山羊皮の表紙 アクマデ
テレッテテレッテー…
デッデテ…テテテッテ……
アレーは……誰だ…誰だ…だれっだ
アレは〜… ―――――
一度目の名前は途切れて聞こえなかった。
裏切り者の名を受けてー…
全てを捨てて 戦う男…
工場10区に囲まれたような場所には、
重苦しい雰囲気に、そぐわない学校の制服を着た人たちが、入り乱れる通学路があった。
一人の青年が、この場には似合う。
鼻歌混じりである聞き覚えのある歌を歌っている。
鉄ばかりの重苦しい空間に、鉄みたいな重苦しい歌が流れる。
「アクマアローは超音波…
アクマイヤーは……地獄耳
…アクマウィングは空を飛び
アクマビームは熱光線……
アークマの力をー…身につけた〜
悪魔の〜ヒーローー
アク〜マ マーン アクマッ、」
青年の喉も徐々にボルテージが上がってきた、歌のサビの瞬間。背後からいつも通り頭を叩かれる。
「イタッ、」
頭を叩かれた、その衝撃が想定より強くて、足取りがもつれる。
千鳥足でしばらく耐えていたが、背中から鉄板を打ちっぱなしの壁にぶつかった。
すると、周りから乾いた甲高い笑い声が、くすくすと聞こえる。
「オイ、マシン!なんつぅ、つまんない替え歌してんだよ。」
「えああ、ごめん、…聞いてたんだね。」
その青年は極細の蛇が縮れたような、黒髪がかなり伸びていて、片目を隠していた。
覗く目は一つだけ、なはずなのに異様に大きくて、周りの人の顔と、一人だけ世界の画風に合っていない。
そんな気弱な学生は、見た目の通りか、
直前のイジリを見て貰えば、わかる通り。
精神的、肉体的いじめを受けている。
苗字は佐藤、名前は真心と書いて
マシンと読む。
マシンだ、機械とかのマシーンとほぼ同じ、
口の形で発音できる。
だから、特殊な名前のせいもあって、学校では髪を両手で掴まれ、地面に顔を押し付けられる。
その上から1人2人に馬乗りにされて。
『マシンバイクでブーン』とか、コケにされて、バカにされる側の人間だ。
「……マシン、おいマシン、マシン!」
「ハ、ハイ!」
気がついたら、教室にいた。
そして教師に当てられていた、
咄嗟に声を上げて、椅子から立ち上がったけど、ここに来た記憶もないのだ、当然質問にも答えられない。
「もういい……座っておきなさい、マシンのくせに使えない奴だな。」
渾身のダジャレが決まった様子で、生徒の方をいやらしい目で見ていて、クラス中も笑っている。
こういう奴らは言語道断で、悪だ。
正義のヒーローはこういう奴のことは殺さないよな。やっぱり、しっかりと説明すれば改心できるとか、ちょっと脅せば人間は変われると?
……本当に思ってんのかな。
悪が小さい?、関係あんのかよソレ。
やったことが小さいから?、口で言うだけのいじめだから?…もっと辛い人もいるから?
「はぁ?」
悪人は悪人のまま生き、悪人のまま死ね。
人間は、そんな簡単には変わらない。
それこそ、天地がひっくり返るようなことが起きない限りは……
地獄みたいな高校も、終わりの金が鳴って。
今日は珍しく早めの帰路に着けた、小気味いいリズムで歩く、マシンはまたアクママンの歌を歌う。
「…アク〜ママーン アク〜ママーーン」
いつも通りの街を、いつもとは少し違う気持ちで歩く。
そんな物語の最初みたいな状況ではあっても、街角から美人とか宇宙人とか出てくることなんて、……もう無くて。
家に着く。
「ただいま、」
今は兄弟と両親もいる時間、家に入って一番に言った一言に、全員の声が返ってくる。
母、父、妹と弟、みんな優しくて、心の底から思える、善人だ。
でも俺は、この家での位も低い方だ、だからと言って酷いことなんてされない。強いて言うなら、徒歩十分のドラッグストアに、よく買い物を頼まれるぐらいだ。
そして届ければ、毎回のように笑顔で
《《ありがとう》》を言う。
この家族は最高の善人だ。
自室でゆったりと動画を見て、自分が必要な時まで、時間を潰していた。
ここまで見た人なら分かるだろ、お決まりのあの音楽を聴いていると、
あっという間にお腹が空いて、飯を食った頃には、もう夜になった。
空より高い、監視塔からの眩しい光が地平線に沈み、悪人が動き出す時間が始まった。
家の庭に、黒服がチャラチャラと金属製の擦れる音を立てて、忍び込んできた。
足音の大きさ、数からして、大柄な男一人武装は《《ほぼ》》無し。
そう敬愛すべき彼の歌は、
俺の半生にあまりによく似ていたから。
寝静まった家の窓ガラス、位置として、鍵のすぐ上に三角のヒビが入る。
鍵の近くに小さく空いた、そこから抜ける腕で、窓の鍵を開ける、
俺様専用に変えた歌を歌ってるんだ。
ガラスの内側に入った。悪人の手を握る。
「なあ解るだろ…」
悪魔で人間。
ザザザーーー
砂嵐が目を覆って、何も見えなかった。
ありえないこれは現実だ。
現実の体、網膜の情報だ、絶対に映像を見ていたのではない、ましてや何も放送されていないチャンネルをおばあちゃんが、夜遅く見ているのでもない。
砂嵐が止んだ頃には、腕を掴まれて、
悪人の目の前には、口にするのも悍ましい異形がいた。
「何だお前!!バケモノ!!」
窓を開いていた、カーテンも開いていて、室内には誰も居ないことも確認した。悪人は居るはずない悪魔に手を掴まれて、半狂乱状態だった。
「ん? どこに化け物なんているんだ?」
一瞬だけとぼけた顔をした悪魔は、
自身の顔に向く、銀色のナイフを見直して、わざとらしく大袈裟に気づいてあげる。
「ああ俺?、俺は悪魔だよ、しかもヒーローでもある。」
「アクマ?……こ、この悪魔!!」
男は即座に訂正した。
「物分かりがいい様で良かった。」
ミシミシ
黒い大きな手に、掴まれているだけなのに軋む。
悪魔が悍ましい笑顔になった瞬間、
自分の腕なのに、今までの人生で見たことがない方向まで曲げられる。
右手を外側から、左後ろに。
「ウアァッ」
「こんな時言わなきゃいけないお決まりの言葉があるはずだろぉ!、俺はヒーローだ。」
悪魔はすごいワクワクした、大きな目で男を見つめた。
「……?……?…助けて。」
一言は導き出したのかそれとも苦し紛れに吐いた、本心か。
その一言を聞いた、ヒーローは手を離してやる。
「安心しろよ助けてやる、お前に命令を出してる奴がいるんだよな、俺耳いいからケータイの音声も聞こえるんだ。
今からそいつを殺しに行くから。」
手を振った悪魔は、
背中から生まれた紫漆黒の翼をはためかして、地面に一回蹴ると、空を飛んでいった。
男は右手を押さえて倒れ込み、痛みで乱れた息を整えていた。
痛みは時間が経てば経つほど、苛烈を極めていった、神経緩和剤が抜けていったのだろう。
ひとまず落ち着くと、窓を見て悪魔は行ったことを確認すると、即座に逃げようとした。
一筋だけ見えた光が、その巨体で遮られた。
目の前に悪魔が立ち塞がった。
「今頃君のボス、ハンバーグ肉みたいになってるよ、その証明にホラッ」
小さい球体を二つ、投げつける。
悪人の記憶の片隅に残る。親友でもあり、この仕事に導いた親玉、緑色の彼の目と一致する。
「ゴクッ…た、助かった、私はその男に命令されてて、」
無理矢理でも生き残るために、言い訳が口をついて出た瞬間、腕が落ちた。
地面に伏しても、尚届かないほど遠くにいったのが幻覚ではないと、ポタポタと血が垂れる、悪魔の右腕が証明する。
その腕で、今度は頭を掴まれる。
「で?何で、その通帳持ってんの?
お前は家に入ってきた瞬間、俺と初対面したんだよね。だから俺の通帳を持ってるわけない。
…もしかして落とし物を届けてくれたのかな?」
「それは、……」
「あと、そんなの関係ないの、目の前にいるのは、だ〜れだ。」
悪魔は、もう一度ワクワクした大きな目で男の目を見る。
「た、助けてください。」
その眼の中に、わずかに安堵したのを感じた。
「何言ってんの《《お前も》》、悪人じゃん。」
グチャ!
パステルカラーのピンク色、一色。
子供が見ても大丈夫そうな、血がバケツ一杯ぶちまけたくらいの量、盛大に床を埋め尽くすほど、ぶち撒かれる。
手の隙間から脳漿が垂れて、床はより汚れた。
※お子様は目を閉じて、鼻も閉じて、人間の短い一生に対して深い感謝をしてから見てね!
「あーらら、こんな汚い、ゲロ以下のゲロ実家で落とすなよ、あーあー掃除が大変だよ、クソッ
アーー……ほんっとうに嫌になる。」
敬愛すべき彼、
あの方と自分と似ていると言っていたが、
一つだけ決定的に違う物がある。
悪魔で人間、あくまで人間。
もちろん俺様は、悪魔の方。
彼の方は、人を殺さない。
でも俺は、人でも殺す。
ふと思い出したんだ。
悪人のいない世界は本当に平和なのか?
犯人のいない警察に何か守れるか?
敵のいない国家は武器をどこに捨てる。
それとも売りつけるか?貧困国か、戦争をしそうな国か、そうすれば多かれ少なかれ、善人が死ぬ。
それは善とは言えない、
無償で渡せば善か?違う、しかも今の世の中、それすらできていない奴が多すぎる。
善とは本当に善なのか?
バカか、ただ悪を殺すから、善になっているだけに過ぎない。
……じゃあ一人だけ強大な悪が
矛を向けるべき象徴の悪魔が残っていれば良い。
そして俺に楯突く奴は全員善人になれば、
…なんてのあまりにつまらなすぎた。
生まれた時から、黒く塗りつぶされていた脳内で、白字の『つまらない』が増殖していき、ついに俺様の全てを支配する。
俺は暴れたい、悪とか善とか繰り返して、
考えるより、俺の悪を倒す。
それが悪魔だろうが、人だろうが、神だろうかだ。
それが一番……一番!……
工場の巨大タンクの上、
一体の何かが、羽を広げて止まっていた。
大量のヘリの光、全身を照らすスポットライトになって、夜に紛れる身体を露わにする。
右手に持っていた血濡れの、鋼鉄の一片を
地面に投げると、激しく音を立てて落ち、火花を散らして光の粒に分散した。
全身を影として包む、どんな刃物も通さない、絶対的な輝きがある紫漆黒色の外皮。
赤みがかった灰色の毛が生えた、身体が肩から伸びる十字傷に見える。
甲冑が鱗のように、生えた太い尻尾。
もちろん尻尾の先は、鉄の矢じりみたいに尖っている。
背中から絵の具を被ったようにかかっている、絶えず姿を変える、赫黒いマント。
…それが一番気持ちが良い。
「ハハ、ハハハハハ!!
ハァハァハァッハァァァァ…カヵヵ。」
マスクから覗く大きな瞳が闇を反射する、
半月型の目が歪み、マントをはためかせ、
叫ぶように笑った。
俺は荒ぶる悪魔だ、
悪魔の作る平和と
正義の作る平和、
そこにどれだけの差があろうか。
その歴史書は、ここから創られた。
読み切りです。
本始動した作品とは離れている
可能性もありますが、他の作品なども見ながら少々お待ちください。
今回も読んでいただきありがとうございます。
投稿ペースは不定期ですが
楽しみに待っていただけたら幸いです。