一瞬の煌めき
このサイトの使い方がまだ全くわかっていないので温かい目でご覧ください。
1杯目のレゲエパンチを飲む君の顔はもうすでに赤くなっている。
「咲さん本当にお酒弱いなあ」
揺れる大きめなピアスを眺めながら呟いた。
僕たちは1年前に別れた。
今、隣で髪を耳にかけながら話す人はいわゆる元カノだ。
初めはバイト先のショートカットが似合う3つ上の先輩、明るく誰にでも気さくに話す先輩に僕は一目惚れだった。僕らの関係がスタートしたのは大学1年生の冬。高嶺の花だと思っていた先輩から連絡が来たときは心が躍った。充電器を代わりに返しておいてくれ、とパシリまがいではあったが、先輩から連絡が来ただけで嬉しかった。会話は弾みそれから毎日連絡を取り合った。バイトで起きた話や今日の出来事、夜中にお互い酔ったまま電話をしたこともあったし、シフトが被った日はLINEの話の続きをした。そんな取り留めのない日々を過ごした数ヶ月後、僕たちは付き合った。バイト先には隠しながら付き合ったハラハラは何ににも変えがたかった。
4月、先輩が社会人になり、僕も大学2年生に進級した。初めは相手の生活リズムに合わせてお付き合いをしていたが、だんだんと歯車が噛み合わなくなってくる。疲れすぎて週末は家で寝たい、と言われ会うのは多くて月に2回。あんなに早かったLINEも半日こないと思ったらインスタのストーリーは足跡がついている。しかし僕はそれでもよかった。彼女と一緒に日々を過ごせるだけでよかった。しかしそんな狂おしいほどの一途な愛が僕たちに終止符を打つ。
「私と付き合わせてるのが申し訳ない。」
僕は何も言えなかった。
僕たちの関係は2度目の春を待たずして終わった。
あれからもう1年。久々に会った先輩は相変わらずの笑顔を輝かせ、僕が似合うと言い聞かせた金のピアスを耳から下げている。髪は肩まで伸び、スカートの裾と同じように揺れている。久々に先輩の隣を歩けることに胸が高鳴る。
居酒屋で僕たちは出会った頃のようだった。最近の仕事の話や、バイトで僕がバイトリーダーになった話、膝を骨折した話に、先輩が好きなゲームセンターの話。僕は心の底から今という瞬間を楽しんだ。
時刻は23時前、明日も仕事の先輩を思うと、この楽しい時間ももう終わりを迎える頃だ。先輩がトイレに席を立っている間にお会計を済ませるのは付き合っていた頃からの癖だった。2人で店を後にし、駅の改札へと向かう。シンデレラの気持ちも今じゃわかる気がする。
いつもはこのまま一緒に電車に乗り込み家の前まで送り届けていたが、もうその必要もない。
改札の前でそれじゃあと言い、僕が背中を向けると先輩が口を開く。
「やっぱりお金悪いよ、せめて半分返す。」
振り返ると悲しげな顔が僕を見つめていた。
「いいよ、今日は俺から誘ったんだし。」
「でも私もう社会人だよ?流石に学生に奢ってもらうのは、、」
「そしたらもし次会うときは社会人さんにご馳走になろうかな。」
時刻は23時過ぎ、終電を逃すまいと人々が駅のホームに次々と雪崩れ込む。
「でも次はないかもしれないよ、、」
俯きながら小さな声で先輩が呟く。
「知ってる。今日はそのつもりできたし。」
少し間が空いた後、僕は先輩に歩み寄る。
動揺したときに目を見開きながら少し右下を向く君の顔が僕は好きだった。
鼓動が速くなる。もう魔法が溶ける時間だ。
「実はね、咲さんに新しい彼氏ができたことは知ってたんだ。友達から聞いてたし。逆に誘っちゃってごめんね。」
目頭が熱くなる。お酒のせいなのか、それとも12月の寒さのせいなのか。
「今日は自分なりに見切りをつけるために会いに来たの。自分勝手で本当にごめんね。別れた日、咲さんがまた気持ちに余裕ができた時に連絡していいかって聞いてきたよね。その言葉に自分はどこか希望を見出してた。もしかしたらって。淡い期待だってわかってはいたけど、それでも縋り付いてた。だけどもう待つのはやめる。咲さんには、社会人には社会人なりの生き方があって、学生には学生なりの生き方がある。ようやくそれに気付かされちゃった。」
先輩の目も赤くなっている。理由は聞けない。
「だからこれでもう最後にしよ、彼氏さんには本当に申し訳ないことをしてしまったってわかってる。会わない方がいいし、もう会えないよ。」
もうすぐ先輩の終電が到着する。オレンジ色のいつもの鈍行。
「全部俺のせいだから、本当にごめんね。」
顔は見れない。わかったと一言だけ残し、先輩は改札の人混みの中へと消えていった。一度も振り返ることはなく。これでよかった、
駅のホームで座りながらダウンに顔を埋める。風がすり抜け、鼻先が赤くなっていくのを感じる。なんとなくで聞いている音楽もただの雑音でしかない。
呆然と電車を待っていると携帯に1通のLINEが来る。
「今日は私が来たかったから来ただけ。」
返事を送ろうかとも思ったがトーク画面をそっと右にスライドし携帯を閉じた。
長い人生における一瞬の煌めきを見せてくれたことに僕は心から感謝した。
短編っぽくしたかったので余裕があれば長編にしてみようかなと思います。