西の都の竜騎士たち
書籍販売前記念に
竜皇国西方にあるレイシュタットで精神科医をしているフィーネは、竜騎士団本部を訪れていた。
竜という強大な戦力を有している竜騎士が、身勝手な行動をすれば被害は甚大なものになる。そのため、彼らには常に己を律することが求められていた。だが抑圧し続ければ心に変調をきたしてしまう。フィーネは彼らとの会話を通して心の病を診断し、快方へ向かわせるのが仕事だ。
医務室で面会する隊員のカルテに目を通たフィーネは、頭の中にある情報と照らし合わせていく。
「今日は第二部隊か……あそこは癖が強いのよねー」
若い隊長が率いる第二部隊の隊員たちは、みな礼儀正しくて好感が持てる。しかし、どれほど普通に見えていても、彼らは竜の影響を受けていた。
心で繋がっているという竜騎士と竜は、それぞれの種族的な特性を共有していることがある。
竜は人間から成長の早さと知能の高さを得た。対する竜騎士は竜の頑強さと、好きなものへの独占欲という厄介な性格が現れるようになった。だが士官学校や部隊内で自己分析をして自覚させているからか、問題行動を起こす回数は片手で数えられる程度だ。
面会時間になり、一人目の隊員が入ってきた。士官学校を卒業したばかりの男性隊員だ。明るく物怖じしない性格で先輩たちから可愛がられていると聞く。
彼はフィーネと目が合うと、人懐っこい笑みを浮かべた。
「どうぞ、座って」
「よろしくお願いします」
折り畳みの机を挟んで向かいに座った隊員は、物珍しそうに室内を見回した。彼と面談するのは初めてだ。
いくつか質問をしたのち、フィーネはいつものように尋ねた。
「最近、何か困っていることはある? 小さなことでもいいのよ」
「困っていることっすか……」
隊員はフィーネの頭上あたりを見上げたのち、あっと呟いた。
「実はうちの隊長に、ちょっとした助言をしたことがあるんですよ。その時のお礼にもらった酒が美味しくて。自分でも買おうと思って探してみたら、高かったんです。買えないこともないんですけど、躊躇する値段ってあるじゃないですか」
「うん。あるね」
「頑張ってお金を貯めて買うか、また隊長の役に立って酒をねだるか、どっちにしようか悩んでるんです」
彼は真剣だった。生死をかけた二択を迫られた時に匹敵する顔だ。
「うん。私だったら、お金を貯めつつ機会を窺うかな。何度もお酒をもらえるとは限らないし」
「やっぱりそうですよね! じゃあその方向で頑張ってきます」
彼は来た時と同じように、爽やかに微笑んで部屋を出ていった。
「……うん、彼は健康ね。あれは鬱とは無縁だわ」
一人目から癖が強いのが来た。フィーネはカルテに面談結果を書き込んで、次の隊員を呼んだ。
静かに入ってきたのは、赤い髪を肩のところで切りそろえた女性隊員だった。
――アルマね。あれから心境の変化はあったのかしら?
思い込みで民間人に対し尋問用の魔術を使い、謹慎処分を受けていた。隣国との戦争が始まった時に、国難を理由に謹慎を解かれたと聞いている。主に偵察任務で勝利に貢献したことから、通常の仕事にも復帰したそうだ。
以前、取り調べの一環でアルマの精神状態を診察したフィーネは、経過観察の必要ありと報告していた。今日は戦争が終わって二度目の面談になる。
アルマは見た目通りの生真面目さで質問に答えていった。自分を追い詰めやすい危ういところがあるので心配をしていたが、まだ極端な行動に走る予兆は見られない。
「困っていることは、ある?」
そう質問すると、アルマの目元が泳いだように見えた。
「最近は、仕事をしていないと落ち着かなくて……」
「そうなのね。休みの日は何をしているの?」
「奉仕活動と、清掃を」
人を守るために竜騎士になったアルマは、誰かの役に立ちたい気持ちが強い。自分自身のことを顧みないところは心配だった。
「体を休めることも大切よ。そうねぇ、趣味に没頭してみるとか」
「私なんかが趣味を見つけてもいいのですか……? 自分のために時間を使うということですよ!?」
「あなたは自分を卑下しすぎじゃないかなぁ?」
薄々感じていたことだが、アルマは生き方が不器用すぎる。誰かが軌道修正してあげないと、人間性を失ってしまいそうだ。フィーネは経過観察の期間を延長しようと決めた。
その後も複数人と面談を続け、時刻は夕方に差し掛かった。残るは二人。控えめなノックをして入ってきたのは、副官のクルトだった。
「隊員たちの状態はどうですか?」
クルトは自分のことより先に、面談をした隊員たちのことを尋ねてきた。
彼は部隊内で隊員たちの相談役に指名されている。隊員一人一人の心情に寄り添うのがフィーネの仕事なら、クルトは部隊の人間関係を円滑にするのが目的だ。相談役は仕事内容を熟知し、部隊の内情を知っている者が相応しい。第二部隊に限った話ではなく、竜騎士団全ての部隊で行われていた。
「今すぐ対応しなきゃいけない隊員はいないわ。後で詳しい分析結果を送るわね。で、副官さんはどうなの?」
フィーネが質問をすると、クルトは遠い目でため息をついた。
「隊長の雰囲気が変わるたびに、隊員たちから様子を見てこいって遠回しに言われるのが辛い」
「中間管理職は大変ね」
「なんで無表情のくせに喜怒哀楽が出せるんだよ、あいつは。おかしいだろ。笑顔を向けた相手から勘違いされたトラウマで無表情になったのは知ってるけどさぁ!」
「みんなは雰囲気が変わったことは感じ取れるけど、感情までは読み取れないから聞いてくるんじゃないかなぁ? 幼馴染だから理解できることなのよ」
「だいたい、あいつらも大袈裟に騒ぎすぎなんだ。隊長が第二部隊に着任して一年経過したんだぞ。八つ当たりしてくるような性格じゃないって、知ってるだろう」
「うーん……頼られているわね。相談役として上手く機能しているのよ」
「まあ、他の部隊に比べて、団結力はある気がする」
「うん。支える立場って目立たないけれど重要よ」
「感謝されてるから別にいいけどさー……」
拗ねているクルトの気分を変えるために、フィーネは別の話題を持ちかけた。
「さて、副官さんは他に悩んでいることはある?」
「見た目がチャラいとか、遊んでそうって理由で女性から敬遠されるのが悩みかな。制服を着てる時ですら、そんな扱いって酷くない?」
「ごめんね。ファッションは専門外よ」
フィーネも第一印象ではチャラいと思っていたことを隠した。緩く結んだ髪型と話し方のせいだと思うと告げ、クルトとの面談を終わらせた。
最後は隊長のディートリヒだった。相変わらず愛想の欠片もない顔をしているが、常識を備えてくれているので会話はしやすい。クルトから勘違いストーカー被害のことを聞いた後では、無表情でも仕方ないと思う。
「隊員たちが世話になった。問題はなかっただろうか」
「アルマさんは現状維持、他は健康です。クルトさんにもお伝えしましたが、詳細は後ほど届けますね」
ディートリヒもクルトも部下によく目を配っている様子なので、フィーネから注意を促すことはなさそうだった。
「最近、辛いこととかあります?」
皆と同じ質問をすると、ディートリヒの眉間に皺が寄った。
「……婚約者が可愛いすぎて辛い」
「うん、問題ないみたいですね」
やはり第二部隊は癖が強い。フィーネはカルテに異常なしと記入した。
階級が上になるほど面会時間が少ない




