十一話「【剣鬼】」
「え?討伐作戦が中止になった?」
日はさらに過ぎ、翌日。本来であれば明日、二度目の盗賊団討伐作戦が行われるはずであった。前回の討伐作戦から三日で再討伐という何とも迅速な対応ではあるが、盗賊を一人泳がせているため早いに越したことはないだろうという判断だそうだ。
それがなぜ中止になったのかというと。
「はい、今回向かうはずだった拠点がすでにもぬけの殻だったようです」
「情報が漏れてたってこと?」
「そうとも考えられますが……そもそもキースさんが追跡していた盗賊は今朝の時点でその反応が途切れていたようです。それに拠点の方はもぬけの殻とは言い表しましたが、前回のように数十名かの盗賊が残っていたため協会の偵察部隊と処理班が対処したそうです。余裕があった行動のようには見えないので、奴らがこちらの作戦に勘付いたと考える方が妥当かと」
えぇー。じゃあ今回の盗賊はだいぶ手強そうな上に手がかりもなくなっちゃったってこと?やばいじゃん。 ガルスさん頭抱えてるんじゃない?
たとえ盗賊達が帝都近郊から離れていたとしても、一度冒険者を収集して大規模な討伐を試みた以上そのボスを逃がしたとなれば冒険者協会の名に傷がつく。ガルスさんももう後には引けない。それは大変だと思うんだけど、そのイラつきをこっちに向けるのはやめてほしい。誰かガルスさんや私のためにさらっと盗賊のボス捕まえてきてくれないかな。
「あ、それと、これは朗報なのか分からないのですが」
え、何?その前置き。ちょっと怖いんだけど。
「〈黄金の隕石〉の―――」
バーン!と扉が壊れそうなほどの力でノックもなしに誰かが執務室へと入ってくる。
「クリア!ただいま!!」
所々跳ねた黒い短髪にギラギラと光る赤紫の目。鍛え抜かれ引き締まった身体と腰にささった一本の剣。ニッコニコで扉を壊しかけた彼は我がパーティの剣士、星七冒険者の【剣鬼】ギルベルト・ゼンである。
「あー、おかえりギル」
……なるほど、シーファの言いたかったことが分かった。
ギルは上機嫌にドスドスとこちらに近づいてくると迷うことなく私の隣へと座った。テーブルを挟んで私とギルがシーファに向き合うかたちだ。
「え、一人で帰ってきたの?」
「いや?リオも一緒だったぞ!」
「じゃありオはどこに?」
「どっかいった!」
そうですか。
「ギルベルトさん、協会へ帰還報告には行かれましたか?リオさんが行っているなら良いのですが」
「行ってない!リオもたぶん行ってないな」
さいですか。
ルンルンと身体を揺らすギルに合わせてソファがギシギシと音を立てる。
ギルは非常に優秀な剣士だ。冒険者ランクは星七だが、彼と正面から戦うとなると銀月でも苦戦するだろう。彼の才能は凄まじく、たったの六歳にして近所の騎士のお兄さんにお手上げと言わしめ、帝都最強の剣士と言われていた元【剣王】のもとに弟子入りしたかと思えば半年で一番弟子へと上り詰め、あまりのお馬鹿さにその一年後破門された。
お隣さんの幼馴染としてずっと彼のことを見てきたが、本物の天才とは彼のような人のことを言うのだと思う。
「……どうせ二人とも報告には行かないでしょうから、連絡は私の方から入れておきますね。今回帰還なさったのはお二人だけですね?」
「おう、「お前らもう邪魔だから帰ってなよ」ってユーリスが」
厄介払いされてるじゃん。君達二人ともすぐに問題起こすから。
「他のメンバーの帰還は遅れると連絡がありました。一緒に行っていたスピカさんもですね」
あら、スピカも一緒に行ってたのね。
〈黄金の隕石〉は私を含めて七人のパーティだ。働かない一般人系パーティリーダー【金星】 クリア・マギナ、戦闘もできる魔道技師【魔闘技師】キース・マルセル、剣の鬼才【剣鬼】ギルベルト・ゼン、パーティのサボり魔にして何でも器用にこなすシーフのリオ・ベルーダ、可憐で軽やかな秀才のシーフ兼剣士【月詠花】メル・ベルーダ、パーティの副リーダーにして何でも治す神官【星影】ユーリス・セブン、どんな魔法も使いこなす世話焼き魔道士【流星群】アンナ・フィオーラ。
今回は私とキースが行かなかったため、一応の埋め合わせとして星五冒険者のスピカを誘ったんだろう。彼女は占いが得意な占術師であり、攻撃魔法こそ苦手だが補助魔法などもできる魔道士でもある。
「あのな、クリア!強い魔物がいっぱいいたんだ!帰りもな、いっぱい戦えて楽しかったぞ!」
「そっかー良かったねぇ」
彼は戦うことが大好きだ。いわゆる脳筋の戦闘狂だが、お馬鹿で素直な分言うことは多少聞いてくれるため手に負えないほど暴走することは少ない。戦い始めてしまえば制止はきかず、協調性もゼロだが。
「クリアも来れば楽しいのになー。次は一緒に行こうな!」
「いやー、まあ考えとくね」
行かないけど。君達が普段行くような遺跡や討伐に行ったら私は秒で死ねる。幼馴染の無様な死に際を見たくなかったら連れて行こうなんて考えないでね。
「……マスター、ちょっと」
「何?どしたの?」
何やら考え込んでいたシーファがちょいちょいと呼ぶのでギルを置いて執務室隣の休憩室へと移動する。
「あの、ギルベルトさんを討伐隊に加えるのはいかがでしょうか」
「え!?あれを?協調性ゼロだし戦い始めたら誰にも止められないよ?」
「ギルベルトさんの戦闘に対する嗅覚は非常に優れていいます。拠点の近くまで行ければその位置を特定することもできるでしょう。……戦いは頑張って我慢してもらって……」
まあ、確かにね……
まだ私に連絡手段がない頃、私が攫われた時はいつもギルが見つけて助けに来てくれた。「戦いのにおいがする」とかなんとか言って。戦いが好きすぎて、戦えそうな敵や獲物の気配が遠くからでも分かるらしいのだ。
「でもそれならリオの方が良いんじゃない?一応シーフだし」
「参加してくれると思いますか?」
「……しないだろうねぇ。連絡取れるかも分かんないし」
リオは大層な気分屋の自由人だ。気が乗らないことはしない、強制されることは大嫌い、できる限り働きたくないというサボり魔だ。ただ何でも卒なくこなし、できないことは何もないという天才であるため、どうにかやる気さえ出させればとても頼りになる。
そしてこういった大人数の共同作戦は彼の嫌いな類である。
「そもそもさ、次の作戦も相手に気付かれちゃったらまた逃げられちゃうじゃん?一回目の時とかどうやって気付いてどうやって逃げたんだろ」
三番隊隊長ユリエラ・リッヒさんのような探索魔法は「強い魔力を探知する」ことと、「自らが発した微弱な魔力に対する反発を感知する」ことで敵の居場所や強さをはかる。魔力の探知は言わずもがなその発せられている場所、強さの程度によって相手の魔力量が分かる。反発の感知は主に「魔力強化」をはかるためだ。反発が弱ければ「魔力強化」も弱く、強ければそれだけ「魔力強化」により身体が強くなっているということになる。
協会の偵察部隊が盗賊を見つけた場合、探索魔法などの探知に優れた者達が絶えず交代で見張っているはずだ。優秀な彼らが敵に見つかるようなヘマをするとは考えづらいし、彼らの目をかい潜って逃げるのも容易なことではない。
ただ偵察部隊が優秀とはいえ敵に気付かれないほど遠くからとなると敵陣全体の大まかな強さをはかり、魔力の総量や拠点の様子の観察から人数を予測するしかない。あれほど正確に探知できるユリエラさんはかなりすごいのだ。
「どう気付いたかは分かりませんが、逃亡に関しては拠点から囮用の魔道人形が見つかったそうです。囮で人数の変化を誤魔化しつつ、何らかの隠蔽手段を使って偵察の目を盗んで逃げたのでしょう」
「魔道人形って……あれ規制かかってから入手がかなり難しくなったよね?」
魔道人形とは探索魔法を欺くために作り出された魔道具で、上部に魔力を溜めておける石が取り付けられており本体は魔力抵抗の強い素材を使うことで「魔力の探知反応」「反発の感知反応」共に再現することができるという代物だ。このような犯罪組織による悪用が後を絶たなくなったために帝国の法にて販売と所持が規制された。
「裏の市場ではいまだに流通していますから、今回のような大規模な盗賊団であれば所持していてもおかしくはありませんね」
まあとにかく手強そうな盗賊団ということか。これは確かに何かしらの策を講じなければこのままずっと追いかけっこを続ける羽目になりかねない。
協会も時間や経費、そして体面への懸念から、これ以上作戦を長引かせるわけにはいかないだろう。
「クリア!俺が聞いちゃだめな話なのか?なあ、クリア!」
……だからといってあの我慢が苦手な戦闘狂を放り込むのはやっぱり危険だと思う。