十二話「隠密の遺物」
ガンガンと休憩室の扉を叩き始めたギルを放置しておくわけにもいかず、執務室に戻ってみんなでクッキーを食べた。
「んむ」
クッキーを口にたらふく詰め込んだギルが扉の方を振り返る。すると控えめなノックが聞こえた。
「どーぞ?」
「し、失礼します……」
誰かと思えばキースじゃないの。どことなく疲れているように見える。まあ討伐隊の隊長だもんね……こんなことになったらそりゃやる事も増えて大変だよね……
これだから大人数の討伐作戦とか、指揮するとか嫌なんだよね……
「お!キース!ただいま!」
「あ、ギルくん。おかえり……」
入り口に立ったままもじもじしていたため、シーファを私の横に移動させて私達の向かい側にキースを座らせた。なんせでかいからね、キース。
「あのなー、強いのがいっぱいでなー、楽しかった!」
「そっか……怪我は、してない?」
「しない!」
キースは私達の二つ年上だ。私達のパーティに勧誘した時に冒険者に登録したため、冒険者歴としては私達の方が長いが、年長者として、まともな常識人としていつもパーティの面々を気遣ってくれている。もう一人、リオもキースと同い年なんだけどね……あの人がある意味一番の問題児でもあるし……
「あれ……ユーリスくんが、リオも帰ったって、言ってたけど……」
「どっかいった!」
「ほんとにどこいったんだろうね」
パーティメンバー達は大体帰還すると真っ先に私の元へ来る。帝都に滞在している時も、それぞれかなり忙しく過ごしているものの時間を見つけてはここの執務室でダラダラしたり、ギルドハウスの訓練場で鍛えていたりしている。
ちなみにギルドマスターの執務室は本来、基本的には幹部以外のギルドメンバーは入室禁止である。入るには事前の許可が必要……だがうちのパーティは誰一人守ってない。キースとユーリスは幹部だから良いんだけどね。君は駄目なんだよ、ギル。
「で、キースはどうしたの?」
「あ、うん……まず、今後の討伐作戦について、共有を……」
再討伐は三日後。それまでに協会の偵察部隊とキースやユリエラさんが総力をあげて盗賊を捜索する。逃げられたのは今朝だ。そう遠くへは行っていないだろうということで、スピード重視の作戦となった。
当初よりも盗賊団の人数や戦力は二回の討伐で減っているため、討伐隊も再編成してより精鋭の者数十名によるものにするそうだ。
「なんだそれ!なあクリア、それ俺が行っていいやつか!?」
「えー、だめ、かな?キースに聞いて」
「キース!俺も行きたい!」
「えっ、えと、考えとくね……」
ガバっとギルが立ち上がって叫ぶ。
話をきく限り連携がかなり重要になってくる作戦だろうから、たぶん君の出番はないよ、ギル。
「それで……クリアちゃんに、一つ、お願いが……」
え?何?私にですか?
この件に関して私にできることなんてありませんよ??
「あの、いつも使ってたみたいな……「気配を遮断し存在を隠す遺物」、あれを、貸して欲しくて……」
あぁ、『神隠しの鏡』とか『隠密ローブ』とか?
遺物の性能は本当に多種多様だ。シュウくんが持っていた炎が出る剣のような武器になるもの、今回キースが必要としているような戦闘に役立つ道具になるもの、他にも『魔法の絨毯』や『全自動靴磨き機』、『動物翻訳機』などなど、役に立つものから役に立たないものまであらゆるものが発見されている。
どれも魔力を動力にしていること、遺跡から見つかること、どういった原理になっているのかほとんど分からないことだけが共通点だ。
魔力を消費するため魔道具と混同されがちだが、魔道具は動力が魔力である機械といった方が適切であり、魔道回路によって発動されるからどこをどう変えれば何が変わるかがはっきりしてしおり原理が理解できていないと製作も困難であるから云々……キースに長々と説明されたことがあるがとにかく、原理が分かり人の手で作り出されるものが魔道具だ。遺物の性能を模倣した魔道具なんかもあるが、その内部構造は全く異なる。
「気配を遮断し存在を隠す」となると魔道具で高度なものを作り出すのは難しい。創作魔法による再現も難易度が高いだろう。となると、遺物に頼るしかない。
「もちろんいいけど……許可認定もらってるのだけね」
気配遮断や隠密系の遺物は悪用すれば何でもできてしまうため、所持には協会、《遺物ハンター組合》、騎士団の許可がいる。まあ強力な遺物であればよくあることだ。違法に所持・使用すれば重罪……とはいえ、遺物なんて強いものは滅多に見つからないといっても遺跡にさえ行けば誰でも入手可能なんだから完全に規制することは不可能である。
犯罪行為に使えるような強い遺物はそもそも発見、流通している量が少ないため遺物を使用した犯罪というのは少ないが、届け出のない遺物の違法所持くらいはザラにあるのだ。……私もいくつか持っている。
「何に使うおつもりですか?」
「え、えっと……その、盗賊が、こっちの動きに、気づく理由……「探知系」の魔道具を、使ってるんだと、思うんだ」
「でも、偵察部隊の人達だって気配や魔力を隠すことはしてたでしょ?探知されちゃったら偵察の意味ないし」
「ですが完全に隠すことは自力では不可能……」
「……うん。たぶん、相当性能の良いものを、持ってる」
「魔道人形を持っているなら、その可能性も十分にある、ということですね……」
えー。たかが盗賊団が?
いくら大人数で個々の能力も強そうだと言っても所詮は盗賊団。奪ったものを闇市で売り払ったとて金銭面は苦しいだろうし、裏ルートで出回っている魔道具なんかはその分ものすごく高い。そうやすやすと手に入るものではないのだ。
つまり、今回の相手は普通の盗賊団ではない……やだね、ほんと。
「遺物なら、魔道具を凌ぐ……悔しいけど……だから、遺物を使って捜索、逃げられないうちに、一気に……叩く」
残念ながら、魔道具の技術は遺物の性能をいまだに超えられていない。世界が創り出した不思議な道具を人の手で模倣することはできても、改良することは難しい。
最強の遺物の矛と最強の魔道具の盾を競わせれば……壊れるのは盾だ。
「保管庫から見合いそうなのあらかた持ってくるね。ちょっと待ってて」
「あ、ありがとう……!」
私にできることならできる限り協力しよう。
私だって、いじわるで討伐に行かないんじゃなくて役に立たないだけだからね……早く解決してもらって心労を一つ減らしたい。
「なあなあ、俺も連れてってくれよキース。俺、盗賊倒すの得意だぞ?」
「う、うん、考えとくから……」
話のあいだずーっとキースの周りをウロウロしていたギルがキースの肩を掴んで揺らす。
勝手について行こうとしないのは偉いけど、このしつこさはどうにかならんかね。