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タイトル未定2024/10/16 09:58

ザライとの謁見を済ませて皆が毒気を抜かれた様に落ち込んでいた。あてがわれた部屋へ戻るピースにカリオン王子が声を掛ける。

「元アイルデン領大隊長でしたか。私は王子カリオンです。」

「私は罷免になった身です。辺境の見廻りに出掛けた際に不覚にもグレイドン兵士に大隊ごと捕らえられてしまいました。私はその時の不手際に寄って大隊長の身分を解かれています。その当時に捕虜になって今も捕らえられている者がアイルデンの兵士には数多く居るのです。」

「それは知りませんでした。」

「兵士である父や兄を捕虜に取られた家族はグレイドンとの戦に反対しています。早く降伏して捕虜を返して貰いたいと考えている様です。実際はラメイアが降伏したところで捕虜が帰って来る可能性は低いですが。」

「なるほど。アイルデン領が城に援軍を出さない理由はそれですか。」

ピースは頷いた。

「ザライ様はレイナス王子からの直接の援軍要請が無いのにお怒りの様ですね…」

カリオンはレイナスが負傷して療養中だと言っていなかった。それに話が至れば自ずとカリオン王子の部下がレイナス王子に剣を向けたと言わざるを得ない。そう聞けば誰もがカリオン王子が部下を使ってレイナス王子に危害を加えたと思うだろう。

カリオン王子は話題を変え、セイに聞いた。

「結晶石があれば術を掛けられるのか?」

「はい。」

「でもザライ殿は結晶石は渡さないと言われましたね。保管場所を知っていて敢えて我々には渡せないという意味でしょうか?」

「ならば探し出すか。」

「期限が迫っています。」

「セイ、いつまでに探せば良いのだ?」

「明後日の建国記念日までです。」

一瞬全員に沈黙が落ちた。

「建国記念日に術を掛ける…他の日では駄目なのか?」

「はい。駄目です。」

「ならば急ごう。私は昔の同僚に当たってみる。」ピースが言った。

「私はもう一度ザライと話そう。結晶石を探す事も急を要するが早く援軍をラメイア城へ送らなければ城が落ちてしまう。」

「自分は少し覚書きを書き起こそうと思います。紙とペン、そして小さくても良いので個室があれば作業が出来ます。」

「それなら兵団の準備室を使うと良いだろう。案内する。」

「ありがとうございます。」

部屋を出たセイとピースは準備室へ向かった。

「それから、誰かに護り札の配布をお願いしたいのですが…。」

「以前立ち寄った集落で配った護り札だな。アイルデンへ来る道中でも村ごとに頼んで来たが、この辺りでも配るのか?」

セイは頷いた。

「出来ればラメイア全土に配布したい所です。しかし時間が限られています。」

そこへ背後から声が掛けられた。

「ならば我々が行こう。今は手隙だからな。」

カリオン王子と同行して来た王子直属の兵士達だった。セイは有難く申し出を受ける。

「近隣の村にも街にも出来るだけ多く配って下さい。そして建国記念日にラメイアの無事を祈ってこれを読み上げる様に伝えて下さい。」

「読み上げる?」

「はい。大事な事です。文字が読めるのはラメイアの国民の誇りですから。」

ピースもカリオン王子の兵士達もはっとした。兵士の一人が言った。

「我々には字を読む事は当たり前の事だが、グレイドンや他国では文字の読めぬ国民も多いと聞く。ラメイアならではだな。」

「ただ祈るだけではありません。古代から伝わるこの術を強めるのも国民の言葉の力です。」

「言葉の力?そんな物で術の効果が変わるのか?」

はい、とセイは断言した。

ピースとカリオン王子の兵士達は顔を見合わせた。信じ難い事だがこの書戯はそれを疑ってもいない。兵士の代表が頷いた。

「では我々は手分けをして出来る限り多くの人々に護り札を渡そう。ラメイアの未来を信じて。」

「よろしくお願いします。」

セイは頭を下げた。


カリオン王子はその様子を影から見ていた。カリオンの兵士達が護り札を配りにアイルデン城を駆け出して行く。

彼等が全員出発するのを見届けてからミーアと連れ立ってザライの部屋へ向かった。ノックをして部屋に入ると、ザライは未だ会見直後と変わらぬ様子で椅子に掛けていた。険しい顔をしている。

「レイナスは何故ここへ来ない。私に頭を下げて援軍を頼むのが筋だろう。」

「弟は傷を負って動けません。今はシェルレインで治療中です。」

「シェルレイン!その様な未開の土地で十分な治療を受けれるのか?」

カリオン王子はむっとして答えた。

「シェルレインは高い文明を誇る方々です。」

黙って聞いていたミーアがカリオン王子に言った。

「カリオン王子、ありがとう。」

「お前はシェルレインの者だな。レイナスは無事か?」

「はい。未開の土地なりに治療を尽くしております。」

ザライは鼻白らんだ。

「今回あの書戯がやろうとしている術は文明の高い者がする事とはとても思えんな。迷信に頼って何になる?」

「ラメイア城を助けるのに必要な事です。お願いします。結晶石をどうか貸してください。」

「…お前はそんな事だから王国を任せられんのだ。」

「どういう意味ですか?」

「結晶石だなどと古代の絵空事だ。本気でそんなものがラメイアを救うと思っているのか。剣一つまともに振るえない癖に…」

そう言ってわざとらしく溜め息を付いた。

カリオンは反論出来ない。確かに自分は武力に疎く戦力外だ。こうしている間にも父王がグレイドン兵士に襲われているかもしれない。

しかし、カリオンはラメイアを思う気持ちは負けないと奮い立つ。

「せめて援軍を早く送って下さい。このままラメイア城を見捨てては王国は終わりです。」

「馬鹿め。援軍などとうの昔に送った。」

「え?」

「だからお前はまだまだだと言うのだ。」

カリオンは動揺して聞き返した。

「援軍は送った?でも誰もアイルデンの兵士を見た者など居ませんでした。私がここへ着くまでにザライ祖父様が援軍を送ったとは誰も…」

「派手に宣伝して援軍を送ったら城に着くまでにグレイドンに叩かれるだろう。秘密裡に動いている。」

カリオンは目を丸くした。目の前にいるこの義理の祖父である人物の事を自分は誤解していた様だと気付く。ザライは現王を見捨てる様な薄情な人物では無かったらしい。

「どうやって?味方にも気付かれずに大軍を動かす方法が…」

カリオンはそこではっと気付いた。

「…大河を渡ったのですね。」

ザライは頷いた。なるほど船で兵士を輸送すれば内陸を進んでいるグレイドン軍に気付かれない。完全に裏をかいたはずだ。

カリオン王子がぼうっとしているとザライが小箱を持ち出した。蓋の部分を開けて中身を見せる。

変哲もないただの拳大の石が入っていた。

「結晶石…ですね。」

「自由に使え。但し私もその時を見届ける。何も起こらないかも知れぬからな。」

ザライは溜め息を付いた。

「王家の者がいつまで経ってもこの様な伝承を頼りにして備えを怠るから今回の様な危機に見舞われるのだ。」

カリオンは少し前なら嫌味だと感じていただろう。だが同じ言葉でも今は素直に受け取れる。ザライは間違いなくラメイア王国の事を護りたいと思っている。だから子や孫に厳しく当たるのだろう。

カリオンは心につかえていた胸の内を語った。

「レイナスは私の部下によって深い傷を負いました。夜目の効かない闇夜の事で、部下はラグナレン兵士と間違えて弟を斬りつけたのです。」

ザライはカリオンを見た。射る様な視線だ。

「お前の部下の仕業なのだな?」

「今まで言えず申し訳ありません。どうか罰するならば私と共にお願い致します。」

「…お前はそ奴は裏切り者だと思うか?」

カリオンは言われてから改めて自分の疑念に気付いた。本心ではずっと彼は裏切り者かも知れないと疑っていた。レイナスを闇に紛れて殺そうとしたからだ。

そこまで考えて気持ちを切り替え、頭を横に振った。

「裏切り者は私の部下には居ません。」

彼等は今、懸命に馬を飛ばして護り札を配り歩いている。自分の兵士達を信じたかった。

ザライは強い眼光をカリオンに向けつつ言った。

「それならば問題は無い。アイルデンの援軍は間もなく城に着く頃だ。暫くは城の護りも保つだろう。カリオン、お前も少し休め。」

カリオンの言葉通りに裏切り者は居ないとザライは納得したのだろうか。表情からは分からなかった。

カリオンは失礼しますと呟いてミーアと共に部屋を静かに出た。


ラメイア城外では激しい攻防が連日繰り広げられていた。

「形勢は不利だが皆良く守っている。城門を破られる訳にはいかん。弓兵は敵の前衛を狙え!」

「東側で梯子を掛けられたぞ!人数を割いて応援に向かえ。敵兵を登らせるな!」

将軍マザルクとヤードネムル領主ハリオットはグレイドンの苛烈な攻撃に防戦一方だった。不利な状況だが自軍の精鋭を駆使して辛うじて持ち堪えている。

「だが…何時まで城が持つのか。そろそろやばいな。」

「そうですね。負傷者が増えています。怪我を負っていない者も疲弊している。」

二人とも援軍はまだかと言いたくなるのをぐっと堪えていた。二日前にヤードネムルの後発隊が到着したが少数の中隊だ。ラグナレンの大軍を押し返すのは難しい。

「ラグナレンの右側の隊が手薄ですね。数名を連れて奇襲を仕掛けても良いですか?」

ノーラン隊長がハリオットに進言した。

「ああ。無理のない範囲で頼む。最終決戦はまだ先だ。」

「はい。行ってきます。」

ノーラン隊長はハリオットが地下通路を通ってラメイア城へ入った時もグレイドン軍への夜襲を成功させていた。危険な任務を終えて無事ラメイア城入りした時には城はまるでお通夜状態だった。王妃が攫われた直後で皆に動揺が広がっていた頃だ。

城壁から敵兵の様子を見ていた面々にもう一人、宰相ハーゲンが加わった。

「王妃様の行方は分からずじまいだ。王は各地に探索の命令を出したが目撃情報も無いらしい。」

「もうすぐ建国記念日だ。それまでに王妃様が戻らなければ我らの元に結晶石が戻る事は無い。」


数日前、王妃メリルデアがバルドルに攫われ王は顔面蒼白になっていた。気落ちする王を見兼ねて宰相ハーゲンは言った。

「王妃様の事はご案じなさいますな。バルドルを追い掛けて捕らえる様に各地に命令を出してあります。」

「ハーゲン、王妃は結晶石を持っている。」

宰相ハーゲンは目を見開いた。

「それは…」

王と宰相は結晶石が有ればこそ戦の形勢逆転が叶うと考えていた。ただ結晶石に呪文を唱え古い術を掛ける方法は王と王妃しか知らないとされている。

王妃が結晶石を持ったまま攫われた。その生死も分からない。

「建国記念日までに何としてもメリルデアを探せ。」

「建国記念日は数日後ですが…。何故ですか?」

王は低く唸る様に声を絞り出した。

「結晶石の術は…その日でなければならないからだ。」


シェルレインではその日早朝から広間に主要な顔触れが集められていた。シェルレインと相談役の長老や兵士の長など全員が部屋の中央にある結晶石を黙って見つめている。結晶石の隣りには【ラーナレインの叙事詩 第三巻】が置いてあり、シェルレインがその書を手に取った。ぱらぱらと捲ると目的のページで手を止めた。

「これはラメイアの建国に際して我々の祖先ラーナレインが助力をし、蛮族を退けたという過去の史実が記された書だ。魔力に秀でたラーナレインは魔力の石を精製しそれに呪文を唱えて悪しき者共を退けた、と書かれている。」

広間にはようやく起き上がれる様になったレイナス王子とカリオン王子の従者ウッズも同席していた。シェルレインの治癒により命を取り留めた二人は顔を合わせると気まずい空気になった。

ウッズはレイナス王子がラグナレン軍と一緒に自分達を襲って来たと信じていた。シェルレインやカリオン王子にはレイナスは裏切り者だと主張していた。

だが意識を取り戻したレイナス王子は自分はその場に居ただけで決して剣を振るわなかったという。結局、第三者の証言が無いまま平行線となった。

「レイナス王子。」シェルレインが名を呼んだ。

「は、はい。」

「建国記念日である今日は古来の魔力が引き出される唯一の日だ。ラーナレインが亡くなる前にラメイアと盟約を交わした。ラーナレインの魔力をラメイアの大地へ注ぎ、悪しき者に利用されぬ様にこの書にのみ魔力の存在を記した。」

「僕は知りませんでした。」

シェルレインは頷いた。

「ラメイア王とその王妃のみが知る事実だからだ。」

「では、他の場所にある結晶石に呪文を掛ける者は居ないのですか?」

「王城の地下書庫に保管されているこの書の写しを読んだ者ならば可能性はある。」

レイナスとウッズは顔を見合わせた。

司書フリオールか書戯役セイならばラーナレインの叙事詩を読んだことが有るかも知れない。だが都合良く術を掛けようとしてくれるだろうか。単なるシェルレインの昔話だと思うのが落ちだろう。

「シェルレインは皆でラメイアの危機を救う為に結晶石に祈ろう。他の結晶石も必ず応えてくれるはずだ。」

シェルレインが力強く頷いた。

「我々がこの地に留まる事が出来るのもラメイアとの古き盟約があってこそだ。ラメイア王国の恩義に報いなければならない。」

シェルレインは皆に術の詠唱をさせた。

気付けばレイナス王子と従者ウッズも声を揃えて唱えていた。

術が効果を見せるまでシェルレインは詠唱を続ける。長い一日となりそうだ。


バルドルはグレイドン軍を一網打尽にする術を知っていた。長い地下での監禁生活の中で地下書庫へ忍び込んでは書を読んでいた。暇つぶしに読んだ書の中に【ラーナレインの叙事詩】があった。

これは使えると思った。グレイドンを骨抜きに出来る古の術。自分を封じ込めたかつてのグレイドン軍に一泡吹かせてやる事が出来る。

結晶石の在り処だけは分からなかったが間抜けなラメイア王と王妃がのこのこと持ち出してくれたお陰でバルドルの手の中に転がり込んで来た。

王妃の生死はどうでも良かったがラメイアを敵に回しても都合が悪い。辛うじて生かしているが今も青白い顔をして眠っている。

「今日はラメイアの建国記念日に当たる。術を掛けねばならんな。」

バルドルが呪文を唱えると途中から微かな声が重なった。

王妃メリルデアが寝台から術を唱えていた。

「王国を案じているのか。涙ぐましい事だな。」

バルドルがにやりと笑った。


セイは【ラーナレインの叙事詩 第三巻 ラメイア王国 建国譚 最終章】の写しを書き綴っていた。フリオールが居ないとページの情報が曖昧だ。自分の求める内容では無いページを書き写してこれじゃないと丸めて捨てる事も度々あった。

この部屋に籠ってからは皆セイを独りにしてくれた。集中して書の写しが出来るのは良いのだが、気が緩むとマレノの顔が浮かんでくる。

大河ローダレイに飛び込んだのは賭けだった。こうして無傷で生きているのも運が良かったとしか思えない。

馬車に揺られている間、ザイオンと一緒に一晩過ごして戻って来たマレノと同じ空間に居るのが嫌だった。以前と違ってマレノの傍に居ると苦しい。気付けば衝動的に馬車を飛び出していた。

直前に暗唱していた『ホライルメイ・レフトの紀行書覚』にローダレイから川を下ってラメイア城へ辿り着いたと書いてあった。この川の流れに沿って行けばラメイアへ帰れる。それも心のどこかで影響していたのだろう。

誰にも言った事はないがセイは王国の広場でザイオンとマレノが度々隣りに並んで話していたのを知っていた。随分昔の話で、セイが書戯役になってから間も無い頃だ。

セイは王城の広場で毎日変わる景色を瞼に焼き付けていた。それは誰がどの位置で立って見ているか記憶していると言う事だ。マレノの事も初めて見に来た日から気付いている。

だから戦の始まったあの日も広場の群衆を掻き分けて真っ直ぐマレノを助けに向かった。他の者は目に入らなかった。彼女だけを助けたかった。

マレノは特別だ。

だからザイオンがグレイドンの客人として王城に滞在していた時、セイは自分から近付いた。広場でマレノと親しげに話していた理由を知りたかった。地下書庫へ行きたいらしいと聞いてセイの方から案内すると持ち掛けたのだ。フリオールからは地下書庫は王国の機密文書が保管してあるからと反対されていた。だがセイはザイオンがどういう人物なのか知りたい気持ちが勝った。


当時の事を思い出す。ザイオンは城の人の居ない場所でよく見かけた。セイは、フリオールから地下書庫に行きたいと聞いている事を説明した。そして国外の者は立ち入りを禁じている事も改めて話した。そのうえでセイの方から持ちかけた。

「僕がご案内します。書戯は地下の出入り自由なので。」

「ありがとうございます。書戯役殿。ええと、お名前は?」

「セイと言います。」

照明を翳しながら暗い地下への階段を2人で降りて行く。セイが行ける地下施設は鍵のある書庫までだ。

「何故立ち入り禁止の場所へ私を連れて行ってくださるのですか?」

ザイオンの興味が湧いた様だ。

「お願いがあるからです。」

「ラメイア王国が誇る地下書庫を見せて頂いたからには、私の出来る事は何でも致しますよ。」

「マレノに近付かないで下さい。」

ザイオンには全くの予想外の申し出だった様で、目を丸くして驚いている。そして少し間を置くと納得した様に頷いた。

「良いですよ。約束します。そもそも彼女と話していたのは貴方の事ばかりでしたから。彼女にとって貴方は自慢の幼馴染みの様だ。」

「僕の話?何故?」

「映像記憶の才能が有るそうですね。」

「…」

セイは嫌な感じがした。一目見た物を全て映像として記憶に焼き付けるのは自分の特技だ。

「貴方の能力は可能性の塊です。例えばここがラメイアの書庫では無く他国の軍事拠点だったら?相手の持つ情報は全て貴方の頭の中に記憶して持ち出せます。主要要塞の見取り図、最新武器の図面、軍部の編成など。私に言わせれば貴方ほどの能力があるのに見世物の書戯の演者などにさせておくラメイアの無能さが理解出来ません。」

「…僕はそんな事したくありません。」

ザイオンは目の前の若者をじっと見た。セイの反応を伺っている。

「今は君は守られているが、いずれその能力を利用しようと企む者が現れるでしょう。」

「そんな事よりマレノとこの先会わないと約束して下さい。でなければ書庫の鍵は開けません。」

「はいはい分かりました。約束しますよ。」

セイはザイオンを精一杯睨み付けた。

くるりと踵を返すと書庫の扉へ歩み寄り鍵を開けた。

「他の者に知られる前に戻ります。急いで下さい。」

「良いですよ。但し、貴方は失敗をした。」

「え?」

「ここへ私を案内してしまった事は上司フリオール殿には言えない秘密だ。国家の機密文書を持ち出されたら君の責任です。」

「そんな事は駄目です!させません!」

ザイオンはふっと笑った。

「冗談ですよ。何も持ち出したりはしません。」

そう言うとザイオンは書庫の品を見て回った。ぐるりと一周してから二人で書庫を出る。その後ザイオンはラメイア城の滞在中にセイに話し掛ける事は無かった。


セイが写しを終えて兵団の準備室を出て来たのは建国記念日の早朝だった。ぎりぎりまで作業してしまったがこれで何とか間に合う。

ザライの部屋に行くとカリオン王子が緊張した表情で待っていた。

「カリオン王子、ザライ様。結晶石の術を掛けましょう。過去に成された結界の様子はこちらの書の通りです。」

先程仕上がったばかりの書の写しを囲んでセイが話し始めた。


ラメイアの王都から東北に少し離れた集落では朝餉の支度が整い食卓を囲む家族がいた。

王城では兵士達がグレイドンの猛攻撃を凌ぎ奮闘しているという。父親は農家としてこの土地の収穫期を終えたら、鋤を剣に持ち替えて王城の護りに加わろうと考えていた。

「今日はラメイア王国の建国記念日だ。いつものお祈りをしなさい。サリー、この護り札が読めるかい?」

「うん。いつものお祈りと一緒だけど…。ちょっと長くなってるね。」


ラメイアを護りたもう尊き輝石よ

知の女神ラーナレインと書を掲げたまえ

知の蓄積を重ねよ 武と権を挫く者と成れ

気高く自由な魂に 知と手を携えて

遥か天を駆け抜けよ


「間違ってない?」サリーは自信なさげに父と母に聞いた。

「ああ。上出来だ。」

父が褒め、父母も同じく文言を唱えた。

「今日は建国記念日だから、何度も読んで練習しましょう。首長にも皆で読んでねって言われているのよ。」

うん、とサリーは笑顔で答えた。


ラメイア城では朝からグレイドン軍の激しい攻撃を受けて防戦一方だった。王が指揮を取り将軍マザルクが味方に激を飛ばす。

「城門を守れ!敵を城へ近付けてはならぬ。」

「槍兵、城壁を登る者を叩き落とせ!」

「裏門に敵の別隊が集まっています。そちらにも兵を増やさねば侵入されてしまいます!」

「私が行こう。ノーラン、裏門だ。」

ハリオットは手兵を束ねて裏門へ急いだ。

朝靄の中で微かに大河の流れが見えた。グレイドン軍は今までに無い規模の大軍を裏手の攻めに投入して来た様だ。辺り一面を埋め尽くす敵兵の圧力を受けてハリオットもノーランも絶句した。死を覚悟する。

「…防げるか?ノーラン。」

「最期はあの大軍勢の真ん中に討って出ますよ。城に閉じこもる戦いは性に合わないので。」

「そうか。援護しよう。」

ハリオットは苦笑する。ヤードネムル城を出て来た時から城と運命を共にする覚悟でいた。だがここで終わりかと思うと無念が先立つ。カリオン、そしてメリルデアは無事だろうかと、ここに居ない者達の安否も気掛かりだった。

だがラメイア王国が滅びれば王族の命は無い。彼等の未来を繋ぐ為にもここは守る。

「敵兵が近付いたら弓を射かけよ。射程に入る迄は射ってはならん。」

ノーランもタイミングを測って合図を出す。

敵兵が鬨の声を挙げて一斉に攻め上がって来た。巨大な破城槌を大勢の歩兵が押して来るのが見えた。城壁が破壊されるのを防がなくてはならない。

「火を準備しろ!破城槌を狙うぞ!」

投石機と火矢でこちらも応戦の準備をする。だが間に合うか。

「ハリオット様、西端から侵入されました!」

「待て!今行く!」

数人携えて西へと駆けていく。耳元で矢が通り過ぎて冷やりとした。城壁の中にも矢を受けた負傷者が倒れていた。西端へと辿り着くとグレイドン兵が城壁を登って来るのが見えた。登る兵を上から叩いて落とす。

混乱の最中、遠方の大河に船団の影が現れた。ラメイアの旗を掲げている。ハリオットは目を凝らした。

「援軍が来たぞー!河を見ろ!」

「挟み撃ちにせよ。ここが勝負所だ!」

船団は次々と岸に上陸しラグナレン軍に襲いかかった。大軍だ。

「あれは…アイルデン領の兵だな。」

「ああ。」

隣に来たノーランと確認し合った。ようやく現れた援軍に九死に一生を得た思いだ。

だが凌げるのか、そう思った時だった。


「ラメイア王!ご覧下さい!」

宰相ハーゲンが城門正面に押し寄せたグレイドン軍に注目を集めた。

ラメイア王は信じられない思いで前方の景色を見つめていた。

辺り一面に拡がったグレイドンの大軍が一斉に雷に撃たれた様にばたばたと倒れてしまった。城壁に詰めていた兵達も一瞬で白目を剥き、脱力して後方へ落ちて行く。先程まで剣を交わしていた相手も膝から崩れ落ちて動かなくなった。所構わず交わされる合戦の喚き声もグレイドン軍からは全く聞こえない。

戦場に不似合いな静寂が拡がった。

「何が起こった…?」

将軍マザルクも不測の事態にどう対処して良いか困惑している。

「王…これがもしや…」

「これが…古の術なのか?」


建国記念日の今日、ラメイア王国の三箇所に在る結晶石に命が吹き込まれた。


ラメイア王国はグレイドンの軍隊を押し返し、グレイドン軍は負傷者多数で戦闘不可となって自国へ去って行った。


数日後、カリオン王子はレイナス王子がそろそろ王城まで戻れる位に回復したと聞いて再びシェルレインへ向かった。

母であるメリルデア王妃は裸馬にうつ伏せて王城近くをふらふらしている所を警備兵が見つけた。慌てて城へ保護され手厚く治療が施されると翌日には目を覚ました。不自然な早さで傷は塞がって居たので、王はバルドルが人智を超えた力で治療したのだと考えた。

「私を助ける代わりに…バルドルは己を見逃す様にと言っていました。もう牢に入る気は無いと…。」

メリルデアは王とカリオンだけに打ち明けた。


シェルレインに着くと、カリオン王子は出迎えてくれたミーアに挨拶をした。先にシェルレインまで帰っていた彼女はカリオン王子を見て微笑み温かく抱擁した。戦場では見せなかった親密さと温かさだった。

「貴方がたラメイアと我らシェルレインはこの先も固い絆で結ばれています。私はいずれシェルレインの長になりますが貴方との友好は忘れません。」

カリオン王子は腕の中のミーアに言った。

「ありがとう。貴女には何度も命を助けられました。シェルレインに末永く幸せが訪れますように。」

ミーアとカリオン王子はそっと離れた。

この先お互いの王国を治める立場になれば離れた場所から見守る事になるだろう。顔を合わせるのもこれきりかも知れないと思うと胸が痛かった。

広間に場所を移しシェルレインに挨拶をして顔を合わせると、ふと気になっていた事を尋ねてみたくなった。

「シェルレイン殿。私は戦の途中で私を裏切る者を探す事に囚われて冷静な判断が出来なくなる時もありました。貴方は裏切り者を探してはいけない、と私に言った。その真意は何だったのですか。」

「グレイドンの内通者はカリオン王子の部下で、レイナス王子に斬り付けたあの者だ。」

カリオン王子は驚いて目を見張った。

先日、カリオン王子は部下の一人から暇乞いを申し出され、それを許した。彼は理由を詳しく言わなかったがレイナスを斬った人物だった。罪の意識で城を去ったと思っていたのだが、まさかグレイドンと通じていたとは思わなかった。

「どうかな?彼を罰したいと思うか?」

「正直な所、レイナスも無事ですしグレイドンも退けたので、今は反省してくれれば構いません。」

カリオンは不思議だった。戦の最中では誰かは分からないが絶対許せないと思っていた。今思うとどんな厳罰を下していたか分からない。

「私も苦い思いを味わった事がある。年長者からのちょっとした助言だよ。」

なるほどと納得した。

レイナス王子がカリオン王子の部下に斬り掛かっていたというのもウッズの見間違いだったらしい。剣を構えてはいたが、震えて戦闘に加われもしなかったし、誰かを斬るつもりも無かった。

「書戯が乱戦を見ていただろう?あいつに証言させれば分かる話だ。」

レイナス王子の言葉に全員が妙に納得していた。


セイとピースはアイルデン領へ向かった時と同じく馬の轡を並べて今度はラメイアの北東へ向かっていた。

「セイ。休憩するか?」

「いえ。まだ大丈夫です。」

ラメイア城の攻防が嘘だったかの様に長閑で平和な光景が王国のあちこちで見受けられた。農夫は畑を耕し子供達は無邪気に戯れている。

セイは書戯役の勤めに戻る為に王城へ帰るようにとカリオン王子から伝えられた。だがその前にフリオールを迎えに行きたいと言ってピースと共にグレイドンとの国境近くまでやって来た。

「司書長フリオール殿という方は今どこに居るんだ?」

「国境近くの街に滞在中だそうですよ。何でもグレイドンの高官が忍んでラメイア国内まで送り届けてくれたそうです。」

グレイドンの敗退が決した時、フリオールは敵国の只中に軟禁されていた為に非常に危うい状況だった。グレイドン兵から報復と称して命を奪われる危険もあった。

だがザイオンがフリオールを護って国外へ逃してくれたそうだ。彼自身も自国パドレックへ亡命すると言っていたらしい。ここまでをフリオールから受け取った手紙によってセイは知る事が出来た。

そして同行者のマレノも元気だと言う事だ。

「そのマレノとかいう娘はセイの知り合いなのか?」

ピースの問いにセイが答えた。

「…はい。二人とも僕の大事な人です。」

「そうか。無事で良かったな。」

そうですね、と返事をする。セイは段々と緊張して来た。マレノとの再会は久しぶりだ。彼女は独りで馬車から逃げ出してさっさと危険を脱したセイの事を怒っているかも知れない。

もやもやと考えているうちに目的の宿まで辿り着いた。宿の主人に取り次ぐと、二人がセイの目の前にやって来た。

「…フリオール様。」

フリオールは微笑んで言った。

「セイ。迎えに来てくれてありがとう。お互い無事で何よりだ。」

「はい。…自分は川へ飛び降りた時は…」

セイは俯いて目を閉じた。

「死んでも良いと思っていました。」

一瞬、その場にいる全員が冷やりとした。マレノが首を振る。

そこへフリオールが年長者らしく空気を和らげて言った。

「だが戻って来れた。私はお前ともう一度会えて嬉しいよ。」

セイも躊躇いながら頷いた。

「僕もです。生きていて良かったと…今は思います。」

セイにとって死んでしまいたいという感情は物心付いた時から馴染みのあるものだ。昨日今日の話では無い。

「僕は…故郷ではいつも否定され続けて来ました。心許せる友人は居ませんでした。皆、僕が色んな事を覚えている事を気味悪がっていたから…」

マレノもセイがそう思っていた事を知っていた。

かつて本当に高い崖から飛び降りようとしたセイを説得して止めた事もあった。その時はまだ迷いがあったからマレノの言葉を聞いて思い留まってくれた。

セイはくしゃくしゃに泣きながら生きていたくないと吐き出す様に繰り返していた。


フリオールはセイの肩を抱いて言った。

「大丈夫だ。お前の力は尊い財産だが、それがあっても無くてもセイはセイだ。自分の好きな様に生きて良い。お前を必要としている者を大事にしてこれからも生き続ける事だ。」

「…はい。」

セイの瞼が熱くなる。涙で視界が揺れた。

「ラメイアに帰ろう。セイが救った祖国だ。胸を張って良い。」

ありがとうございます、とセイが小声で言った。

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