孤独な雑用魔術師5
久しぶりの休日は朝から晴れていて、出かけるには絶好の日和だった。家と職場の往復だけでは黒トカゲも飽きるだろうと、上着の内ポケットに入れて外へ出た。
黒トカゲは興味深そうに、少しだけ頭を出して街並みを見ている。使役の術を磨くために、弱い魔獣を飼い慣らす人は珍しくない。エレオノーラが堂々としていれば、黒トカゲを連れていても騒ぎにならないはずだ。
日用品を買って、昼ごはんは何にしようかと黒トカゲに相談していると、よく知った声で呼び止められた。
「エレオノーラ? こんなところで何をしている」
「ルーカスさん……」
出張へ行っていた先輩だ。職場の制服を着て、荷物が詰まったカバンをさげている。冷酷そうな外見に見合った物言いをするので、苦手と感じる人のほうが多い。
ルーカスは人混みの中をまっすぐ歩いてきて、エレオノーラの服装を見た。黒トカゲは空気を読んで上着の中に隠れている。お願いだから見つけないでと心の中で祈った。
「休みなのか」
「はい。あの、出張から戻ってくるのは、もっと先じゃなかったんですか?」
不機嫌そうにルーカスの目元が険しくなった。聞きかたが気に入らなかったのだろうかと不安になっていると、ルーカスはぶっきらぼうに早まったと答えた。
「魔法薬を使い切って、取りに戻ってきた。いつ帰還するかは不明だと、出立前に話したはずだが?」
「そうですよね……」
「主任から聞いたか?」
「助手のこと、ですか? 詳しいことはまだ」
「明日になれば分かる」
会話が終わってしまった。エレオノーラとの会話は面白くないのか、ルーカスはいつも断ち切るような言い方をする。
「わかりました。じゃあ、私はもう行きますね。買い物の途中だったんです」
特に引き止められなかったので、少し急いでルーカスから離れた。黒トカゲから不穏な感情を感じ取ったのもあるが、休みの日に仕事の話を持ちかけられて、そのまま職場で調薬を手伝ったことがあったからだ。
ルーカスはよく作業の手伝いにエレオノーラを指名してくる。残業で家に帰れなくなる理由の大半は、ルーカスが関係していた。
学生時代から魔術の天才と称されている彼は、作業員に求めてくる水準が高い。最初は数人いた作業員は、一人また一人と脱落していって、今では上手に逃げられなかったエレオノーラだけになった。
エレオノーラは顔をのぞかせた黒トカゲを、服の上からなでた。
「いくつも魔法薬を開発してて、優秀な人なんだけどね。私はちょっと苦手だなぁ」
他人に厳しいが、己にはもっと厳しい。尊敬できる部分もあるけれど、疲れているときに『まだ限界には見えない』といって、引っ張り出そうとしてくるのはきつい。
「あの人の助手、私にできるのかな……でも仕事しないと生活できないし……」
朝はあんなに浮かれていた心が、ルーカスに会ったことで沈んでいく。
歩く速度が落ちたエレオノーラに向かって、黒トカゲが短く鳴いた。金色の瞳がまっすぐに見上げてくる。元気づけるような仕草に、ふわりと胸の辺りが温かくなった。
「今から悩んでいても仕方ないよね。ありがとう」
黒トカゲにどこまで言葉が通じているのか不明だが、この瞬間だけは繋がっている気がした。