのか。
「それなりの人数、隠れて逃げてるから……範囲型の、かな……」
「範囲型隠密系の遺物かぁ。私もあんまり持ってないし、珍しいけど」
この中だと『絶対見つからない領域ドーム』とかがそうか。……遺物の名称がひどいと思ったそこの君。私のネーミングセンスがひどいとかじゃないからね。
遺物の名前は《遺物ハンター組合》というギルドの元で遺物を登録する時に付けられる。遺跡から見つかった遺物は見つけたのが冒険者であれ他の誰かであれ《遺物ハンター組合》への登録が必須である。
よく見つかる『魔力弾銃』などのように、ほぼ同じ性能の遺物が登録されている場合はそれと同じ名前になるのだが、それ以外の場合は《遺物ハンター組合》で鑑定を担当した遺物ハンターが勝手に名前を付けて登録する。
つまり、このひどい名前は!遺物ハンターのネーミングセンスが死んでいるということに他ならない!私のせいじゃない!
かなりの確率で「これ絶対ふざけて付けただろ」みたいな名前の遺物もある。『死んだふリング』とか。
それはともかく、隠密系でしかも複数人に効果のある範囲型となるとかなり珍しい上に出回る場合は相当の値がつくのだ。
「……ボスを捕らえてみなければ分かりませんが何かしらの入手ルートがあるのかもしれませんね」
「ほんと、めんどくさい盗賊団だなぁ……」
「逃げられたら、次こそ、終わりだから……三日後、必ず、成功させるよ」
キースも曲がりなりにも星六冒険者。冒険者の中ではトップクラスの実力だ。彼が「必ず」と言うのなら、これほど心強いことはない。もちろん心配がないとは言い切れないが……きっと彼なら大丈夫だろう。
「がんばってね。私も応援してるから」
「……マスターも参加してくだされば話はもっと簡単なのですがね」
「……そんなことないよ……」
「クリアは行かないのか?じゃあ俺と決闘しよう!」
「いやしないよ?」
+++
シュゼットはこれまで、上手く盗賊団を指揮して生き延びてきた。
配下にした小規模な盗賊団をトカゲの尻尾に逃げ、小さな商会を隠れ蓑にして物資を手に入れる。拠点を転々とし、魔道具を使って常に周囲を警戒しながら見つかりそうになればすぐに遺物を活用して逃げ、立ちはだかる敵は殺してきた。
シュゼットは運が良かった。大きな後ろ盾を得ることができ、魔道具や遺物までも手に入れることができたからだ。
シュゼットは頭が良かった。素早く周囲の状況を見極め、適切なタイミングで拠点を移動し子分の盗賊団達を上手く使いながら生き延びるということをやってのけているからだ。
シュゼットは強かった。たとえ冒険者や騎士団共の手がシュゼットに届いたとしても、シュゼットを捕らえることはできなかったからだ。彼の実力はゆうに星五冒険者を超える。
各地を移動するなか、帝都にたどり着いた。
帝都付近は「盗賊狩りのギルド」が近づく盗賊を狩りまくっているとして盗賊の間では嫌厭されている。近くで活動しようものならたちまち見つかり討伐されると。
だがシュゼットには自信があった。自分であればそんな悪名高い「盗賊狩りのギルド」にやられることなどないだろうと。
ひとまず自分達は帝都付近の廃集落に潜伏しつつ、子分の盗賊団に目立たぬよう少しずつ活動させた。
するとものの数日で奴らに見つかり、一人も逃さず捕まってしまった。シュゼットも流石にここまでとは思っておらず、油断していた。子分から自分達の存在は聞き出されるだろう。彼は拠点の移動を決め、部下一人にその拠点を任せると子分の盗賊団を置いて他の拠点へと移動した。すでに協会の見張りがついていたため、『かくれんぼロープ』という遺物を使って数十人ずつ、三回の往復を経ての移動だった。
部下がその移動先にのうのうとやってきたのはその翌日だ。
愚かな部下は囮のために半殺しにして置いていき、すぐさまその場を移動した。部下の足取りを追ってその場所は割れている可能性が高かった。
「流石に子分が減りすぎたな。帝都からは手を引くべきか……」
正直シュゼットも逃げ回るのは嫌いだ。だが盗賊として長く生き延びるためには引き際を見極めることが重要である。
ここまで追いかけられて何もしてやれずに手を引くのは癪だったが、ここで油断をする訳にはいかない。こちらの人員は限られているが、冒険者は腐るほどいるのだから。
「出発の準備だ。帝都を離れる。出発は三日後、この拠点はそうバレないだろうが、行動は早いに越したことはない」
いくら奴らの鼻が利いても、この場所は分かるまい。
ほとぼりが冷めるまでこの拠点に潜伏していても良いが、それだと物資が持たない可能性もある。何よりどんなに良い拠点だったとしても、「仕事」がやりづらいならばさっさと他の場所へ行ったほうがいい。
「頭領、帝都内にいる連中はどうします?」
「ああ、戻って来るように……いや、連絡を入れてから遺物持って迎えに行け」
魔道具に不審な反応はない。だがそろそろこちらの手の内もバレてきているはずだ。シュゼットは万全を期すため遺物を最大限に使用するつもりだった。拠点への出入りの際には必ず遺物を使い、拠点の外に気配を漏らすことは決してしないようにした。
移動の準備は整いつつある。
あと三日、それでシュゼット達の勝利が決まる。