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呪われた竜騎士

 しくじったと思った瞬間には、すでに体が落下し始めていた。相棒の背中が離れ、どんどん遠ざかっていく。


 ――来い。


 言葉を発するよりも早く、ディートリヒの意思を感じ取った相棒の竜が、急降下の体勢をとった。黒い巨体に添わせるように翼をたたんで、どんどん近づいてくる。ディートリヒが手綱を掴むと、落下が緩やかになるように姿勢が変わった。


 再び竜の背中に乗ったディートリヒは、下から狙ってくる魔術師の姿を見つけた。


「隊長!」


 同行していた隊員が、自身の竜を駆って近づいてくる。


「お前たちは先に帰還しろ!」


 ディートリヒは部下に命じ、さらに高度を下げてゆく。

 胸のあたりが焼けるように熱い。敵が放った魔術が、体の中で暴れている。


 竜が苦しげに唸った。何の魔術を使われたのかは不明だが、相棒との繋がりを曖昧にする効果もあるらしい。淀んだ力がお互いの間に割りこんでくる。


「隠れられる場所へ……」


 低い高度を維持したまま、竜は旋回した。遠くに見える森へ迷わず飛ぶ。敵が放った炎の矢はディートリヒが落とし、明るい木立の中へと隠れた。


 魔術師たちが追いつくには、まだ時間がある。ディートリヒは竜から降りた。


「お前も砦に帰れ」


 竜が抗議の鳴き声をあげる。姿勢を低くしてディートリヒに乗れと促してきた。


「駄目だ。どんな魔術か知らんが、俺を乗せると高く飛べない。周囲にどんな影響が出るか分からん。俺が魔術を特定して解除するまで、お前は安全な場所で隠れてろ」


 今度は切ない声で鳴く竜の額を軽く叩き、もう一度、行けと命令した。竜は鼻先をディートリヒの胸に擦りつけてから、木の枝を避けて飛びあがった。


 一気に上昇した竜が砦へ向かって飛ぶのを確認したディートリヒは、森の中を進んだ。魔術師たちがすぐ近くまで来ている。逃げるディートリヒのそばで、木の皮が弾け飛んだ。敵が狙いにくいように木々を盾にしているが、追いつかれるのも時間の問題だろう。


 体の異変は激しくなっていた。全身を締めつけられるような痛みと、視界がぼやけてくる。


「あいつら、俺に何をしたんだ」


 ただの攻撃用魔術ではないらしい。呪いの一種だと思われるが、正体が掴めない。


 不快な風が体にまとわりつき、体に傷をつけてきた。ご丁寧に衰弱する効果まで付与されている。陰湿で、開発した魔術師の顔が思い浮かぶようだ。きっと最初の攻撃魔術を作った人物と同じだろう。


 走りながら周囲に注意していると、地面に淡い光を見つけた。使えるだろうかと思って近づく。触れてみるとディートリヒの期待通り、光が手に絡みついてきた。


「良かった……竜脈が生きてる」


 地中に流れる魔力を、ディートリヒたちは竜脈と呼んでいた。うまく扱えば生活に恩恵をもたらしてくれる。さらに魔術師たちから逃げる手段に使えるはずだ。


 ――どこに通じているのか賭けるしかないが、あいつらに捕まるよりはいい。


 光の中へ入っていくディートリヒの背後で、魔術師たちが騒ぐ声がした。逃がさないつもりか、魔力で練られた網が頭上に広がった。だが竜脈から流れ出てくる魔力で反発され、無害な残滓となって消えていく。


 竜脈の流れに乗って移動したディートリヒは、足の裏に感じる硬い感触で出口まで来たと察した。


 薄暗く、埃っぽい場所だ。石畳が敷かれているということは、どこかの町だろう。あの竜脈は裏路地に通じていたらしい。聞こえてくる喧騒で判断すると、魔術師たちの国である可能性が高かった。


 這いつくばった姿勢から立ちあがろうとしたディートリヒは、自分の両手が変質していると気がついた。手だけではない。体全体の骨格が変わり、今までのように動かせない。


 視界も横に広がっている。その両側に相棒のような翼を見つけて、嫌な予感がした。


 周囲にあるものが全て大きく見える。


 竜がどうやって体を動かしていたのか思い出しながら、民家の窓へ這い上がった。開いていた窓から中へ入り、外から見えていた小さな鏡へ近づく。覚悟を決めて鏡面をのぞくと、真っ黒な小さいトカゲと目が合った。


 ――おい。誰か夢だと言ってくれ。


 認めたくないが、どうやら羽があるトカゲに変わってしまったらしい。


 運が悪いことは重なるもので、気配を感じて振り返ったディートリヒは、首輪をつけた猫を見つけた。

 自分は今、変化したばかりの羽トカゲだ。己の武器が何なのかさえ知らない。


 ――落ち着け。俺は餌でもおもちゃでもないぞ。


 そう猫へ向かって念じたところで、通じるわけがない。


 猫は好奇心を刺激されたのか、目を見開いてこちらを見ている。逃げようとするディートリヒへ走り寄り、前足で踏みつけてきた。なぶり殺しにされると察したディートリヒは、猫の前足に噛みつき、力が緩んだ隙に這い出した。


 急いで窓から逃げ出すと、追いかけてきた猫の爪が尻尾を引っ掻く。だが窓はトカゲが通れる隙間しか開いておらず、追撃してくることはなかった。


 予想外の刺客から逃げ出したディートリヒは、裏路地をふらつきながら歩いた。一箇所に留まっていたら、自分を探しにきた魔術師に遭遇するかもしれない。なにより、猫のような小さな獣に殺されそうになったのが衝撃的だった。


 ――ただの緩衝地帯の偵察任務だったのに。


 不審なものを見つけたと部下から報告があり、確認しに行ったところで魔術師に襲われた。


 ここ最近、敵の魔術師たちが扱う道具の完成度が高い。技術面で大きな変化はないようだったが、以前は届かなかった射程を超えて攻撃してくる。決して舐めてかかっていたわけではない。攻撃が当たりそうな部下を庇った結果がこれだ。


 ディートリヒは壁際に倒れこんだ。

 衰弱させようと蝕んでくる力が厄介だった。歩くごとに筋力が衰えていく。


 死が近づいている恐怖よりも、無力な自分を恨む気持ちが大きかった。まだ叶えていない望みがあるのに、このまま知らない場所で果てようとしている。


 竜騎士になったのは、子供の頃に彼女と約束をしたから。

 戦争で行方が分からなくなって、ずっと探しているのに。


 足音が聞こえる。


 重いまぶたを開くと、呪いをかけてきた人物と同じ服装をした女が見えた。魔術師だろう。魔力量も豊富だ。


 ――追手か。


 手負いの自分ができることはない。諦めて捕虜になるか、この場で始末されるのを待つだけだ。


 ――エレン。


 もう一度、彼女に会いたかった。


 体を持ち上げられる感覚がした。どうやら仲間のところか、あの魔術師へ持っていかれるらしい。

 好きにしろ、何をされても母国の情報は喋らんぞと考えていると、呪いの負荷が軽くなった。


 何らかの繋がりを求められている。そのせいで呪いと自分の間に薄い膜ができて、呪いが効きにくくなっているらしい。


 尋問でもするのかと警戒したディートリヒに、助けたいという気持ちが流れてきた。


 相棒の竜と会話をするときに似ている。この状況は何なのかと目を開けると、赤い瞳の女性が心配そうに見ていた。


 彼女の服装は敵の魔術師のもの。

 だが彼女は自分を助けるつもりだ。


 ふと彼女を利用して、生き残ろうかと考えた。もしかしたら、彼女は自分のことをただの羽トカゲだと思っているのかもしれない。呪いが解けるまで、無害な魔獣を装っていれば、追跡してくる魔術師を欺けるのではないだろうか。


 彼女から流れてくる言葉は曖昧で、伝わりにくい。呪いで姿は変えられてしまったが、元は人間だから魔術がうまく噛み合っていないと思われる。だからディートリヒが考えていることは通じないはず。そう考えて彼女の提案を受け入れた。


 不完全に繋がったところから、彼女の力が入ってきた。自分を衰弱させていた呪いを掴み、剥がしていく。強引なやり方だったが、おかげで体から倦怠感が消えた。


 命を削っていた呪いが消え去ると、視力が戻ってきた。彼女の顔がよく見える。淡い蜂蜜色の髪と鮮やかな赤い瞳が、探していた少女に似ている気がして、ディートリヒは思わず後ずさった。


「ごめんね。もう一つの呪いは、よく分からないの。でも、たぶん死に直結するようなものじゃないと思う」


 きっと羽トカゲに姿を変えている呪いのことだろう。彼女は本気でディートリヒのことを案じてくれている。自分の体をよく見れば、怪我の治療もしてくれたようだ。利用しようと考えていたことが、急に恥ずかしくなってきた。


 さらに彼女は、自分自身のために用意していた食事まで分けてくれた。食べやすい大きさに切ったり、よく観察して助けてくれる。


 ――彼女は誰だ。


 名前を尋ねたくても、羽トカゲの声帯では鳴き声にしかならなかった。命を救ってくれた恩人に、礼すら言えないのがもどかしい。


 彼女はよほど疲れていたのか、食事もそこそこに眠ってしまった。毛布も被らずにそのまま倒れている彼女を放っておけず、ディートリヒはベッドに上がった。


 口や爪で毛布を引っ張り、何とか彼女の上にかけてやる。かなりの重労働だったが、彼女が自分にしてくれたことを思えば、恩返しにもならない。


 ――俺も今夜はここで世話になるか。


 もちろん異性が眠っているベッドを使うなど、竜騎士にあるまじき行為だ。


 狭い室内を見回し、食事をしていた小さなテーブルに目をつけた。羽の使いかたは、何となく理解してきた。練習がてら飛んで移動し、猫のように丸くなって目を閉じた。

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