戦うメイドさん
「ねえ、あなたの職場は新規採用は募集していないの?」
「ちょっと、抜け駆けしないでよ!」
「私、どんな仕事でもいいわ。あの方と同じ空間にいられるなら……」
特別な用事を済ませるために町へ出かけたベティーナは、顔見知りのメイド達に囲まれた。彼女らはよその屋敷で働いているが、常日頃からベティーナと同じ屋敷で働きたいと訴えてくる。
「あー……ゴメンね。今は募集してないんだって。それに私、採用には関わってないから、よく分からないんだ!」
ベティーナは完全に包囲される前に逃げ出した。捕まってしまったら、彼女達の推薦状を持たされて、面接の約束までさせられるかもしれない。メイド長のマーサから、その手のことには関わらないようにと教えられている。彼女達を退散させる話術などベティーナは持ち合わせていないので、いつも「分からない」と言って距離を置いていた。
あのメイド達の目的はディートリヒだ。ほのかに憧れている者から、本気で妻になりたいと望んでいる者までいる。だがもし彼女達が採用面接まで辿り着けたとしても、人事権を持っている一人であるマーサがいる限り、採用されることはないだろう。
マーサはディートリヒが生まれる前から、ハインミュラー家に雇われている。当然、ディートリヒが悩まされてきた女性問題も知っていた。そのためメイドの雇用条件の中には、ディートリヒに恋愛感情を抱かないことが入っていた。
身体能力の高さを生かし、メイド達を振りきったベティーナは、目的の店を見つけた。今日は注文していた品物を受け取るだけだ。面倒なお金の計算をしなくていいのは、ベティーナにとってありがたい。
用心しつつ店を出たベティーナだったが、誰かに見られている気配を感じて立ち止まった。先ほどのメイド達とは違う。自分に好意的な感情が伝わってくる。
「あらベティ。そちらの用事は終わったの?」
優雅で凛とした声だ。
「リタちゃん」
振り返ると、小箱を二つ持ったリタがいた。音もなく歩いてきて、ベティーナの隣に立つ。
「終わったよ。リタちゃんは?」
「私も終わったわ。途中で顔見知り程度の人達に囲まれてしまったけれど」
どうやらリタも厄介なメイド達に捕まっていたらしい。
「困ったものね。私達に言っても仕方ないのに」
リタは憂鬱そうにため息をついて、屋敷へ向かって歩きだした。
「そっちもか。採用のことなんて分からないって言って逃げてきたよ」
「私のところへ来た人は、エレン様のことも尋ねてきたわ。きっと彼女達の主人に言われて来たのね」
「そうなんだ。リタちゃんはどう答えたの?」
「とても素敵な淑女よ、って答えたわ」
リタは少し不満そうだった。
「嫌な質問されたの?」
「ええ、とても嫌らしい聞き方だったわ。意地でもエレン様の欠点を見つけようとしていたのね」
「エレン様に欠点があっても、主の気持ちは変わらないと思うなぁ」
ベティーナは脇道を覗いて、不審者がいないか確認した。誰もいない。
治安が良い町ではあるが、ひったくりなどの犯罪が無いわけではなかった。大切な品物を持っている時は、いつもより用心するのが癖になっている。
「それに欠点を聞いて、どうするんだろうね」
「エレン様を蹴落として、自分達のほうがディートリヒ様に相応しいとでも言うつもりだったのでしょう」
「それさぁ、主が一番嫌っている方法じゃない?」
「ええ。追いかけられるだけでも嫌いなのに、ディートリヒ様が大切にしているものを貶すのですもの。心底、嫌われるでしょうね。もちろん、そのことを指摘なんてしないわ。彼女達を助けても意味がないもの」
「さんせーい」
リタがにっこりとベティーナに微笑んだ。
「ねえ、ベティ。あなた、気がついている?」
「もちろん」
気がつかないわけがない。
ベティーナは自分達の後ろをついてくる存在を、あえて無視していた。このまま相手が何もしないなら、ベティーナも何もしない。いちいち構っている時間が無駄だ。
背後の気配が脇道へ入っていった。速度を上げて移動している。目的が分かりやすい。
「ねえ、リタちゃん。その荷物――」
「動くな!」
先回りをしていた気配が、リタを捕まえた。大きな男がリタの首に太い腕を回し、ナイフを突きつけている。職にあぶれたのか、金に困っている労働者だろうとベティーナは予想した。
「おい、そっちの荷物も寄越せ」
「リタちゃん。どうする?」
「困ったわベティ。あなたのほうを狙うと思っていたから、荷物を預け損ねたわ」
「うふふ。私は気がついていたよ」
「今日は私の負けね。ふふっ」
「聞いてんのか!? 早くしろ!」
男を無視して話していたら、じれた様子で催促してきた。かなり人目を気にしているらしく、通行人が集まってこないうちに逃げたい気持ちを隠しきれていない。
――通報される前に逃げたいなら、怒鳴らなきゃいいのに。
ベティーナは相手が犯罪に手慣れていないと見抜いていた。昼間の表通りで強盗をする計画性のなさといい、素人ですと自己紹介しているにも等しい。弱そうなメイドなら、少し脅せば言うことを聞くと思っているのだろう。
「リタちゃん。投げてもいいよ」
「あら、そう? じゃあ遠慮なく」
リタは荷物を空高く放り上げた。驚いた男がリタへ向かって口を開いたが、罵声が出てくるよりも早くリタの肘が男の鳩尾に沈んだ。強制的に空気を吐かされた男の拘束が緩む。そんな隙をリタが見逃すわけもなく、己の首と男の腕の間に手を差し入れ、力任せに拘束を広げた。
リタが男の右手首を掴んだ。軽く捻ってナイフを自主的に捨てさせ、ダンスでもするかのように男と向かい合わせになった。
「強気な男性に誘われるのは嫌いではないけれど、あなたには魅力を感じないわ。雰囲気作りが足りないのよ」
「え?」
両手で男の右腕を捕まえたリタは、男の巨体などものともせず、枝のように振り回した。哀れな男は自分に何が起きたのか理解できないまま、壁に衝突させられ意識を失った。
上から降ってきた荷物を無事に受け止めたベティーナは、服についた汚れを払っているリタに歩み寄る。
「リタちゃん。ツノが見えてるよ」
「あら、やだ。久しぶりだから興奮したみたい」
リタは己の頭を撫でて、生えていたツノを隠した。手を離した時には、もう見えなくなっている。
「ベティーナも気をつけて。瞳孔が縦になっているわよ」
「えっ。本当? 教えてくれてありがとね」
ベティーナは目を閉じて深呼吸をした。リタの立ち回りを見ていただけで本性が出そうになるなんて、平和ボケをした証拠だろうか。
竜皇国東部には、獣人が多く住んでいる。普通の人間よりも力は強いが人口は少なく、長い年月をかけて竜皇国に馴染んでいた。かつては薬の材料にされたり、奴隷にされた歴史もあったそうだ。現代では非人道的な扱いこそされないものの、珍しさからトラブルに巻き込まれることもある。
差別されていないだけマシだろうと、ベティーナは楽観的に考えていた。
普段は獣人であることを隠しているベティーナ達だったが、戦いで高揚するとそれぞれの特徴が出てしまう。そのため肌の露出が少ないメイド服と、頭を覆うホワイトブリムは、特徴が現れても上手く誤魔化してくれるので助かっていた。
気絶した男を放置して帰ろうかと考えていると、上から赤い鱗の竜が降りてきた。空から町を監視している警備兵だ。
「君たち、これは一体……?」
「まあ。お仕事ご苦労様です。この人が脅してきたから抵抗しただけですわ」
「ええと……君たちが? 他に関与した人は?」
上品に話すリタが大男を倒したことが信じられないらしい。竜騎士は善意の協力者がいるのかと聞いてきた。
――これ、長くなる気がするなぁ。
ただ注文したものを取りに来ただけなのに、とんだ外出になってしまった。ベティーナは次から変装して外出すべきか、真剣に考えていた。
***
「市街警備から呼び出されたから、何事かと思えば……お前達、何をやらかした?」
ベティーナ達のところへ駆けつけたディートリヒは、呆れと疲労が混ざった声で言った。
竜騎士にはリタが一人で強盗を撃退した事実を信じてもらえず、ベティーナ達は参考人として町を警備している騎士の詰め所へ連行された。そこで穏やかに事情聴取をされ、雇い主であるディートリヒの名前を出すことになったのだ。竜を使った連絡手段で事実確認が行われたのだろう。事情聴取が終わった数分後に、制服姿のディートリヒが詰め所へ現れた。
「やらかした、だなんて心外です。私とベティは強盗に襲われて、自力で解決しただけなのに」
「その強盗と思しき男は、手首を捻挫していたそうだが?」
「私達を襲ってくるのが悪いのです。ナイフまで突きつけられて荷物を奪われそうになった、私の心情を考慮してくださいな」
「お前はナイフどころか、複数人から槍を向けられても平気なほど肝が据わっているだろう」
ディートリヒがベティーナに視線を移した。
「ベティーナは何をしていた?」
「大切な荷物を守ってました。強盗の体はどうでもいいです。私は、私達は、自分の仕事を無事に終わらせる方が大切ですから!」
「仕事への熱意は評価するが、あまり外で本音を言うな。帰るぞ」
ディートリヒはベティーナ達のところへ来る前に、詰め所の責任者と話をつけていたようだ。誰にも止められることなく詰め所を出ることができた。ベティーナには竜騎士や警備の職分といった難しい話など分からないが、帰ってもいいならそれに従うだけだ。
「自分の身を守るのはいいが、お前達は常人よりも力が強いんだから手加減を覚えろ」
「私達が強いのではなくて、相手が弱かったのです」
「主。見た目で騙されるのが悪いんだよ」
「全く反省していないことは理解した」
そう呆れつつも、ディートリヒにはベティーナ達を解雇する気はないようだ。
――主は面白いなぁ。
ベティーナとリタが獣人と知っていても、態度を変えずに雇ってくれる。他の屋敷で同じことをしたら、とっくに解雇されていただろう。
「……エレン様も同じだといいなー」
まだ彼女には自分達の素性を話していない。だがディートリヒと同じぐらい器が広いエレオノーラなら、驚きつつも受け入れてくれる予感がしていた。
獣人設定あったくせに本編には全く活かせなかったので、ここで消化。




