イージー・ウォーカー
好き勝手やってみる、をテーマに書き連ねてみてます。
止まない雨はないと、今日もどこかで誰かがのたまう。しかし、我々は今目の前に広がる一面の水の舞踏をどうにかしたいのであって、あるかどうかもはっきりとしない未来に用はないのである。もはや水たまりと呼ぶには大きすぎる、軽い湖へ無理矢理漕ぎ出し、嫌な冷たさを感じながら男は大学へと向かった。
知り合いもろくにいない、どこにでもいるしがない大学生のこの男は、ろくでもないことを考えることだけは得意な、確実に社会で生きていくには能力の足らぬ人物である。何かをなすには器量が足らず、無駄な行動力で墓穴を掘ることには定評があり、最終的には人の離れていく男。そんな男は今、人生の岐路に立たされていた。これから何をして生きていくのか。そういった問題をそろそろ本格的に考え、答えを出す時期が来てしまったのである。しかし、他の様々などうでもよいことに悩み続けるような輩に、簡単にその域にたどり着くことは出来ない。これから綴られるのは、この男の無軌道な生そのものである。しかしその前に、少しでも彼という男を理解して貰うために、少しだけ昔の話をしよう。
彼は常に何かセンセーショナルさへの渇望とでもいうべきか、他の人との異質性への羨望とでもいうべきか、一言では形容しがたい感情を持っていた。小学校時代には自らの人気の無さを理解せず、無謀にも生徒会長の座を狙い、無事に撃沈された。中学生のときには、卒業式でのインパクトのためだけにネタを決行し、これまた撃沈された。そのくせ人に対する警戒心だけは無駄に強く、取り越し苦労も多い。人なんて信用ならない、人類なんて滅ぶべきだと謳いながら、結局人を求めてしまう。矛盾ばかりを抱えたこの男は、どうすれば人として成長できるのか、この物語はそれを問う物語でもある。
彼は大学へつくと、リーダーシップ論の講義を軽く聞き流しながら、スマホでsnsを眺める。snsは危険な場所であるというのは当然のことであるが、彼はその毒牙にすでにかかってしまっていた。終わらない男女の対立をテーマとした議論とは名ばかりの罵詈雑言の嵐。ただただ子どものような悪口を並べる与野党への批判。何もかもにうんざりしながらも、彼もそういった主張に呑まれつつもあった。時折全てから見放されたような感覚に囚われる彼は、ある種そういった過激な集団や人々にシンパシーを感じていたのかもしれない。講義が終わると、彼はヘッドホンを被りそれらしく聴こえそうな洋楽をかけ、図書室にこもり、それらしく見える本に目を通す。
こうして家に戻り、暇があれば友人とゲームをしては時間を無為にする。最近では友人からも煙たがられつつあり、彼は本当の孤独へと近づいていた。それは彼の不安症ゆえか関わり方ゆえか、それはわからないことであるが、彼は追い詰められていた。必死にそれらしさを装い自分を含めたすべてを誤魔化そうとしていた。自分の持つ価値が見えなくなってきている、その焦燥感とどうにか直面しないために。
雨の中、だましだまし自身を保ちながら帰っている彼は、あるものを見つけた。濡れて柔らかくなってしまった茶色の革の財布だった。普段の彼は無駄に律儀なところがあり、そのようなものは交番にでも持っていっていたのだろうが、今の彼はなぜかはわからないものの、財布を手に取りそのまま家に帰った。自分の部屋に戻ると彼はその財布の中から、お金など使えそうなものを取り出し、自らの財布にしまった。これは言ってしまえば軽い犯罪だったが、彼のタガを外してしまうのには十分すぎるほどのことだった。その日から少しずつ、彼は手段を選ばなくなっていった。しかし、元から小心者の男にだいそれた事が出来るはずもなく、少しのお金をちょろまかしてみたり、本来取ってもいい量が決まっているものを少し多く取ってみたりと、その程度のものだった。
またもや雨に打たれ、嫌な感触とともに家に帰っていたある日、彼は財布の比では無いものを手にすることになる。帰り道の途中、路地裏の方からうめき声が聞こえた。ちらりと覗くと、そこには血を流した男が横たえており、また拳銃らしきものが落ちていた。身を流した男に関わるのも、触れるのも彼は嫌がったが、その横の拳銃には興味があった。ジャンパーのフードで顔を隠しながら小走りで近寄り、拳銃を拾った。男は何かを口にしていたが、その声は恐怖や焦りの前でかき消された。
手に入れてしまった。あまりに強大な力を。彼はワクワク感と焦りを同時に肌で感じながら、彼はそっと弾倉を確認してみる。見たところ4発ほど弾が残っている。動画や本の見様見真似で銃弾を装填し、彼は試しにどこかで撃ってみることにした。彼は地方都市住みだったので、街の外れのほうに山があることを思い出し、そこに向かい奥の方まで入り実験を行った。刹那、耳をつんざく轟音。気持ちのはやりは時として準備不足を生む。彼は後悔しながら、銃が本物である喜びと、爆音による痛みとでもみくちゃになっていた。この力で何をしようか、彼は仄暗い笑みを浮かべながら、今日のところは帰路についた。
どうしたらこの男は成長するんだろう。