蟻地獄
1.惑星ポントス
「なんかさぁ、どこ見渡しても砂と岩しかないじゃん。」
「おい良太!さぼってないでまじめにやれよ。」
「はいはい。」
良太の周りを通称「めだま」と呼ばれている自動カメラが飛び回り、良太とその周辺の様子をとらえその映像はメインシップのモニターへと映し出している。
調査技師のマイアはモニターに映し出される地表の様子を注意深く観察していた。
「地表に降りれば多少は生物や植物があるのかと思ったが、何もなさそうだな。良太!地表のサンプルを忘れないでくれ。」
「ほ~い。」
良太は調査用スーツを着用し、頭にはヘルメットをかぶり手にはグローブをはめ作業をしている。
酸素を供給するために頭よりも大きめにヘルメットが作られていること以外は身体に密着するように出来ているため、船内作業とほぼ変わりない作業が出来る。
「マイア。岩石があるがサンプル用に削り取ろうか?」
良太から3キロほど離れたところで作業するエンヤの声がヘルメット内のスピーカーを通じて良太にも聞こえてきた。
「エンヤ。そっちはどうだ?」
「こっちもそっちとまったく変わらず。どこを見渡しても砂と岩しかないな。」
「なんだよ。面白みのねえ星だなあ。」
「良太、余計なこと言ってないでいいから、メタル調査機のメモリセットを忘れるなよ。」
マイアの声に良太はちぇっと舌打ちをした。
「わかってますって~。」
良太はメタル調査機を取り出すとメモリをセットした。
前回の調査でメモリセットを忘れ、後で分析が出来ないとマイアにしつこく言われたばかりだった。
艦橋では当直のスタッフが、モニターを見ながらそれぞれの役割を果たしている。
メインモニタがエンヤの側のカメラに切り替わったが、こちらもどこを見ても砂と岩ばかりの平坦な場所だ。多少良太のいる場所と違うのはところどころに巨大なクレーターが大きく広がっていることだろうか。
「クレーターの直径はおよそ500メートル。でかいなあぁ。この星のあちこちにこのクレーターが出来ているが、周りから急激に砂が落ち込み、おそらく何日かすると埋まってなくなるんじゃないかな。」
「中心部は漏斗上になっているな。月のクレーターとはまた違った出来方をしているのかもしれない。」
マイアの指は忙しくキーボードの上を動き回り気付いたことを次々と記録している。
「おいおい、環境調査もいいが。肝心のレアメタルの調査を忘れるなよ。」
マイアの後ろからチーフのエイジが声をかけた。
“ピー、ピー”
メタル調査機の受信機が急にアラーム音を鳴らし、良太は設定を間違えたのかとゲージを覗き込んだ。
見るとゲージが赤くアラート表示をしている。
「え、なんで?」
良太が顔を上げると、目の前でいきなり地面が盛り上がり始めていた。
「なんか反応がある!」
その声に艦橋のメインパネルが良太のいるポイントに切り替わる。
艦橋のスタッフ全員がモニターを凝視するなか、良太の足元はみるみる盛り上がっていき、やがて間接湯のように砂を吹き上げた。
「なんだこりゃ。」
「良太、危険だ。その場を離れろ!」
目の前の光景につい見とれていた良太へ、エイジが指示を出したそのときだった。
モニターが真っ白な閃光に包まれ何も映らなくなってしまったのだ。
「良太。どうした! 何があった!」
エンヤはマイクに向かって呼びかけた。
「良太!良太!」
エンヤが何度も声をかけ続けたが、一向に返事は返ってこない。
「チーフ、何が起こった!」
「わからん。カメラが壊れ何も表示されない。エンヤ今すぐ良太のいたポイントへ向かってくれ!346・143ポイントだ。」
「了解!」
エンヤは移動用フォバーを呼び寄せるとスピードを最大にして良太の元へ向かった。
艦橋では当直のスタッフ全員がモニターを見つめ、手元だけが忙しくキーボードの上を動いている。
「どうだ、良太と連絡ついたか?」
エイジは通信技師のコニーに聞いた。
「いや…、それどころか…」コニーは言葉を濁し、通信モニターを見つめてたまま顔を上げようとしない。
「おい、なんだ。しっかり報告しろ!」
「良太の救助信号も見つかりません。」
「え…」
エイジはチーフ席を立ち上がるとコニーのところへ行き、通信モニターを覗き込んだ。
「見つからないことは無いだろう。調査用スーツと生命維持装置がいかれないかぎり、救助信号は送られるんだ。もっとよく探せ!」
普段は冷静なエイジが知らず知らずのうちに怒鳴っていた。
レアメタル調査は未知の惑星で調査される。
それはいつも危険と隣り合わせで、いつどんな危険にさらされるかわからない。
そのため調査用スーツは戦闘用スーツ並みの強度をもち100tの圧力にも耐えられるように作られている。
そして、音声通信が途絶えても救助信号に自動で切り替わり発信され続ける構造になっている。
スーツが壊れ、救助信号すら出ない状況というのは最悪の状況を示している。
「生命反応は…。」
「…見つかりません……。」
怒涛が飛び交っていた艦橋は一瞬にして沈黙に包まれた。
エンヤの乗ったフォバーはまもなく346・143ポイントに着こうとしていた。
「チーフ、エンヤだ。まもなくポイントに着く。」
「了解。こちらからも救助船を出したが、そちらに着くのは23分15秒後だ。」
「わかった。」
仮に心肺停止状態だとしても、今の医療技術なら60分以内までは蘇生可能だ。
だが、すでに通信が途絶えてから13分が経過していて、残された時間はあと47分しかなかった。
「間に合ってくれ!」
エンヤと良太は同じ大学の科学工学部出身だった。
だがゼミが違っていたため在学中は口を利いたことがなかった。
それでもお互いの存在だけは何となく知っていた。
それというのも二人とも卒業論文のテーマに「地球外レアメタル」を選んでいたため互いになんとなくライバル意識を燃やしていたのだ。
エンヤは一度、隣のゼミへ良太を覗きにいったことがあるが、ゼミをさぼることが多くやたら喧嘩っ早いだけのお調子者だとゼミ仲間から良太に関する話はろくなものが出てこなかった。
大学卒業間近になりレアメタル採掘調査を専門としている多国籍合資企業のブルーチェンジに就職が決まったとき、同じ大学出身者がいるというのでもしやと思っていたらそれが良太だった。
エンヤと良太はそれ以来、同期として同じ現場へ調査に出ることが多く、自然とバディを組むことが増えていった。
神経質だといわれるくらいに仕事に細かく、まじめな性格のエンヤに対し、無鉄砲で大胆な良太と二人で組む仕事は、エンヤが良太に振り回されることが多く衝突することもある。それでも互いの性格をフォローし合ってうまくいくことのほうが多かった。
これまでそうやってこれまでにいくつもの星でレアメタルを発見してきた。
これまでの調査でも危険なことは数多くあり無鉄砲な良太に、エンヤはその都度ひやひやしていた。
だが、こんな風に突然連絡が途絶えることはこれまでに無かった。
「良太…、生きていてくれ!」
エンヤは自分でも気付かないうちにつぶやいていた。
だが、エンヤは良太がさっきまでいた346・143ポイントに到着して唖然とした。
「何だ、これは…」
それはまるであり地獄だった。300mはありそうな巨大なクレーターの中心に向かって砂が渦を巻いて流れている。
「どうした。エンヤ!」
スピーカーの奥からエイジのイラついた声が響く。
エンヤの後をついてきたカメラが周辺の様子を艦橋のメインモニタに映し出した時、それを見上げたスタッフ全員が息を呑んだ。
先ほどまで良太が調査していた時とはまるで違う姿が変わり、平坦な地帯だったはずの場所がまるで巨大な爆発でも起きた後のようだ。
「いったい、どうゆうことだ…。」
「この星に点在するクレーターが突然出来上がったと考えられます。おそらく相当強力な爆発かなにかがおきたとのではないでしょうか。」
エイジの問いに対しマイアがモニターを凝視したまま応えた。
「なにか爆発の様子は捉えていたか?」
「いえ、何も…。それよりも、仮に爆心地にいたとしたら、この状況から見ると100t以上の圧力がかかったことも予想されます。100tを超える圧力がスーツにかかったとすると人体は耐えられないかと…。」
マイアの言葉は誰もが感じていたが、誰も口にすることが出来ずにいた言葉だった。
「エンヤ。良太は砂に埋まっている可能性が高い。とにかく一刻も早く発見してくれ。‥頼む。」
エイジは祈るような気持ちで最後の一言を付け加えた。
「良太! 良太!」
エンヤは何度も、何度も、良太の名前を呼び続けたが、どこからも返事は返ってこない。
フォバーから降りて巨大蟻地獄となっているクレーターのふちに立つと、その衝撃で砂はいっそう流れる速さを増しエンヤ自身も引きずり込もうとする。
エンヤは周辺を慎重に見渡した。見渡す限り流れて渦巻く砂、砂、砂‥‥‥、どこにも良太の姿は見えない。
「ちくしょう!どうやって探せばいいんだよ。」
「良太!メタル調査機のレベルをたんぱく質に変えてみろ!」
「え?」
「人間の身体はたんぱく質で出来ている。通常メタル調査でたんぱく質調査はしないが、その方法なら良太の身体を発見することが出来るかもしれない。」
唖然としていたエンヤだったが、マイアの声に我をとりもどした。
「わかった。」
エンヤはレアメタル調査機をたんぱく質にセットすると、手元の受信機をゆっくりと動かしはじめた。
「良太!反応しろ!」
すでに21分以上が経過している。60分以内なら蘇生可能といっても、1分でも早いほうがいいに決まっている。ましてやこのポイントから調査艇まで運ぶには23分かかる。残り時間は限られていた。
「エンヤ、救助にきたぞ。いまから俺とサージも下に降りる。」
蟻地獄の真上に救助船が現れ、衛生士のキメルの声が聞こえてきた。
「了解」
応答しながらもエンヤは受信機をゆっくり動かし、かすかな反応も逃すまいと息をつめるように操作をしていいく。
「ビー、ビー」
数分後、手元の受信機を巨大クレーターの中心部よりやや右方向にほんのわずかにずらした瞬間、レアメタル調査機が反応した。
「良太!」
反応の示す方向へ目を向けるが、その先にあるのはあいかわらず流れ落ちる砂だけだった。
「この蟻地獄の中にどうやって降りればいいんだ…。」
キメルがエンヤに近づき巨大クレーターを覗き込む。さらさらと中央の渦に向かって流れる大量の砂。
「あれ、あの岩の横になんか赤いものが見えないか?」
同じように蟻地獄を覗き込んでいたサージが、エンヤの受信機の10メートルほど先のところにある大きな巨石を指差した。巨大クレーターの蟻地獄は流れる砂のところどころに巨岩が転がり、そのうちの一つのすぐ脇にほんのわずかだか赤いものがたしかに見えている。
「あれだ!」
エンヤは良太がいつも使っている手袋は指先だけが赤く「これがおしゃれなんだ。」と良太がいつも言っていたのを思い出していた。
自分のスーツ脇に装備されているロープを引き出すと、その端をキメルに押し付け返事も待たずに蟻地獄へと飛び込んだエンヤ。
蟻地獄の底に降りていく途中至るところに100tに耐えるスーツがバラバラにちぎれて散らばっている。スーツがこんな状況ではもう無理かもしれない…。嫌な予感が頭をよぎったが、頭を振り払って打ち消した。
「良太、生きていてくれ!」
それでもエンヤは良太が死んだと認めたくなかった。
「良太、またなく爆発が起きる可能性もある、あまり無理をするな!5分で撤退しろ!」
レシーバーから聞こえるエイジの声が響いてきた。
「でも、このままにしておけないんだ!良太は俺のバディなんだ!」
「二次災害を防ぐことも重要だ、わかっているな。」
「わかってる!そのくらいわかってるさ!」
エンヤは思わず声を荒げた、その時だった。
砂の間に赤い手袋を発見し、その横に血だらけになった裸の良太が横たわっていたのだ。
「良太…。」
まるで壊れた人形が転がっているようないびつな格好で、ピクリともしない良太。
とても生きているようには思えない。
「良太を見つけたのか?エンヤ返事をしろ!」
エンヤは呆然としてそこに立ち尽くしていた。
初めて投稿をします。
仕組みなどまだわかっていないところがありますが、読んでいただけるととても嬉しです。
今後も連載していきますので、ぜひ応援してください。