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【書籍化&コミカライズ】呪われ竜騎士様との約束~冤罪で国を追われた孤独な魔術師は隣国で溺愛される~  作者: 佐倉 百


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思い出の場所

コミカライズ11話配信記念に

 静かな丘に並んだ墓石に、両親の名前が刻まれている。エレオノーラは生花のリースを墓石の前に置いた。


「今まで来られなくてごめんね」


 不可抗力とはいえ、両親の存在を忘れていたことは、エレオノーラにとって心のしこりになっていた。両親を失った悲しみと、十年も放置してしまった申し訳なさで胸が痛い。


 できることなら生きて再会したかった。


 ――私は幸せだから。心配しないで。今ね、付与術の仕事をしているんだ。お父さんと少しだけ一緒だね。みんな優しくしてくれるよ。それから……。


 報告したいことが沢山ある。隣国での辛い十年ではなく、竜皇国に戻ってきてからの話だ。


 ――ディーと結婚することになったよって言ったら、驚くかな。


 子供の頃は優しいお兄さんとしか思っていなかったのに。不思議な縁だとエレオノーラは思う。

 春先の冷たい風が花を揺らした。


「また来るね」

「……もういいのか?」


 そばにいたディートリヒが墓石を見たまま聞いてきた。


「うん。報告したかったのは、竜皇国に戻ってきた後のことだけだから。あと、ずっと放置することになってごめんねって」


 墓は別の町で暮らしていた親族が作ってくれたと聞いた。あまり手入れが出来ていないと親族は言っていたが、予想に反して墓は綺麗だ。ディートリヒは何も言わないが、彼が手入れをしてくれていたのではないだろうか。


 墓があるサンタヴィル郊外と、ディートリヒが勤務している砦は目視できるほど近い。勤務地が遠く離れていたとしても、竜がいれば地形すら関係なく移動できる。


「エレンの両親なら事情を汲んでくれるさ」

「そうかな。そうだよね」


 両親の墓を離れて、墓地の奥へ向かった。そこには戦争の犠牲者を追悼する石碑が建っている。両親の名前が刻まれている箇所には、一人分の名前が入りそうな間隔が不自然に空いていた。


 ――私の名前も、ここに入っていたかもしれないんだね。


 石碑の前にも花を供え、用事は終わった。


「町へ戻ろうか」

「うん。ルーが退屈する前にね」

「実は、さっきから暇だと言ってきてうるさいんだ」


 墓地を出てディートリヒが空を見上げた。遠くの森で木々が揺らぎ、黒い竜が空へ飛び立つ。黒い竜は迷うことなく、こちらへまっすぐ向かってきた。エレオノーラを傷つけないためか、少し離れたところに降り、歩いて近寄ってくる。


「お待たせ。森の散歩は楽しかった?」


 エレオノーラが話しかけると、竜は甘えるように鼻先を押し付けてきた。どうやら楽しかったと返事しているらしい。


 竜に乗り、空からサンタヴィルの町へ向かった。上から見た町には戦争の痕跡が見当たらない。時間はかかったものの、町の賑わいは以前とほぼ同じ水準に到達している。だが町を囲む防壁は、エレオノーラの記憶よりも高くなっていた。


「あの時計塔は崩れたはずだよね?」

「同じ姿で復元したらしいな。町の象徴なんだろう」

「懐かしいね。時計塔の近くは馬車がたくさん通るから、子供だけで近づくなって、お父さん達から言われてたんだよ」


 時計塔近くの広場には、白い天幕がいくつも見える。いつも買い物をしていた市場だ。


 上空から町を一周した後は、職人街へ向かった。徐々に高度を下げて、民家の裏庭に降り立つ。見覚えのある風景に思わずディートリヒの顔を見ると、優しく微笑まれた。


「私の家……?」

「ああ」

「残ってたの?」

「この辺りは火事にならなかったらしい。エレンの親戚が持て余していたから引き取ったんだ」

「どうして?」

「思い出の場所が無くなるのが辛かった。それにエレンが帰る家が無かったら困るじゃないか」


 鍵を渡されたエレオノーラは、裏口から中へ入った。


 最初に見えたのはキッチンだ。ずっと空き家だったとは思えないほど、綺麗に清掃されている。母親が料理をしている光景と、香りを思い出して鼻の奥が痛くなった。調理台には何も乗っておらず、果物を入れていた籠は空っぽだ。大きいと感じていた食卓は小さく見える。


「エレン?」


 竜を厩に入れてきたディートリヒが家の中に入ってきた。


「子供の頃は、調理台の高さと同じぐらいの身長だったかな。お母さんが見ていた風景って、こんな感じだったんだね」


 食卓の近くには、家族でくつろいでいたソファがある。三人で座ると少し窮屈だった。もし戦争がなければ、一人がけのソファを買い足していたかもしれない。


 なんでもない普通の日常を思い出した。もう二度とやってこない。思い出の中でしか、両親には会えなくなった。


 思い出の場所が無くなるのが辛いと言った、ディートリヒの気持ちが分かる。記憶の中の場所全てが消えてしまったら、自分の存在が根幹から揺らいでしまいそうだ。


「エレン」


 エレオノーラは自分からディートリヒに抱きついた。何も言わずに抱きしめ返してくれたディートリヒに、家を残してくれた礼を言いたくても、涙のせいで言葉にならない。


 だが一人で現実を受け止めなくてもいいのは、エレオノーラが立ち直る力になった。


「……もう大丈夫だよ。いつまでも泣いていられないね。ありがとう。もう家に帰れないと思ってたよ」

「家の中は可能な限り当時のままにしてある。修繕と掃除のために、家具を少し動かした程度だ」

「屋根裏部屋の荷物を動かして、窓から星空を眺めたよね。覚えてる?」

「もちろん。エレンは屋根の上に行きたがっていたよな」


「屋根の上なら、建物に邪魔されずに空がよく見えると思ったの。ディーが来る少し前に星座の話を聞いたから、自力で探したかったんだよ。でも曇っていたせいで未遂に終わったね」

「晴れていたら危なかったな。二人で怒られるところだった」


 成長した今なら、当時の自分がどれほど危ないことをしようとしていたのか、よく分かる。


 父親の作業場には、革製品を作る道具がそのまま残っていた。壁にかけられ、使われる時を待っているかのようだ。作業台に置いてあるのは、作りかけの鞍だろう。


「これは、このまま残しておきたいな」


 未完成だが、父親の最後の仕事だ。手を加えたくない。


 父親が使っていた丸椅子に座ると、自然と背筋が伸びる。難しい付与術も成功するかもしれない。そんな気分になってくる。


「そういえば、みんなで革製品を作ったこともあったね。覚えてる?」

「ああ。俺が作ってみたいと言ったのがきっかけだったな」


 場所をきっかけに、当時のことが次々と浮かんでくる。連れてきてもらわなかったら、思い出すきっかけがないまま、忘れてしまっただろう。


 エレオノーラは家を残してくれたディートリヒに改めて感謝した。

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