九話「異常と逃走」
キースの掛け声で始まった討伐作戦。何事もなく無事に終わるのか、それとも……
突入の指示に、冒険者達が一斉に動き出す。カーラのいる一番隊は《新星》の者が多いため、慣れた様子で各自役割通りに動いている。
まず素早く動けて隠密行動も得意なパーティやシーフジョブの者達が駆け出し、先陣を切る。それに続いて機動力のある者や接近戦闘に優れた者達、魔法使い、サポートと、ある程度の陣形や順番を保ちつつ拠点へと乗り込んでいく。カーラは剣士達の後ろの方、魔法使い達の前あたりにおり、キースは戦況把握のために最後列にいた。
拠点は数件の小屋があるだけの小さな廃集落とそのすぐ後ろにある丘の内部にできた洞窟である。もともと協会や帝国騎士団も警戒し見回りをしていた場所ではあったが、今回は周到に警備の穴を突かれたようだった。
「各自パーティごとに小屋へ突入!残党がいないかキースさんの連絡には注意を払って!」
一番隊は集落側を半円に囲むようにして突入し、二番隊は丘から洞窟へと突入する手はずになっている。
一番隊はそこからさらに分かれて各小屋へと突入、制圧した後洞窟へと向かう。キースは魔力探知の魔道具を使って敵の場所を確認し、指示出す役割だ。
カーラがパーティメンバー達と共に飛び込んだ小屋には、三人の盗賊が武器を持ち座っていた。
「ハハ、待ちくたびれたぜ」
盗賊が立ち上がりざまにふるった剣を弾き、横からパーティの剣士であるベイルが斬りかかる。
「バインド!」
一足遅れて小屋へと入ってきた魔法使いのシーナが他二人の盗賊を拘束し、カーラがすぐさま武器を取り上げる。小屋の外から見張っていた神官のアルマが拘束具を取り付け、三人の盗賊はあっけなく捕らえられた。
「〈深紅の焔〉三人の盗賊を拘束、小屋の制圧完了。キースさん、何か様子がおかしいわ」
カーラが小屋を出てキースへの報告を行う最中にも、他の小屋からは肩透かしを食らったような顔の冒険者達が出てきていた。
事前の報告では盗賊の数は討伐に参加する冒険者と同数かそれ以上程度、個々の強さにしても平均で星二、最悪星三か星四程度の強さの者もいるだろうと言われていた。しかし、カーラ達が相手にした盗賊達ははっきり言って星一の実力もないほどだった。どうやらそもそも小屋の中に誰もいなかったところもあるようだ。
『うん……と、とりあえず、盗賊達は外にまとめて、見張りを……〈深紅の焔〉とバルダンさんと……〈虫の息〉にも、お願いします……。他は、作戦通り洞窟に、向かってください』
廃集落の中心付近で魔道具とにらめっこをしていたキースはそう言うとカーラ達の元へと近づいてきた。
「そ、外は……ま、まかせます、ね。えっと……何か、あれば、すぐ連絡を……僕も……気を、配っては、おくので……」
「ええ。外は任せて。キースさんも何か指示があればすぐに連絡を」
ひかえめにコクリと頷くとキースは冒険者達の後を追い洞窟へと走っていった。
捕らえられた盗賊は二十人弱といったところだ。いくら洞窟内が拠点の中心とはいえ、報告を受けていた規模からすればあまりにも人数が少ない。
「これも想定内なの?マスター……」
カーラは盗賊達を睨みつつ、周囲の警戒を強めた。
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「くちゅんっ」
あれ、まーた誰かが私のこと話してるよ全く……
いや、昨日髪を乾かさずに本読んで寝落ちしたから風邪引いたのか……?
「でも大丈夫!!このプリンは栄養素満点なコカトリスの卵を100%使用しております!!」
「え、どうなさったんですかマスター」
「あ、なんでもないよ」
美味しいのに健康にも良いって最高だよね。
ちょっと討伐の様子を聴いてるだけなのが退屈になってきて気が逸れたが、それだけ討伐作戦も危ない場面なく進んでいるということで。
「案外順調そうだね」
「そうですね。一番隊が洞窟の方へ加勢に向かいましたが、三番隊隊長のリッヒさんによれば盗賊の数や戦力は集落の方と同じく偵察時よりも少なく、現時点でほとんど捕らえられているようなので、あまり心配しすぎなくても良いかもしれませんね」
「でもさ、事前の調査よりも少ないってことは今回だけで終わらないってことだよね」
そう、作戦が順調なのは非常に良いことなのだが、盗賊が少ないということは今回で捕らえなった残党を探し、再び討伐をしに行かなければならないのだ。面倒極まりない。
「もう一回ってなっても……うちは参加しなきゃだめかね……」
「駄目でしょうね……」
そうかぁ……やだなぁ……
いや私は絶対に行かないけどね。心配はするから。
「今回冒険者協会は大変でしょうね。それなりの人数を動員したので費用がだいぶかかっていますし、また調べ直しとなると時間もかかりますから」
「うわぁ。なんか、またガルスさんに理不尽にキレられる気がする」
「彼が怒るときはいつもマスターに非があると思いますけど……」
「そんなわけ……ないよ、多分」
私は常に誠実に生きている善良な市民なんでね。そんな、冒険者協会の偉い人に怒られるようなことなんて、そんなそんな……少なくとも身に覚えはないです。
『ク、クリア!クリア!』
「わ、え、何シュウくん?どしたの?」
『と、盗賊がこっち!来るって!』
「まあ、まあまあ落ち着いて」
「シュウさんの通信機から三番隊隊長からの通信も繋ぎましょう。シュウさん、作戦用の通信機の上下ボタンを同時に長押ししてください」
とりあえず気を張っておく、しか仕事がなかったシュウくんは連絡こそ繋ぎっぱなしだったが完全に黙っていた。それが急に騒ぎ出すんだもの、びっくりしちゃったよ。
『……繰り返します。盗賊一名が南方面へと逃走中。付近で待機中の冒険者は戦闘に備えてください。盗賊は街道へ向かっていると思われます。位置を逐次共有しますので、耳を傾けるようお願いします』
あんらぁ。逃げ出した一人がまっすぐにシュウくんの方へと向かってるのね。運悪いなあ。
「ユリエラ・リッヒさんの探知能力は非常に優れているので、恐らく敵の強さや味方との能力差もかなり正確に把握してらっしゃると思います。リッヒさんが引けと言わない限り、シュウさんが太刀打ちできないほどの敵ではないと考えて良いでしょう」
「だってさ。ちゃんと指示を聞いてれば大丈夫だよ」
まあ一つ心配なのは、まだ星一のシュウくんにはこんな大規模な討作戦の経験があまりないことだ。
『シュウ・ケーネスさん、聞こえますか?あと二分弱ほどで盗賊と鉢合わせます。戦闘の準備をお願いします』
『え!?あ、これ声ってどうやって……』
「通信機の下のボタンを二回押してください」
『えっと、シュウです、聞こえてますか?』
『はい、聞こえてます。シュウさんから見て北北東あたりから一人、盗賊が来ます。恐らく魔道士ではなく戦士系だと思われます。魔力強化はあまりされていないようなので、そこまで強くはないはずです。一応付近の冒険者も向かわせますが、シュウさんなら大丈夫ですよ』
『は、はい……』
すっごく緊張してそうだなシュウくん。最初連絡入ったときも過剰に慌ててたし。
元々自分のランクよりも上のランクが求められていた作戦だ。格上の敵に緊張しない方がおかしい。それに、ここで自分が盗賊を逃したら参加している多くの冒険者に迷惑がかかると思っているんだろう。
リッとさんもそう考えて「大丈夫」だと付け足して安心させようとしたのだろう。
「……シュウくん、その盗賊、見逃してもいいんだよ」
『……え?』
でもそんなこと言われたって怖いもんは怖いし、そんな責任押し付けないでほしい!
シュウくんは所詮冒険者になって日が浅い。果敢に命を捨てに行くような覚悟はできてないだろうし、正直何も考えず逃げ出したいはずだ。私だったらそうする。
それにこの討伐作戦にシュウくんを無理やり参加させたの私なのに、それでもし死なれたりでもしたら罪悪感がすごい。
「不安なら無理に戦う必要はないよ。シュウくんはまだ星一だしね」
『え……確かに捕まえられるか自信はないけど……』
「こっちの声をリッヒさんに届けることってできる?」
「はい、シュウさん、こちらと繋いでいる通信機の上下ボタンを同時に長押ししてください」
ほんと通信機の操作って難しすぎてわっかんないよね。
……じゃなくて。
「どうもすみません、ワタクシ《新星の精鋭》のギルドマスターやってる者なんですけども」
『えっ、あ、《新星》のギルドマスターさんですか。お世話になっております』
「突然すみませんね、あのぉ、シュウくんの方に来てる盗賊ってそのまま逃がしてもいいですかね?」
『えっと……はい、《新星》さんがそう言うのなら大丈夫だと思いますが。マルセルさんには確認を取った方がよろしいですか?』
「いやたぶん大丈夫……やっぱり一言報告入れといてもらってもいいかな?シュウくん!すぐに街道の反対側に移動して隠れて!」
『えっ、はい!』
キースなら分かってくれると思うからたぶん大丈夫……うん。駄目だったら全責任は私にあるということで。
……いやちょっと待って、私に責任なんてとれないよ、私にできることなんて何もないよ。どうしよ。
「マスター、いいんですか?」
「……まー、いいよいいよ、どうせ一人でしょ?大丈夫大丈夫。それに、キースの魔道具とかで追跡もできるんじゃないかな、たぶん」
『もうまもなく盗賊が街道へ到着します……西方面へと逃亡しました。《新星》さん、付近の冒険者に追わせますか?』
「いや……一応作戦の途中だし、それよりもシュウくんの方に人向かわせてあげてほしいな」
これ以上作戦をかき乱す訳にもいきませんので……
『承知しました。〈幸運を呼ぶ星〉は南西方面へと向かってシュウ・ケーネスさんと合流してください。繰り返します、〈幸運を呼ぶ星〉は……』
▷▷▷
コロンと並んだ卵の殻が二つ。
討伐作戦はその後は大きなトラブルもなく、冒険者側は軽い負傷者が出ただけという少ない被害で終了した。ただし、課題を多く抱えたまま。
『クリアちゃんが、逃がした盗賊は、えっと、僕の広範囲特定魔力追跡装置で、追ってるから……』
「ありがとうキース、仕事増やしてごめんよ……」
『いや、クリアちゃんの、お役に立てるなら……』
一つめは私がシュウくんに逃がしていいよぉ!と無責任に言った盗賊である。案の定キースが広範囲なんたら装置で追跡できるようだったから良かったものの、まじで完全に逃がしてたら協会からものすごく怒られてたかもしれない。こわ。
そして二つめは異様に数が少なく弱かった盗賊達の「どこかにいるはずの残り」である。
『えっと、とりあえず、捕まえた盗賊達は、騎士団の方に、引き渡すみたい……あの、協会の人が言うには、また話きくかもって……』
「あー、うんわかった……え、私に?」
なんで私?今回別に討伐に参加したわけでもないのに。話ならキースに聞きなよ私何も分からないってば。もう私を巻き込まないでよ。
ただでさえもう一つの件で頭が痛いのに。
『マスター。お時間よろしいですか?』
「あぁ、シーラ。大丈夫だよ」
『あの、シュウ君に声をかけてあげてもらえませんか?ずいぶん落ち込んでて……』
「分かった。シーラもありがとうね、シュウくんと合流してくれて」
『いえ。では、代わりますね』
そう。私がそう指示したとはいえ、シュウくんが盗賊を逃がしたのは自分が弱かったせいだとかなり落ち込んでしまったのだ。もともと無理やり参加させたのも私だから、シュウくんは完全に被害者なんだけどね……
「おーいシュウくん、ごめんね、今回は全面的に私が悪かったよ。本当にごめんなさい」
『いや、俺が……俺が弱かったのが全部悪いんだ。
クリアにもキースさんにも迷惑かけて……』
「いやいや本当に、そんな自分のせいにしようとしないで。そんな気にしなくていいんだよ」
どうしょうかなぁ。帝都に来たばかりの将来有望な冒険者が、これがきっかけで辞めちゃったりでもしたら心が痛すぎる。
「とにかく、まだ討伐も完全には終わってないし。反省は全部終わってからにしよう。ね?」
もう誰かぜーんぶぱぱっと解決してくれないかな。